52 絶対にさせません
「う、嘘だ!」
ロウト伯爵令息は私の言っているミルーナさんと彼のミルーナさんが同一人物であるとわかったようで、悲鳴のような声を上げました。
「嘘ではありません。気になるようでしたら、自分の目で確認をしてはいかがですか? ミルーナさんが家にいなければ怪しいですわね」
「言われなくてもそうするよ!」
ロウト伯爵令息は立ち上がって叫ぶと、アデル様に挨拶することもなく応接室を出ていきます。
「ちょっ、お兄様⁉」
残されたミドルレイ子爵令嬢は焦った顔になると、アデル様との会話を打ち切り、ロウト伯爵令息の後を追って応接室から出ていきました。
「もう少し聞かなければいけないことがあったのですが、ヴィーチとミルーナさんの情報を早く言い過ぎてしまいました。申し訳ございません」
反省していると、アデル様は苦笑して慰めてくれます。
「これから、やらないといけないことはわかったんだから、もう良いだろ」
「そうですね」
デルト様が先ほど教えてくれた話は、ヴィーチとミルーナさんが二人で隣国へ向かう馬車に乗ったという話でした。二人がいつそういう関係になったのかはわかりませんが、考えられるとすれば、金的事件の時でしょうか。
私の動きが変わったことで、私の生みの両親は没落しましたし、姉だったミルーナさんも平民落ちしました。
ロウト伯爵令息は、ミルーナさんが平民落ちしたことで、助けてくれた自分に依存すると思い込んだようですが、実際は違いました。束縛されることを嫌うミルーナさんは、私への憎しみをロウト伯爵令息に抱くようになったのです。そして、自分のやることに何も文句を言わず、献身的な態度であるヴィーチに絆されて逃げることに決めたようです。
「二人だけで逃げて、生きていけるのでしょうか」
「ヴィーチのことだ。金がなくなれば、弱い人間から金を奪い取るだろう。あいつは体格も良いし、剣も扱えるしな」
「そうですね。今までの人生ではミルーナさんの専属騎士になっていたくらいですから」
誰かを守れるような肉体を持っているのですから、良いことに使ってほしいとは思いますが、ヴィーチの人生です。私に関わることでなければ、彼が好きに生きるのはかまいません。それに、彼らの未来がかなり厳しいものになることは容易に想像できます。
「そういえば、マイクス侯爵はこのことを知っているんでしょうか」
「知ってるだろうな。わかっていて逃がしたんだろう。まあ、そのへんの詳しい話を父上から聞くとして、その前に伝えておきたいことがある」
「……なんでしょうか」
居住まいを正して尋ねると、アデル様は私とロウト伯爵令息が話をしている時に、ミドルレイ子爵令嬢が話したことを教えてくれました。
時間を戻すことができるのは、十三回までが限界だということと、どういう理由かはわかりませんが、使い切ってしまうと魔力が体の中に存在しなくなってしまうとのことでした。そして、巻き戻す相手の条件は死んでいる人物でなければならないそうです。
普通は自分のせいで誰かが亡くなった時に、運命を変えるために使うもののようで、自分の欲望のために使う魔法ではないようです。それをわかっていながらアデル様や私に使ったのですから、力の無駄遣いとしか言いようがありません。
「どうやったら、魔法が発動するのでしょうか」
「生き返ってほしいと強く願った時らしい」
「ということは、アデル様が亡くなった時に、ミドルレイ子爵令嬢はショックでアデル様の復活を望み、ロウト伯爵令息は私が死ななければ、ミルーナさんが犯罪者として捕まらなくても良かったのにと思ったから、私が生き返ることを望んだといったところでしょうか」
「ロウト伯爵令息の場合は、アンナが上手くやってくれていたら、という気持ちが強かったのかもしれないな」
「人を傷つけようとする人間が悪いと思うのですけど、ロウト伯爵令息にはそんな考えはないのでしょうね」
大きく息を吐いてから、話題を戻します。
「十三回までということは、あと二回はロウト伯爵令息には、私を殺して人生をやり直すチャンスがあるということですね」
「そうなる」
「大丈夫です、アデル様。狙われるとわかっているのに、何もしないなんて馬鹿な真似はいたしません」
ロウト伯爵令息は私を使って、自分の人生を変えようとしています。これ以上、彼の思い通りにはなりたくありません。
ミルーナさんたちがすぐにロウト伯爵令息に捕まれば別ですが、ミルーナさんたちもさすがに計算して逃げているでしょうし、こちら側もロウト伯爵令息側に手を貸すつもりはありませんから、簡単には捕まらないでしょう。隣国に逃げてしまえば、見張っている人たちもさすがに追いかけていくことは難しいです。
そして、それはロウト伯爵令息も同じです。ミルーナ様を追えなくなったなら、また、私で人生をリセットしようとするのでしょう。
そんなことは絶対にさせません。




