41 そういうことだったんですね
ヴィーチが私を好きになったなんて嘘です。絶対に何か魂胆があるに決まっています。
ヴィーチは笑顔を作って話しかけてきます。
「最近の君はよく頑張っているし、顔だって可愛くなったよね」
「あの、申し訳ございませんが、気持ちを伝えていただいても、私はありがとうございました、としか言えませんので、もう良いです」
ヴィーチの言葉を遮り、笑顔で話を続けます。
「私のことを好きだと言ってくださるのは有り難いことですが、気持ちには応えられません」
「そ、そんな、少しくらい考えてくれてもいいだろう」
「私にはアデルバート様がいるのですよ? 考える必要もないでしょう。ですので、もし、次にあなたが私や友人に付きまとうなどの迷惑行為をした場合は、マイクス侯爵家がそれを許しているものだとして、社交場で話します」
「や、やめてくれ!」
さすがのヴィーチも家族の名誉を汚されるのは嫌なようです。焦った顔をするヴィーチに、シルバートレイを持ったままカーテシーをします。
「本日はお越しいただき、ありがとうございました。気をつけてお帰りになってください」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
手を伸ばしてきたヴィーチの手をシルバートレイで叩きます。
「私の大切な友人に怖い思いをさせたんです。お咎めなしで帰らせてもらえるだけ、有り難いと思ってくださいませ」
「気持ちを伝えたんだぞ! そんな態度はないだろう!」
「これ以上、何か言うなら俺が相手になるぞ」
「ぐっ!」
アデルバート様に睨まれたヴィーチは、悔しそうな顔をしていましたが、それ以上は何も言うことはできませんでした。
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次の日の朝、ヴィーチが自分で先に伝えたのか、マイクス侯爵家から、謝罪の手紙とお詫びの品がたくさん贈られてきました。
どうせ、今回のことは公には話さないのだからと、今回は受け取っておきなさいとお父様から言われましたので、贈り物へのお礼の手紙を書きました。
それからのヴィーチは食堂で私とすれ違いそうになったら、踵を返して反対方向に歩いていくという、子供みたいな態度を取るようになりました。
本当に侯爵令息なんですかね。
……と言いたくなるところですが、絡まれないことは良いことですので、あまり考えないようにしました。
そんなヴィーチを見た昼休みのこと。ミルルンが、不思議そうな顔で言いました。
「結局、マイクス侯爵令息はアンナに何がしたかったのかしら」
ミルルンたちにはヴィーチから嘘の告白をされたことを話しているので、疑問に思ったようです。私もはっきりとはわからないままだったので、首を傾げて答えます。
「はっきりとした理由はわからないままなのですが、ミルーナさんの件だと思うんですよね」
「ミルーナ様の立ち位置は、アンナにとっては厄介よね。相手は平民になったんだし、アンナが必要以上に遠慮することはなくなったと思ったのに、未来のロウト伯爵夫人と言われると……というやつよね」
ミルルンはフォークを皿の上に置いて、ため息を吐きました。
「マイクス侯爵令息も気になるけど、どうして、ロウト伯爵令息は、ミルーナ様との婚約を破棄しなかったのかも気になるわね」
「ロウト伯爵令息は、ミルーナさんのことを本気で愛しているのだと思います」
不思議そうにするシェラルに答えると、シェラルは驚いた顔をして首を横に振ります。
「失礼なことを言うけれど、そこまで執着するほど、ミルーナ様が魅力的な方だとは思えないわ」
「私もそう思いますが、人の好みはそれぞれです。ニーニャがエイン様を好きになった時は驚いたでしょう? それと同じ感覚なのかもしれません」
「エイン様はニーニャと付き合ってからは、真面目になっているし、まだ、わからないでもないけど」
ミルルンが眉根を寄せて、ニーニャたちが座っているテーブルを見つめます。シェラルたちが疑問に思う気持ちはわかります。私には想像もつきませんが、ロウト伯爵令息にとって何か良いところがあるから好きになっているのでしょう。
「ロウト伯爵令息しか知らない一面もあるのかもしれません」
「顔はすごく美人だから、外見がものすごくタイプなだけかもしれないわよね」
ミルルンは笑いながら言いましたが、私の背後を見て笑みを消しました。その様子を不思議に思って振り返ると、私の後ろにロウト伯爵令息が立っていました。
「話中にすまない。僕の名前が聞こえたものだから、何の話かなと思ったんだ」
「それは失礼いたしました」
そんなに大きな声で話をしていませんから、たまたま、近くにいたということでしょうか。それとも聞き耳を立てていたとか?
そんな疑問が浮かびましたが、そのことには触れずに謝ると、ロウト伯爵令息が小声で話しかけてきました。
「マイクス侯爵令息と色々とあったみたいだね」
「……どうしてご存知なのですか?」
先日のパーティーの出席者は、私や両親と仲の良い貴族が多かったため、外に話す人はいないはずです。どうして、ロウト伯爵令息が知っているのでしょうか。
「マイクス侯爵令息から聞いたよ。自分勝手な理由で告白されるなんて、本当に迷惑だよね」
「……どういうことでしょうか」
ロウト伯爵令息はヴィーチが私に告白した理由を知っているみたいです。気になって聞いてみると、ロウト伯爵令息は微笑みます。
「ミルーナが過去にやったことを考えたらわかると思うよ」
「……ミルーナさんが?」
あの人が過去にやったこと……。
――まさか。
「そういうことだったんですね」
ヴィーチが告白してきた理由がわかりました。誰かに頼まれたわけでもなく、自分のためだったんですね。
「気づいたみたいだね。大丈夫だと思うけど、あんな奴に落とされないでほしい。どちらかというと、僕を好きになってほしいかな」
ロウト伯爵令息は笑いながらそう言うと、私たちのいる場所から離れていきました。
「ちょっと、アンナ、どういうこと?」
ミルルンの質問に、確信を持って答えます。
「ヴィーチはミルーナさんのことをよく知っています。ですから、ミルーナさんが私の婚約者を奪いたがる性格であることも知っているはずです」
「え⁉ じゃあ……」
驚きの声を上げたシェラルに頷いてから、口を開きます。
「マイクス侯爵令息は私の婚約者になって、ミルーナさんに自分を奪ってもらおうとしたんです」
エイン様の時だって、ロウト伯爵令息という婚約者がいるのに奪ったんですもの。一度あったことが二度あっても、ミルーナさんの場合はおかしくないですからね。




