54 どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
それはドレスに合うアクセサリーを見に行こうと馬車から降りて、人通りの多い道を歩いていた時でした。
「あの」
見知らぬ男性が私の肩に手を伸ばそうとした瞬間、バレないように平民の格好をして、私のすぐ後ろを歩いていたアデル様がその男性の腕を掴みました。
「彼女に触れるな」
「も、申し訳ございません。その、落とし物をされたようですので、お渡ししようと」
「署にご同行願います」
男性が話をしている途中でしたが、私服の警察官が彼の背後に現れると、問答無用で羽交い締めにしました。
「な⁉ 一体、何だっていうんですか⁉」
「女性に触れようとしただろう」
「いえ、ですから、その、落とし物を!」
この人がマークしていた男性でなければ冤罪の可能性が高いですが、私に触れようとしたのは例の男性です。
屈強な男性でしたが、それ以上に逞しい体つきの警察官に取り押さえられ、あっという間に彼は連行されていきました。そして、警察署での取り調べで、彼の懐からダガーナイフが見つかり、長時間の拘束に耐えられなかった彼は、ミドルレイ子爵令嬢から私を殺すように頼まれたと、あっさりと口にしたのでした。
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それからはあっという間に日が過ぎ、卒業式の日を迎えました。それまでに、ミドルレイ子爵令嬢とロウト伯爵令息は、私への殺人教唆で警察に捕まりました。ミドルレイ子爵令嬢はロウト伯爵令息に頼まれたと素直に事情を話したため、罰金という軽い罰で済んで釈放されましたが、今回のことで、養父母との折り合いが悪くなり、ミドルレイ子爵令嬢はロウト家に戻されることになりました。
血は繋がっていなくても大事にしてきた娘が、実の兄と一緒に犯罪をしようとしていたなんて聞いたら、元の家族の元に戻そうと思っても仕方がないことだと思います。ロウト伯爵家にしてみれば、ビアナ様は疫病神のようなものです。意地悪をするようなことはありませんが、ほとんど会話はせず、彼女を遠ざけているそうです。ビアナ様が学園を卒業したら家から追い出すのではないかというのが、アデル様たちの見解でした。
兄が捕まり、一人ぼっちになってしまったビアナ様は、学園には来ていますが、私を殺そうとしたという噂は広まっていますので、誰も彼女に近づこうとはせず、一人ぼっちで過ごしていてアデル様に近づくこともなくなりました。
「ロウト伯爵令息はどうなるのでしょうか」
卒業式の会場に向かいながら、アデル様に尋ねると、少し考えてから答えます。
「侯爵令息の婚約者を殺そうとしたということで、罰は労働になるんじゃないかと言われている」
私たちの国では死刑が一番、重い罰ですが、その次が労働と言われています。鉱山で働かされるのですが、ノルマが厳しく、休みのない日々が続くのだそうです。体力的にも精神的にも来るもので『死んだほうがマシだ』と叫ぶ受刑者が多いことで有名です。そして、大体は数年の内に、何らかの形で命を落としてしまうとのことでした。
「ロウト伯爵令息よりも早くに私が死んでしまったら、また、人生をやり直しさせられてしまうのでしょうか」
「そのことなんだが、ロウト伯爵に聞いてみたら、血を引いていても縁を切った場合は力がなくなるらしい」
「どういうことでしょう?」
「彼を切り捨てることに決めたそうだ。犯罪者を跡継ぎにするわけにはいかないから」
「でも、それだけで魔法が使えなくなるものなのでしょうか」
「話を聞いてみたら、結局はロウト伯爵家の人間であることが大事らしい」
家を追い出されたら、ロウト伯爵家の人間とみなされず、魔法が使えなくなるということのようです。
「後日、ロウト伯爵夫妻がアンナに謝罪をしに行くって言ってたぞ。それから、息子がやったこととはいえ、お咎めなしというわけにはいかないようで、子爵家に落ちるそうだ」
「そうなんですね」
誰かを養子にもらい、ロウト家は続いていくのでしょう。でも、魔法を使う力はこれで途切れることになります。長く続いていたものが失われることは複雑な気持ちになりますが、私の命の危険はとりあえず去ったようです。
幸せな生活を送っているわけではなさそうですが、ミルーナさんとヴィーチは結婚し、ミルーナさんのお腹には子供がいるとのことでした。
ロウト伯爵令息は、このことを知ったら絶望するでしょうね。
「卒業したら、アンナと会う日が少なくなるのが寂しいな」
「休みの日が合えば、どこかへお出かけしましょう」
「今まで毎日のように会ってたのに、これから休みの日にしか会えないんだぞ? アンナは寂しくないのかよ」
「どうでしょう。覚えなければならない仕事が山積みですから! アデル様だってそれは一緒でしょう?」
「そりゃあ、そうなんだけど」
なぜかシュンとしてしまったアデル様に微笑みかけます。
「アデル様に自慢の婚約者と言ってもらえるように、仕事のできる女性になりますから!」
「……わかったよ」
アデル様はどこか不服そうな顔で頷いたあと、周りに人がいるというのにもかかわらず、私の額にキスをしました。
「えええええっ⁉」
額を押さえて動揺していると、アデル様は笑顔で言います。
「これから休みの日に会ったら、帰り際にキスするっていうのはどうだ?」
「そ、それは誰が得するものなのですか⁉」
「俺だよ」
「あ、アデル様が得するのでしたら、ええっと、はい!」
「口にだぞ」
「く、口っ⁉」
驚いていると、アデル様は満面の笑みを浮かべ、私の手を引いて歩き出します。
「もう決めたから」
「ううう。まずは、頬からでお願いしますぅ」
情けない声を出すと、アデル様は声を上げて笑いました。
何度も人生をやり直して、どうせ結末は変わらないのだと、開き直って楽しく人生を過ごすことに決めて、今まで生きてきました。
十八歳になればまた、死ななければならないのかと怯えていましたが、もう、怯えずに良くなりましたし、未来には楽しみしかありません。十九歳の私はどんな風になっているのでしょう。
まだまだ先ではありますが、素敵なお嫁さんになれていることを願って、アデル様と一緒に卒業式の会場に足を踏み入れたのでした。
面白かった、応援したいと思ってくださった方は、星をいただけますと幸いです。
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