6 由々しき事態です!
クラスの男子生徒は新たなメンバーが二人加わりましたが、他のメンバーは変わりありません。
女子生徒のほうはニーニャと私、そして、新たに三人が加わりましたが、問題を起こしたヒス子爵令嬢たちは特別クラスから普通クラスに落ちていました。
勉強はどんどん難しくなっていきますし、恋愛を優先していたからか授業に付いていけなかったようです。
担任の先生の変更もなく、元々のクラスメイトとともかなり仲良くなっていましたし、新しく加わった人たちもみんな良い人で、良い一年を過ごせそうだと思っていた時に事件が起きました。
アデルバート様の命を狙う人間が現れたのです。
その日は女子生徒はデビュタントを迎えるまでに覚えておきたい実技の授業で、男子生徒は女性をエスコートする時のマナーの授業がダンスホールで行われていました。一通りの説明や実技が終わったあと、時間が余ったため、先生に指名された男女がダンスを踊ることになりました。
この授業は毎年恒例のもので、この時間を待ちわびていた女子は一気に色めき立ちました。
「誰にしようか」
体格の良い若い男の先生がなぜか嬉しそうな顔をして言いました。先生は少し考えたあと、数人の男子生徒の名を呼んでいき、そこに、アデルバート様の名もあったのです。
「外見が整っている男性ばかり選んでいますね」
ニーニャが小声で話しかけてきました。選ばれた男子を見てみると、言われてみれば整った顔立ちの人ばかりです。その中に、エイン様が入っていることになぜか苛立ちを覚えましたが、先生が選んだので文句は言えません。
「さあ、パートナーの女子生徒だが、どうしようかな」
女子の多くが先生に『自分を選んでください』という目を向けています。先生は圧を感じたのか苦笑して、男子に丸投げします。
「そうだ。せっかくだから、君たちが踊りやすい女子生徒を選んでくれ」
先生の言葉に女子からは悲鳴と歓声が上がりました。絶対に選んでもらえないという絶望感と、私なら選んでもらえるという自信のある人たちで二分化されたようです。
「嫌です」
アデルバート様がすんとした顔で拒否しました。
それはそうですよね。アデルバート様は女性が苦手なんですもの。先生もそのことを知っていますから頷きます。
「そうか。君はそうだよな。俺が悪かった。じゃあ、ローンノウルはシード先生と踊ってもらうか」
シード先生というのはダンス講師の名前でしたでしょうか。
……シード、何かひっかかる名前です。でも、どこで聞いたのか、どうして引っかかるのか、すぐに理由が思い浮かびません。
「……それも嫌です」
「ローンノウル、悪いけど、みんな、君が踊る所を見たいんだよ。妥協してくれないか」
やはり、先生は女子生徒の圧に勝てないようです。アデルバート様は観念したように、大きな息を吐きました。
私もニーニャも自分が選ばれるわけがないと思っていますので、後ろのほうでことの成り行きを見守ろうとした時でした。
「アンナ」
アデルバート様が私と同じ名前の人を呼びました。アンナは子供につける名前として人気があります。ですから、この学年にも何人かいると思います。「きゃーっ!」という歓喜の声が上がった瞬間、先生が言います。
「アンナは数人いるよ。家の名前も言わないと」
「……そうか。アンナ・ディストリー、踊ってくれ」
アンナ・ディストリーって誰ですか?
……なんて、馬鹿なことを言っている場合ではありませんね!
「わ、私ですか!」
「お前以外いないだろ」
「私、背が低いですよ!」
学力は十一歳レベル以上ですが、体形は七歳児です。それに、食べ物は最小限にしか与えられていませんので、普通の子供よりも小さいです。ヒールを履けばなんとか釣り合いが取れるかもしれませんが、そこまでする必要はないかと思います。
かといって、断りにくいです。アデルバート様は女性不信で同学年の女子は私かニーニャくらいとしか話さないのですよね。ニーニャを選ばなかったのは、彼女には婚約者がいるからでしょう。
「アデルバート様、彼女は嫌がっているではありませんか」
ダンス講師である、シード先生がアデルバート様に近づいていきます。
「わたくしと踊ってくださいませ」
大人にしては小柄な女性ですので、アデルバート様との身長差もそうありません。他の女性に恨まれたくないですし、お任せしようかと思った時でした。
いつのものかわかりませんが、新聞の一面記事が頭に浮かんだのです。
見出しには『ローンノウル侯爵令息、ダンス講師に毒殺される』と書かれていました。
たしか、ダンスの練習の時に遅効性の毒を、持ち歩きできる小さな裁縫セットの針に塗り、さりげなく、アデルバート様に近づいて刺したとありました。
動機は自分の娘の告白を断ったからという理由だったと記憶しています。証拠は処分していましたが、毒の入手経路を調べていくうちに、彼女が捜査線に上がったのだと記憶しています。
たしか、終身刑を言い渡され『魔が差した。後悔している』と泣いていると書かれていました。
これは由々しき事態です!
「わ、私、それはもう、踊りたくなりました!」
私は手を挙げて叫んだのでした。




