第20話 第1話直前の幼馴染~恋する引きこもり~(唯花視点)
あたしは部屋の窓際で息をひそめている。
別に呼吸はしてていいんだけど、ついついこっそり気分になってしまう。
だって、そろそろ奏太が来る時間だから。
引きこもり始めてから一年半。
最近のあたしはこの時間になると、いつもこうして窓際に寄り、カーテンの隙間から外の道路を見つめている。
あたしのために奏太が家に来てくれる。
その姿を見るのが好きだった。
もちろんこんなこと奏太は知らない。きっとずーっとゲームと漫画とアニメ漬けだと思ってるはず。まあ、間違ってないけど、この時間だけはぜんぶ横に置いといて、奏太のことを待ってるんだよ?
「奏太、まだかなぁ……」
今日は奏太のバイト代が出る日。
つまりはハグをしてくれる日。
「あうぅ……」
意識したら恥ずかしくなってきた。
窓枠におでこを押し付けて身もだえる。
本当、あたしはなんでこんな習慣を作ってしまったんだろう。
ハグをする度、気持ちはどんどん膨れ上がってしまう。子供の頃からずっと我慢してきたのに、今ではもう誤魔化せなくなってしまった。
「あたしは奏太のことが……」
呟きかけ、慌てて口をつぐんだ。
その先の言葉を言ってしまわないように。
このまま一生、奏太に甘えてるわけにはいかない。どこかで解放してあげなくちゃいけない。あたしには未来なんてないんだから。
「……だから決めたの」
今日からハグの度、奏太が告白してくるように仕向ける。普段はぜったいNGだけど、胸とかも思いきり押し付けてあげて、奏太に勇み足をさせるのだ。
そして盛大に振る。奏太を解放するために。
打倒、ヒーロー。
引きこもりヒロインだって頑張るよ。
……そんな遠回しなことしてないで直接拒絶しろ、とかそういういじわることは言わないでほしい。ごめんなさい、これがあたしの精一杯なんです。だって奏太がいないと生きてけないんだもん。
これが物語だったら、いつかどこかで復活フラグが立つのかもしれない。
でも現実と物語は違うって、あたしはちゃんと知ってる。
「だから頑張るよ。大好きな奏太のために」
と、情感たっぷりに呟いて……直後に「あれっ?」と思った。
直近の記憶をリピート再生。そして絶叫。
「大好きって言っちゃったーっ! ずっと言わないようにしてたのに、流れで口走っちゃったーっ!」
恥ずかしくなって床をゴロゴロゴロゴロッと転がる。
ベッドにぶつかるまでゴロゴローッ、方向転換して、今度は勉強机にぶつかるまでゴロゴローッ。
そんなことをしていたら、誰かが階段を上ってくる音がした。
奏太だ。窓から目を離した隙に家に入ってたみたい。
「ちょ、ちょっと待って!? こんなテンションで顔合わせたら大惨事になっちゃう!」
大慌てで布団をかぶり、ノートパソコンを起動。大音量でゲーム開始! これで精神を没入させ、平常心を取り戻す。我ながらカンペキな作戦!
「『いやぁ、見ないでぇ!』」
重巡洋艦キャラクターを単独出撃させ、中破ボイスが鳴り響く。
いいよいいよ、可愛いよーっ!
――と、いつの間にか本気で熱中してしまい、奏太に布団を引っぺがされてびっくりするあたしだった。
その後、しばらくして、奏太が泊まった日を境にあたしはまったく別の方向で頑張り始める。
諦めるためじゃなく、ちゃんと前に進むために。
心の奥の本当の気持ちはまだ言えない。
でも前に進もうっていうこの決意だけは……次に会った時、奏太に伝えたいって思ってます。




