After52☆唯花、妹が生まれ、自分も赤ちゃんが欲しくなってしまう☆
さて、如月家で撫子さんが産気づき、病院へ向かった後のこと。
俺と唯花と伊織もすぐにタクシーに乗り込み、撫子さんたちの後を追った。
それから約六時間後。
ここは産婦人科の病室。
ベッドに寝ているのは、無事に出産の大役を果たした、撫子さん。
そばには誠司さんが寄り添っていて、朝ちゃんも近くのパイプ椅子で一息ついている。
そして新生児用の小さなベッドには――記念すべき如月家の第三子がスヤスヤと眠っている。
「ふぁぁぁっ! きゃ、わ、い、い~~~~っ!!!」
唯花はネコミミが飛び出しそうな勢いで大興奮。
その後ろでは同じく興奮気味の伊織がジタバタしている。
「お姉ちゃん、早く! 早くベッドの前代わって! 僕も! 僕も早く見たいよっ!」
いつも冷静な伊織だが、さすがに妹との初体面は気持ちを抑えられないらしい。
微笑ましい気分になりつつ……俺は三人のなかで一番背が高いので、背伸びをしてバッチリ第三子の顔を拝む。
「おー、どことなく唯花に似てる気がするな。これはきっとすげえ美人に育つぞ」
「ね! ね! あたしもそう思ってた! にゃははっ、ご近所で美人姉妹って言われちゃったどうしよ~!」
「お姉ちゃん、交代交代っ! ああもう、こうなったら奏太兄ちゃん、僕を肩車して!」
「お前たち、ここは病院だぞ? 撫子先輩も産後すぐで疲れてるんだ。静かにしなさい」
元・担任の朝ちゃんにビシッと言われ、子供たちは「「「はーい」」」ととりあえず生返事。
父親の誠司さんが奮発し、撫子さんの病室は一人部屋だ。しかしこの人数だとさすがに狭い。
とはいえ看護師さんの説明だと、こうして家族の面会が済んだ後は、赤ん坊は新生児室へ移動になるそうだ。間近で妹に話しかけられるチャンスは今だけなので、唯花も伊織も必死である。
「ひなちゃ~ん♡ お姉ちゃんだよ~! アニメとか漫画とかラノベとかゲームとか楽しいこと、これからめいっぱい教えてあげるからね~っ」
唯花はデレッデレで表情が崩れっぱなしだ。
一方、伊織も負けていない。横からグイッと顔を出し、決意の眼差しで妹に語り掛ける。
「ひなっ! 僕が……お兄ちゃんだよっ! ひなの平和はお兄ちゃんがぜったい守護ってみせるからねっ。安心していいからねっ!」
ちなみに如月家の第三子の名前は『ひな』に決まった。
フルネームでいうと、『如月ひな』だ。
唯花が『唯一の花』だから妹にも『花』の字を入れてやるために、唯花を『結花』に改名させようかみたいな冗談も一時期話していたが、如月家+なぜかウチの三上家と朝ちゃんを加えた大家族会議の結果、とくに『花』はつかない名前になった。
命名したのは母親の撫子さん。
理由は『ひなちゃん、ってなんか響きが可愛いと思うの~♪』だそうだ。
ま、母親がそう言うなら是非もない。
「さてさて……おーい、そろそろ俺にもひなに挨拶させてくれ」
新生児用ベッドに張り付いている唯花と伊織の肩に手を乗せ、俺もひなの寝顔を覗き込む。
「よお、ひな。俺は奏太だ。困ったことがあったらなんでも頼ってこいよ? これからよろしくなー?」
すると、それまで寝ていたひなの目がふわっと開いた。
生まれたばかりでまだちゃんと見えてはいないだろうが、なんとなくひなの目は俺の方を向いている。
それを見て、ベッドの撫子さんが「あらあらぁ」と笑った。
「どうやらひなは奏ちゃんにお熱みたいね~?」
「なん――」
「――だって!?」
途端、姉弟がぴったり同時に顔を上げ、ギンッと睨まれた。
