第21話 ヤロウ共、戦闘開始だ! いやラブコメ開始だーっ!
さて、せっかくだから前回までのおさらいでもしてみよう。
俺の幼馴染、如月唯花は引きこもり美少女だ。
高校入学直後の一年半前からずっと引きこもっている。
けど、唯花はついに外へ踏み出すためのきっかけを得た。
小説を書き、それを投稿サイトの人々に読んでもらえたことで、世界と繋がることを取り戻した。
止まっていた時間はここから動き出す。もしもこれが物語ならば、俺たちの第二章はきっとここから始まるのだ。
「なんてことを感慨深く考えながら来たんだがな、今日は……」
俺は部屋の真ん中で顔を引きつらせる。
足元には床をゴロゴローッと転がって駄々をこねてる幼馴染。
「もっともっとブックマークほしぃー! 感想とかレビューもほしぃよー! みんなもっともっとあたしを見てぇーっ!」
「こいつは本当に……」
昨夜は『ただ読んでもらえたことが嬉しい』みたいな感じで泣いていたのに、一晩経ったらこの体たらくである。
「まったく、俺の感動を返せコノヤロウ」
頭をがしっとホールド。犬の毛を洗うように髪をワシャワシャにしてやる。
「ぎゃー!」
スプラッタ映画のような悲鳴を上げ、ベッドの方へ脱兎のごとくな唯花。
うむ、犬ではなく兎だったようだ。
「いきなり何するの!? 乙女の髪を雑にワシャるなんて、奏太には良識ってものがないの!?」
「それはこっちのセリフだ。生まれて初めて書いた小説がそうそうトントン拍子に上手くいくわけなかろうが。世の中舐めんな。ワシャられるのも当然と思え」
「えー、別に完全に初めてってわけじゃないもん」
乱された黒髪を手櫛で直し、唯花は唇を尖らさる。
「小学校の頃は奏太のこと考えて毎日ポエム書いてたもん」
「ちょ!? 俺でポエム!? なんだそれ!? 初耳だぞ!?」
「言うわけないじゃん。言ったら爆発してあたしは死ぬ」
「つまりは純度100パーセントの黒歴史じゃねえか!」
「追加効果で奏太も死ぬ」
「道連れ……!? 道連れなのか!? なんだその超高レベル呪文! 幼馴染の黒歴史に誘爆して死ぬとか嫌すぎるぞ……っ」
今回の小説も俺はまだ読ませてもらってない。
ひょっとして唯花の創作物って俺にとってメガンテレベルの何かなんじゃなかろうか……やだ怖い、ひたすらに怖い。
と、戦慄していたら何やらジト目で睨まていることに気づいた。
唯花はベッドで体育座りし、膝に顔をうずめてこっちを見ている。
「なんで引いてるのよ。あたしが奏太を想ってポエム書いてたらイヤなの?」
「いや別に引いちゃいないし、イヤでもないが……」
「歯切れ悪い。本音は?」
「まあ、だいぶリアクションに困ってはいる……」
だってその年頃の女子がポエム書くってそういうことだろ?
かなり踏み込んだ発言だぞ、これ。
「ふーんだ、もう奏太なんて知らなーい」
唯花は布団をかぶり、饅頭モードに移行する。
拗ねられてしまった。いつの間にか俺が悪い感じになってる辺り、非常に理不尽である。
放っておいても5、6分で機嫌は直るだろうが、今日はバイトの給料日なので手元に課金のプリペイドカードがある。せっかくだから饅頭破壊作戦に使っておくか。
「ほれほれ、唯花。これなんだと思う~?」
布団の頭の辺りにカードをゆっくり入れていく。巣穴にこもった小動物に餌付けする感覚だ。
これで唯花は機嫌を直し、もぞもぞと出てくる……と思ったのだが。
予想外のことが起きた。
布団を跳ね飛ばし、唯花が勢いよく立ち上がったのだ。
「あっぶない、忘れてた! 今日はちゃんと決意を伝えようって思ってたんだった」
カードを握り締め、何やら呟いている。
決意……? なんのことだ?
「奏太」
ベッドから下り、唯花は俺へ向かって両手を広げた。
「――ハグして。今日の代価」
「え、あ、ああ……分かった」
バイトが出る日はお土産に課金のカードを買ってきて、その代価にハグをする。
いつの間にか始まった、俺たちの習慣。
だからいつも通りに唯花を抱き締めた。パジャマ越しに柔らかい感触が伝わってきて、シャンプーの匂いが鼻をくすぐる。幸福感が胸を満たした。しかし。
「奏太。もっと……強く」
「え、もっと? ……こ、こうか?」
「もっともっと」
言われるまま腕に力を込め、お互いの体が隙間なく密着した。
だが唯花は俺の首筋へさらに顔をうずめてくる。
「もっとして。限界まで奏太とくっつきたいの」
「い、いやあのな、これ以上は理性が……」
一部分がやんごとなきことになってきてしまいそうで、さりげなく腰を引く。
だがあろうことか、唯花は足を絡めて追いかけてきた。腰までぴったり密着し、本当にやんごとなき事になりそうだ。
「唯花、どうしたっ? さすがにこれ以上は……っ」
「いいからっ」
唯花はぎゅっとしがみついて言う。
「理性なんてもうどうでもいいからっ、壊れちゃうくらい抱き締めて!」
「ど、どうなっても知らねえぞ!?」
体の境目なんて意識できないほど密着し、うるさいくらい響くのがどっちの鼓動か分からなくなるくらい、本気で抱き締めた。
同じくらい本気で唯花も抱き締め返してくる。
「奏太ぁ、奏太ぁ……!」
「く……っ、ゆ、唯花っ!」
俺がこんなに余裕なく唯花の名を叫ぶのは初めてのことだった。本当に、本気で、理性が飛びそうだ。
その緊張感が頂点に達した瞬間、唯花はばっと顔を上げた。
「奏太、あたしのこと――」
紡がれるのはいつもの言葉……じゃなかった。
唯花は言う。
真っ赤な顔と、透き通るような真っ直ぐな瞳で。
「あたしのこと、好きになってもらえるように――あたし頑張るから!」
一瞬、頭が真っ白になった。
驚きすぎて、両腕から力が抜けた。
「好きになってもらえるようにって……だ、誰に?」
「奏太にっ!」
ぺちっ、と可愛らしく胸にグーパン。
幼馴染からのドストレートな宣戦布告だった。
い、いやいやいやいや急展開過ぎるだろ!?
こ、これ一体、どう受け止めればいいんだ、俺は!?
ひたすらに動揺した。
でもきっと唯花の視点で見れば、急展開でもなんでもないのだろう。
俺の幼馴染は「えへへ、どうだコノヤロウ」と笑顔でドヤ顔をしている。
いや本気で参った……こっちはなんの心の準備もしてなかったというのに、俺と引きこもり幼馴染の第二章は――こうして問答無用で始まった。




