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白い結婚のはずが、年の離れた辺境伯様に毎日愛を囁かれ、過保護なほど溺愛されています  作者: 秋月アムリ


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11/12

11.氷解、そして

「エリーナ……君は……っ」


 彼が、震える声で私の名を呼んだ。


「君は、何も間違っていない。怖かったのも、戸惑ったのも、当然のことだ」


 彼は、私の頬に触れ、優しく涙を拭った。


「愛情を知らずに育った君に、俺はあまりに不器用で、大きすぎる愛情を、突然押し付けてしまった。白い結婚だという君の覚悟も知らずに、俺の都合だけで……っ」


 彼の言葉に、私は首を横に振った。違う。彼のせいではない。私の、私自身の問題なのだ。言葉にはならないまま、ただ首を振る。


 彼は、私のその仕草を見て、瞳を細めた。そして、私の両頬をそっと包み込み、顔を上げさせる。


「そして……」


 その声に、辺境伯としての、主としての、揺るぎない命令の色が混じる。


「君が価値がないなどと、二度と言うな」


 静かだが、絶対零度のような響きを持った命令。その言葉に、私の心臓が跳ね上がる。


「君は、俺の光だ。あの王都の澱みの中で、俺が見つけた、唯一の清らかな光だ。君がいなければ、俺は……っ」


 彼は、言葉に詰まり、そのまま私を強く、壊れそうなくらいに抱きしめた。


「君こそが、俺にとって、あまりに眩しく、あまりに価値のある存在なんだ……っ。君の価値を疑う権利は、誰にもない。君自身にも、だ」


 彼の腕の中で、私は再び涙を流した。それは、後悔の涙でも、悲しみの涙でもない。


 誤解が解けた安堵と、彼の深い愛情、そして、彼が私の存在価値を、こんなにも強く肯定してくれたことへの、温かい、救われたような涙だった。


「ゲオルグ……様……」


 初めて、彼の名を呼んだ。爵位をつけずに、親しみを込めて。


「ああ……エリーナ……」


 彼は私の名を何度も呼んだ。その声には、もはや辺境伯としての威厳はない。ただ、愛する女性を腕に抱いた、一人の男性の、深い安堵と幸福だけが満ちていた。


 訓練場の片隅での口づけは、二人の関係の始まりを示唆する一歩だった。そして、部屋でのこの告白と涙は、お互いの心の壁を完全に打ち壊し、真に結ばれた夫婦となる瞬間だった。


「白い結婚」は、最初から形だけのものだった。ゲオルグ様の偽りのない、あまりに大きく、深すぎる愛情によって、それはあっけなく意味を失った。


 そして、私の抱えていた孤独も、自己肯定感の低さも、彼の惜しみない溺愛と、全てを受け止めてくれた優しさによって、少しずつ溶かされていくだろう。


 辺境の厳しい土地で、私たちは、お互いの欠片を満たし合いながら、温かく、そして偽りのない夫婦として、歩み始める。


 ゲオルグ様の、止めどない、あまりに重い愛と共に。


 ゲオルグ様の腕の中で、私は再び涙を流した。それは、後悔でも悲しみでもない。全てが解けた安堵と、あまりに大きな愛情への感謝、そして、彼が私の存在価値をこれほどまでに肯定してくれたことへの、温かい、救われたような涙だった。


 彼は、私の背中をゆっくりと撫でながら、何度も私の名を呼んでくれる。その声は、ただ愛しいものを慈しむ、一人の男性の柔らかな響きだった。


「エリーナ……もう、大丈夫だ……何も、怖がることはない」


 彼の声が、直接心に響く。私の全てを受け止めてくれた温かい声だ。


「ゲオルグ……様……」


「ああ、エリーナ」


 彼の腕の中で顔を上げ、その瞳を見つめる。そこにあるのは、もう傷つきや困惑ではない。深い愛情と、安堵、そして、これから始まる未来への希望のような光だ。


「ありがとう……ございます……全て、話してくださって……私の、勝手な思い込みや……怖さに、向き合ってくださって……」


「何を言うんだ。話すべきは、俺の方だった。君に、あんなにも辛い思いをさせて……すまなかった」


 彼は、申し訳なさそうに眉を下げた。


「辺境伯様は……不器用な方ですね」


 思わず、笑みが漏れた。王都で噂されていた「無骨」とは全く違う、愛しい不器用さ。長年感情を殺してきたせいで、愛情表現の方法を知らなかっただけなのだ。そのせいで、私をどれほど困惑させ、自分自身も苦しめていたのだろう。