「奏太っ! ひなちゃんに対して、あたしよりお姉ちゃんしたら天誅だからね!?」
「いや俺がお姉ちゃんするってどういうことだってばよ!?」
「奏太兄ちゃん……っ! ひなのお兄ちゃんの座は絶対に渡さないよ!? この一線越えたら戦争だからね!? 砂糖の雨が降るよ!?」
「いや血縁なんだからお兄ちゃんはお前だろ!? 何に対抗してんだよ!?」
まったくワケが分からんまま、姉弟にがるるる……っと威嚇された。
いや本当にワケ分かんねえよ……。
その後、看護師さんが来て、ひなは新生児室へ移動になった。
あんまり長居しても撫子さんに悪いので、俺と唯花は一旦家へ帰ることにして、病室を後にする。
伊織は誠司さんと帰るので病室に残り、朝ちゃんも帰ろうとしてたんだが、ウチの親父とお袋が仕事終わりで駆けつけると連絡がきたので、一応、それを待つそうだ。
「奏太はいいの? 太一おじさんと奏絵おばさんに会ってかないの?」
「いや、別にええじゃろ? 親父かお袋どっちかでも疲れるのに、夫婦揃ってるとこなんて出来るだけ会いたくないぞ、俺」
「えー、実のお父さんとお母さんなのに?」
「それが三上家なのである」
「そういうものなのであるかー」
幼馴染の長年の付き合いでウチのザ・放任主義は唯花もよく知っているので、とくにそれ以上は言ってこない。
病院の正面口を出て、道路沿いの歩道を並んで歩く。
そのうちバスかタクシーが見つかるだろう。
そうしてさんぽ気分で歩いていると、やはり話題は今日生まれたひなのことになる。
「お母さんとひなちゃん、週末ぐらいには退院して家に帰ってこられるって。楽しみだなぁ~!」
「生まれてから一週間もしないで退院ってすげえよな。俺、もっと長く病院にいるもんだと思ってたわ」
「最初はアニメ観せてあげるのがいいかな? それとも漫画の読み聞かせ? 『鬼滅のヤイバー』か『薬屋さんの独り言』かで迷っちゃう!」
「待て待て、鬼滅は新生児にはグロ過ぎるじゃろ。薬屋もあれ後宮の話だぞ?」
「むう、確かに。かにかに!」
歩きながら無駄に指をカニのようにチョキチョキする唯花。
「じゃあ、奏太のおススメは?」
「んー、やっぱホーリー・コッシ先生の『ぼくのスーパーアカデミア』とかか?」
「だめだめ、スパアカも主人公が頑張り過ぎて自分の指とかグログロにしちゃうじゃない」
「むう、確かに。かにかに」
俺もついつい指をチョキチョキする。
「だったら……うん、やっぱアンパンさんか」
「にゃるほど! 子供はみんな大好き、アンパンさん!」
僕の顔をお食べなさいな、でお馴染みの元祖ヒーローである。
アンパンさんなら間違いない。やっぱ子供たちのヒーローは偉大だな。
ひなにアンパンさんの絵本を読み聞かせるところを想像したのか、えへへ、と唯花は表情を崩す。
「ほんと可愛かったなぁ、ひなちゃん」
「だなぁ」
「ひなちゃん見てたら、なんかあたしも自分の赤ちゃん欲しくなっちゃった」
「だなぁ…………え?」
「え?」
俺のリアクションが予想外だったのか、唯花が足を止めて目を瞬く。
こっちもつられて足を止めるが、なんとコメントしていいか分からず、繰り返してしまう。
「え?」
「え? ……って、何が『え』?」
不思議そうに首を傾げる、唯花さん。
しかし俺は言葉が出ない。
顔が濡れて力が出ないアンパンさんくらい無力である。
いや、うん、つまりな?
お前はただ自分の思ったことを素直に言っただけなんじゃろうが、俺とお前は付き合ってるじゃろ?
なんなら今は一緒に暮らしてるし?
さらにその薬指には指輪が光ってるし?
