53 驚いてはいないんですよ
敵の敵は味方といった感じでしょうか。私たちはミルーナさんとヴィーチの愛の逃避行を邪魔するわけでもなく助けるわけでもないという、傍観者の立場をとることにしました。
ミルーナさんのことも、ヴィーチのことも好きではありません。でも、ロウト伯爵令息の力になるほうがもっと嫌でした。目的がどうであれ、一回だけ生き返らせてもらっただけなら感謝すべきことでしょう。でも、上手くいかなかったからと、やり直しをするために、わざわざ殺すという方向に持っていったロウト伯爵令息をどうしても許せなかったのです。
もちろん、ミルーナさんやヴィーチのことも許しているわけではありません。ただ、今回の人生で、もう私に関わらないというのなら、新たな人生を歩むことを止めはしないでおこうと思いました。
その後、聞いた話によると、ロウト伯爵令息は目撃情報を頼りにミルーナさんを捜したそうですが、行方をつかめない間にロウト伯爵が彼を捕まえ、現在は部屋に軟禁されています。ロウト伯爵家の使用人から確認した話では、彼と話すことができるのは家族のみで、食事なども家族が運んでいるそうです。
その家族の中に、ミドルレイ子爵令嬢が含まれていることがわかった時、この先、どんな展開に持ち込もうとしているのかは簡単に想像ができたのでした。
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しばらくすると、ヴィーチとミルーナさんの噂はすぐに社交界に広まり、学園内でもその話で持ちきりになりました。
「お、驚きましたね」
ニーニャにしてみれば、エインさまのことがありますので他人事ではないようです。エイン様のほうは興味を示せばニーニャに誤解されるかもしれないということで、気にしないようにしているみたいでした。
「なんとなくこうなるのではないかと予想していましたから、私は驚いてはいないんですよ」
「そうだったんですね。でも、二人は今頃どうされているのでしょうね」
「噂では隣国に近づいているそうですよ」
実際は、監視役から連絡をもらっているのですが、ここでは知らないふりをして話しました。現在のミルーナさんたちは、上手くやっているといえばやっていますし、そうでもないといえば、そうでもないという何とも言えない状態です。
というのも、ミルーナさんがワガママを言い始めると、ヴィーチも彼の本性を見せ、ミルーナさんを力で服従させ始めたからです。最初はミルーナさんが『足が痛い』と言えば、ヴィーチが横抱きして歩いていたそうですが、今度は横抱きの体勢では体が痛くなると言い出したので『では、少し歩きましょうか』とヴィーチが言うと『嫌だ』と言うので、ヴィーチも我慢できなくなったようでした。
そんな二人ではありますが、ヴィーチのミルーナさんへの愛情は変わっていないようです。ミルーナさんが怯えれば優しくなるということを繰り返していて、今までと立場が逆転している時もあるようでした。ミルーナさんはロウト伯爵令息からの束縛には逃れられましたが、今度はヴィーチという厄介な男に捕まっただけですね。
このまま、ミルーナさんたちが隣国に渡り、ロウト伯爵令息が大人しくしてくれていることを願っていたある日、ミドルレイ子爵令嬢が動き出したという連絡が入ったのです。
ミドルレイ子爵令嬢が動き出したといっても、彼女は賢くはありません。ロウト伯爵令息にお願いされるままに動いていますので、自分の動きを察知されないようにするというような配慮は全くありませんでした。私を殺してしまえばリセットされるのですから、自分が犯人だとバレても良いと思ったのかもしれません。
ミドルレイ子爵令嬢が私を殺すために雇ったのは、何でも屋の人間で、暗殺のプロではありませんでした。ですが、婦女暴行の前科がありますので警戒は必要です。暫くの間は、学園以外の外出を控えていましたが、卒業が近づいてくると、そうもいかなくなりました。
普段は学生服ですが、卒業式は好きな服装で出席して良いことになっていて、貴族の女性はパーティードレスを着ることが多いのだそうです。そのためドレスや靴、アクセサリーなどを新調するために、久しぶりに街に外出することにしたのでした。