「……耳が痛いな」


 彼は、僅かに照れたように頬を染め、私を抱きしめる腕にさらに力を込めた。


「どうしていいか、本当に分からなかったんだ。ただ、君を大切にしたくて、傍にいたくて……溢れる思いを、そのままぶつけるしか、方法を知らなかった」


「はい……伝わってきました。あまりに、大きすぎて……私のほうが、受け止めきれなくて……」


「いいんだ。焦らなくていい。少しずつ、慣れていけばいい」


 彼はそう言って、私の髪に口づけを落とした。その口づけは、訓練場での探るような、確かめるようなものではなく、ただ純粋な、愛しむという感情だけのものだった。


 腕の中から抜け出し、改めて向かい合う。手を取る手から伝わる温もり。見つめ合う瞳に宿る、偽りのない光。そこにはもう、「白い結婚」の契約も、「辺境伯」と「公爵令嬢」という立場もない。ただ、お互いの心だけがある。


「辺境伯様……」


「ゲオルグ、と呼んでほしい」


 遮るように、しかし優しい声で彼は言った。


「……ゲオルグ、様」


 まだ少し気恥ずかしい。


「様もいらない。エリーナ」


 私の名を呼ぶ彼の声は、何度聞いても甘い。


「……ゲオルグ」


 小さな声で彼の名を呼ぶと、ゲオルグ様は満足そうに、深く頷いた。


「ありがとう、エリーナ」


 彼は私の両手を包み込み、熱っぽい視線で私を見つめた。


「これからは……本当の夫婦として、生きていこう。白い結婚、ではない」


「はい……本当の、夫婦として」


 私の言葉に、ゲオルグ様は再び安堵の息を漏らした。


「エリーナ、君が望むなら、王都での暮らしに近い環境を整えることも……」


「いいえ」


 私は首を横に振った。


「私は、辺境伯様……いえ、ゲオルグの妻として、ここに来ました。この地で、あなたと共に生きていきたいです。あなたの傍が、私の場所ですから」


 私の言葉に、彼の瞳が大きく見開かれた。そして、その瞳に、再びあの熱が宿る。私という存在に向けられた、純粋な、燃えるような愛の熱だ。


「エリーナ……!」


 彼は、私の手を握る力を強め、そのまま勢いよく立ち上がった。そして、私を腕の中に抱き上げる。


「きゃっ!?」


 突然の行動に、思わず声を上げた。


「私の愛しい妻……っ! こんなにも、健気に……っ」


 彼は私の顔に、首筋に、惜しみなく口づけを落としてくる。止めることも、拒むこともできない。したくない。辺境伯としての威圧感も、武人としての無骨さも、この瞬間、彼の中には存在しない。ただ、愛する妻への、溢れんばかりの愛情だけがあった。


「ゲオルグ……ふふ……くすぐったい……」


 笑みが漏れる。こんな風に、夫に甘やかされるなんて、結婚するまで想像もしていなかった。


 彼は私の言葉を聞いて、少し動きを止め、私の顔を覗き込んだ。その瞳には、甘さと、そして、深い愛おしさが満ちている。


「本当に、愛しい……私の妻……。エリーナ」


 彼はそう呟き、そのまま私を抱きかかえたまま、寝台へと向かった。


(あ……!)


 ゲオルグ様の、温かい体温。私の体を抱く、力強い腕。そして、私だけに向けられる、情熱的な視線。


 もう迷いも、恐れもない。あるのは、二人の間の、確かな愛情だけだ。


「エリーナ……」


 彼の声は、熱を帯びていた――

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