36 友人ではありません
「一緒に食べても良いなんて、一言も言ってないんだけど」
ミルルンが強い口調で言うと、ミドルレイ子爵令嬢は両手を合わせてお願いします。
「わたし、クラスの女子に嫌われてるんです。だから、いつも一人ぼっちで寂しいんです。一緒に食べてもらえませんか?」
「家でも一人で食べているんですか?」
私が尋ねると、ミドルレイ子爵令嬢はツインテールにした金色の髪に触れながら答えます。
「いいえ。家では両親と一緒です」
「では、学園では一人で食べるというのも良いのではないですか」
「そ、そんな! アンナ様だって食事は家族ととっているのでしょう?」
「私の両親はとても忙しいので、食事の時間はバラバラなんです。少なくとも週に一度は夕食を三人でとろうという話はしていますが、毎日、一緒に食べているわけではありませんよ」
「友人と一緒に食べるから楽しいんじゃないですか! わたしのお願いを聞いてくれないんですか⁉」
「申し訳ございませんが、私とあなたは友人ではありません」
にこりと微笑んで言うと、ミルルンたちも同意します。
「そうよ。一緒に食べたいとお願いしてくるならまだしも、勝手に友達認定されて一緒に食べようとされても困るわ」
「大体あなた、アデルバート様に付きまとっておいて、よくアンナに話しかけてこられるわね」
「アデルバート様を愛する者同士、仲良くしましょうってことです」
ミドルレイ子爵令嬢の神経はかなり図太いようです。笑顔でそう答えると、勝手に席に座り食事を始めてしまいました。
私は大きく息を吐いてから、ミルルンたちに謝ります。
「私のせいで申し訳ございません。私が席を移動します。そうすれば、ミドルレイ子爵令嬢も動くでしょうから」
「アンナは悪くないんだから気にしなくて良いわ」
シェラルはそう答えると、近くのテーブルに座っていた、私たちと同じ学年の女子に声をかけます。
「悪いんだけど、この子、引き取ってくれないかしら。一人で食事したくないらしいの。寂しいんですって」
「……いいわよ」
シェラルやミルルンはすでにデビュタントを終えていて、社交場で知り合った友人がいます。その人たちに私とアデルバート様のことや、ミドルレイ子爵令嬢の話もしてくれているようで、シェラルの友人は笑顔でミドルレイ子爵令嬢に声をかけます。
「ねえ、こっちにいらっしゃいよ。一緒に食べましょう」
「え? ええ? いや、嫌です」
ミドルレイ子爵令嬢は口に入れていたものを慌てて飲み込むと、首を何度も横に振りました。
「遠慮しなくていいのよ。そんなに一人で食べるのが寂しいのなら、学園のある日は毎日、一緒に食べてあげるわね」
「えっ⁉ いや、嫌よ、そんな! 助けて、おに!」
ミドルレイ子爵令嬢は慌てて自分の口を手で押さえ、私を見つめました。どういうことかと思って尋ねてみます。
「……今、何と言おうとしたんですか? おに?」
「な、何でもありません。今日は失礼します」
私が尋ねると、ミドルレイ子爵令嬢は食べかけの食事をテーブルに残したまま、逃げるように走り去っていきました。
そんな彼女の背中を見送ってから、ミルルンたちに尋ねます。
「……あの、記憶にあったら教えてほしいんですが、ミドルレイ子爵令嬢にお兄様はいたでしょうか」
「聞いたことはないわ」
「私も」
ミルルンとシェラルは訝しげな顔をして否定しました。
ミドルレイ子爵令嬢は、なんと言おうとしたのでしょう。オニという名前の人でしょうか。それとも、お兄様?
彼女にはお兄様はいません。
なら、お兄様、と言おうとしたのであれば、それは誰のことなのでしょうか。




