48 無茶はしません
そちらに行っても突き当たりですので、どうせ戻ってこなければならないのにと思っていると、「ミルーナ嬢、待ってくれ!」と、ヴィーチもミルーナさんを追いかけていきました。
二人して向こうで反省会でもするんでしょうか。二人がいなくなると、アデル様は心配そうな顔で確認してきます。
「何もされてないか?」
「どちらかといいますと、私がやったほうですが、わけのわからないことを言われはしましたので、ロウト伯爵家とマイクス侯爵家に苦情を入れてもらおうと思います」
「うちからも連絡する」
「ありがとうございます」
微笑んでお礼を言うと、アデル様は真剣な顔で言います。
「アンナが強いことはわかった。でも、一人で相手をしようとするな。俺たちは殺されやすいんだから」
「そうですね! 気をつけます!」
何度も殺されてしまうなんて、意図的なものでない限り、普通はありえませんものね。それにまだ、何が起きるかはわかりません。殺されたくありませんから気を引き締めていこうと思ったのでした。
後日、ロウト伯爵令息から時間と場所の連絡がありました。ロウト伯爵家の応接室で話したいようでしたが、ローンノウル侯爵家に変更してもらいました。ロウト伯爵令息は、私に敵意がないように見せかけていますが、私の人生をやり直させているのは彼のようです。ということは、何か気に入らないことがあるから、彼は毎回、私を殺すように仕向けて、人生をやり直させているのと同じことです。
正直に言いますと、一度助けてもらった命なら有り難いと思いますが、何度も意図的に殺されていては、感謝の気持ちも薄れます。
毎回、私を手にかけるヴィーチや、その原因を作るミルーナさんを恨んでいましたが、一番、憎むべき相手はロウト伯爵令息なのかもしれません。
ロウト伯爵令息との話し合いは十日後の学園が休みの日です。話し終えたあと、彼の目的が達成しているのであれば、私をこのまま生かしてくれるのか、もしくは、真実を知った私を殺そうとするのかは、その時にはっきりすることになるでしょう。
次に殺された時は、私はもう生き返ることはないでしょうから、絶対に殺されるつもりはありません。
ここ最近、ロウト伯爵令息とミドルレイ子爵令嬢が密会しているのはわかっています。ロウト伯爵令息は外部の人間にバレないように取引先の人間のふりをして、屋敷に出入りしているようです。
気になるのは、ヴィーチとロウト伯爵令息が、学園でよく口論をしているのを見るようになったことでした。
マイクス侯爵家とロウト伯爵家には学園での付きまとい行為に対しての苦情を入れていますし、次に私に接触しようものなら、ヴィーチとミルーナさんは家から追い出されることになっています。
そのことで喧嘩をしているのでしょうか。
その時、ある考えが浮かんで急に不安になった私は、アデル様に相談してみようと思いました。話したいことがあると言うと、アデル様は、その日の放課後にレイガス邸まで来てくれたのです。
私の部屋に通そうとすると、お父様が「断固として反対する!」と叫ぶので驚いていると、お母様がお父様を叱ります。
「いい加減にして! アデルバート様は侯爵令息なんですから、してはいけないことはわかっていらっしゃるわ! アデルバート様、ゆっくりしていってくださいね」
お父様は無理やりお母様に連れられて行きました。お父様が何を気にしているのかさっぱりわかりませんが、問題ないということにして、そのまま私の部屋に向かいました。
お茶を淹れてくれたメイドが部屋から出ていくと、早速、本題を話すことにします。
「ヴィーチはこのまま、ロウト伯爵令息とミルーナさんとの結婚を黙って大人しく見ているだけなのでしょうか」
「どういうことだ?」
「今までの人生で、ヴィーチは学園時代はミルーナさんを遠くから見つめ、卒業後は騎士となってミルーナさんの側にいました。その時の彼はそれで満足できていたと思うんです」
アデル様は私が何を心配しているのか、わかってくれたようで尋ねます。
「ヴィーチがミルーナ嬢をロウト伯爵令息から奪おうと考えるかもしれないということか?」
いつの間にか、アデル様もヴィーチと呼ぶようにしたようです。今はそのことは頭の中で思うだけにして、アデル様の質問に答えます。
「はい。今までは、大人しく見つめていただけの人間が、今回の人生では大嫌いな私を使ってでも、自分を好きになってもらおうとしていたんです」
「今回はいつもと違っているということは、ロウト伯爵令息の頭の中にはあるんだろうか」
「わかりません。彼は時間を巻き戻すことができるみたいですが、私たちの行動全てがわかっているわけではありません」
「もしかすると、一緒にやり直しているのかもしれないな」
「私は五歳の時からやり直すのに、アデル様は赤ん坊からというのも理由があるのかもしれませんね」
私の話を聞いたアデル様は少し考えてから、口を開きます。
「ヴィーチとミルーナ嬢には監視がついているから、何か動きがあれば連絡がくると思う。とりあえず、様子見でかまわないか。変な動きがあればすぐに対処する」
「承知しました」
頷いたあとに、不安になって尋ねます。
「アデル様はヴィーチが動くと思いますか?」
「……と思ってる。というか、動いてほしいっていう希望はあるな」
「どういうことですか?」
「ロウト伯爵令息は俺とアンナを出会わせてくれたという良い奴の面もあるが、人の人生を自分の思うように動かすような奴だ。そんな奴はろくな人間じゃない」
「ロウト伯爵令息の目的がミルーナさんに関する何かなら、ヴィーチが動けば、また、私の命を狙いますよね」
「アンナは絶対に俺が殺させない」
向かい側のソファに座っていたアデル様は立ち上がると、私の隣に座って続けます。
「だから、俺がいない時は無茶はしないでくれ」
真剣な顔で見つめられて、胸がドキドキするだけでなく顔も熱いです。
「アデル様を心配させるような無茶はしません」
微笑んで頷くと、アデル様の顔が近づいてきた気がして、目を大きく見開いた時でした。
「駄目だ! やっぱり、年頃の男女を二人きりにさせるなんて絶対に駄目だ! 何かあったらどうするんだ!」
「もう! いい加減にしてちょうだい! 大体、婚約者なんだから少しくらい良いじゃないの!」
「なんてことを言うんだ! アンナはまだ十五歳になったばかりなんだぞ!」
廊下のほうからお父様とお母様の会話が聞こえてきたのです。その瞬間、アデル様はなぜか、焦った顔になって私から距離を取ったのでした。
一体、どうして顔が近づいてきたのでしょうか。よくわかりませんが、今はそのことに触れないほうが良い気がしたので、私は何も言わずに、話題を変えたのでした。
そして、十日という日はすぐに過ぎて、ロウト伯爵令息との話し合いの日になったのでした。