その上で自分の赤ちゃんが欲しいって、それ聞きようによってはびっくりするぐらい直球の『あたし、あなたの赤ちゃんを……』的なことになりはせんか?
と、視線だけで伝えてみる。
幼馴染だからこそのほぼテレパシーのようなアイコンタクト。
それを唯花は受信中。
「ん~……? んー、んんー?」
そろそろぜんぶ受信し終わるか?
「…………あ」
うむ、伝わったようである。
途端、一瞬で真っ赤になる、唯花さん。
「は、はわああ――っ!?」
おお、すげえ……。
生まれてからずっと一緒にいるけど、真っ赤レベルの最高値を更新したんじゃないかってぐらい真っ赤だ。茹でたてのカニだってここまで真っ赤っ赤じゃないぞ?
「ち、違うの違うの、違うのーっ! そういう意味で言ったんじゃなくってぇーっ!」
「お、おお、大丈夫だ。分かってる、分かってる」
「分かってなーい! 分かってたらなんで目逸らすのーっ!?」
「いやだってなぁ……」
こっちもさすがに照れくさいっていうか。
無意識にしろなんにしろ、唯花がそんなことを考えていると思うと、こっちも『愛いやつめ』と思ってつい口元がにやけてしまう。
俺はそれを我慢するので精いっぱいなのだが、一方、唯花はひとりであたふたしている。
「違うから! あたし、お外でそんなこと言うような恥ずかしい子じゃないからぁ!」
「え、じゃあ外じゃなかったら言うのか?」
「い、言わないし! 言うわけないし! そもそもあたしたち、まだ学生だし!」
「ふーむ……」
いかん。
慌てる唯花が可愛くて、ちょっと……からかいたくなってきた。
もし。
もしである。
今、俺が真面目な顔で『俺の子供を産んでくれ』とか言ったら、唯花はどんな顔をするだろうか。
イタズラ心が我慢できず、俺はおもむろに唯花の肩を抱く。
「唯花」
「へっ? え、な、なに?」
ビクッとする、唯花。
キリッと顔を引き締める、俺。
見つめ合い、絡み合う視線。
そのなかで厳かに口を開き、
「俺の子供を産ん――ふはっ!」
やべぇ、途中で笑ってしまった。
すると俺の意図を瞬時に悟り、唯花さんのお怒りマックス。
恥ずかしさで涙目になって、ぽかぽかしてくる。
「も~っ! なんでからかおうとするの~っ! しかも最後まで言えてないしっ!」
「あははっ! いてて、わりっ。悪かったって! はははっ」
「奏太のばかぁ! ばかばか~っ!」
「参った、参った」
「だめ~っ! 帰りにハーゲンゲッツのアイス買ってくれないと許してあげな~い!」
しまった、お高いハーゲンゲッツか。
ちょっとからかったら、予想外に高くついてしまった。
まあいいか。
恥ずかしがってる唯花が可愛いしな。
なんてことを思いながらまた歩き始めたら、突然、唯花が腕に抱き着いてきた。
「ほんとに」
ぎゅっと腕に寄り添って。
頬を赤らめた上目遣いで見つめてきて。
ナイショ話のような囁き声。
「奏太とあたしの赤ちゃんは……卒業まで我慢しなくちゃダメだからね?」
「――っ!」
おま……っ。
それは逆に……!
この密着状態と甘えるような声でそれは、逆に我慢出来なくなるやつじゃろうが……!
だが恐ろしいことに唯花は本気で注意しているつもりなのだ。めちゃくちゃ誘ってるような思わせぶりムーブなのに、本人は至って真面目に俺を止めようとしている。
幼馴染で恋人なので、俺にはそれが分かってしまう。
おかげでこっちが血の涙を流して我慢する羽目になるのである。
おのれ、天然の超絶美少女め……っ。
「……やっぱハーゲンゲッツは唯花のおごりな」
「え、なんでぇ!?」
Fカップ越えの胸に腕を挟まれたまま、俺は修行僧のような気持ちでトボトボ帰るのでした。




