解放の儀 〜唐揚げゾンビ編〜
ガーデン〜ブレイク!!!
——解放の儀。
日々縛られる任務から解き放たれ、押さえつけていた三大欲求の一つを、お天道様の膝の下で遺憾なく解放する儀式である。
それは必ず、燃え盛るような夏の季節であれ、身も凍るような冬の季節であれ、例外なく屋外で行われる。
早い話、休みの日にお家のお庭でお酒を飲むだけの行為である。
暑い? 寒い? そんな一般論は聞き飽きた。
屋根とか壁なんて物があったら、人間は何も開放できないと私は考える。
そして、私が日頃から使っている“ガーデンブレイク”という言葉は、この行為の総称である——。
——てなわけで今日の解放の儀のお供は、みんな大好き唐揚げちゃん。
今回のお話は、お庭で唐揚げを頬張りながら、白銀鏡が思い出した、忌まわしき記憶のお話です。
* * *
——小学校の頃の白銀鏡は、給食にて唐揚げが出る日が嫌いだった。
無論、唐揚げという食べ物は大好きである。
カリッとした衣で、肉汁という旨味を閉じ込めた、言わば“幸せの爆弾”。
こんな破壊力を持つ食べ物を嫌いな子供は、この世にいない。
他所の給食はわからないが、私の学校の唐揚げは大きなおかずのお皿に、ドンッと大きな唐揚げが、一つだけ置かれる。
一人に一つだけの、幸せだ。
——そしてこの日は、大好きな唐揚げの日。
給食の時間、係の生徒がおかずを装い配り終えるのを皆が座って待つ。
だが、その日だけは決まって、数人の男子生徒が席を立ち教室内を駆け回る。
汚物にたかるハエの如く教室を飛び回るそいつらは、私の様に、人間ができていて真面目に座っている生徒一人一人の耳元で、何かを呟き回っている。
呟きは飛んで、呟きは飛んで——ついにそのハエの一匹が、私の耳元に止まった。
「唐揚げ、ちょうだい……」
——理解ができない。
いや、言葉の意味は理解はできる。
なぜ一つしかない私の幸せを君にあげなきゃいけない?
間違って首を縦に振ったりしようもんなら、私の今日の給食はサラダとご飯と牛乳だけの質素な食事になるのわかってる?
私は、平気な顔をして人の幸せをよこせと言えるその性根が理解できなかった。
——当然、私は断る。
すると、そいつはすぐに次の目標を目掛け飛んでゆく。
しかもこいつらは、一匹二匹では終わらない。
追っ払った途端に、また次の個体が現れる。
私は唐揚げが好きだからあげないと、キッパリと毎回断っているはずなのに、奴らはゾンビの如くやってくる。
追い払っても追い払っても、次々と湧いて出る。
——こうして私は、バイオハザードと化してしまうこの唐揚げの日がきらいになりました。
* * *
ちなみにこれは、唐揚げの日に限りません。
プリンとかヨーグルトとか、いつでも奴らはやってきます——。
つまらない話でごめんなさいね笑
まあ対して根に持ってませんが、いまだに覚えていた記憶の一つでした。
——サクッ。
うん♫やっぱり唐揚げおいし♫
あの時守り抜いた幸せは、私の中に今も生きています。
唐揚げゾンビはみなさんの周りにもいたのでしょうか?
それともこれを今読んだあなたこそが、あの時の唐揚げゾンビだったのかもしれませんね。




