32 かなりの屈辱でしょうね
昼休み、いつものように三人で話をしながら食事をしていると、アデルバート様がやって来ました。食事をまだ済ませていないようで、飲み物やサンドイッチなどの食べ物が所狭しとのったトレイを持っています。
「アンナ、今の見てたか?」
「……今の、ですか?」
ミルルンたちとのお話に夢中になっている間に、何か起こっていたみたいです。
「申し訳ございません。何も見ておりません。……あの、何があったのでしょうか」
「気づいてないならいい。それより、今日は邪魔していいか?」
アデルバート様は私だけでなく、ミルルンとシェラルにも尋ねました。四人がけのテーブルですので、椅子は一つ空いています。三人で「どうぞどうぞ」と声を揃えると、アデルバート様は私とミルルンの間の椅子に座り、丸テーブルの上にトレイを置きました。
「で、昨日、何があったんだ?」
今日の朝に昨日のロウト伯爵令息の話をしたいと言っていたので、話を聞きに来てくれたようです。
「ロウト伯爵令息がミルーナ様のことで相談したいと言われたんですが、お断りしたんです。その後、ミルーナ様の私への執念が酷いと言ったあと、何か言おうとしていたんですけど、言わずに去っていったんです。何を言おうとしていたのか気になりまして、確認すべきかどうか迷っているんです」
「どうして気になるんだ? 放っておけばいいだろ」
「その……、なんといいますか、上手くは言えないんですけど気になるんです」
女の勘というものが、男性に理解していただけるかわかりません。だから、なんと言えば良いのか迷っていると、アデルバート様は言います。
「アンナはどうしても聞いておいたほうが良いと思うんだな?」
「どうしても、とは言いませんが、聞いておきたいと思っています」
アデルバート様は頷くと、何か考えているのか無言になりました。怒らせてしまったのかと不安になったので、話題を変えます。
「……ところで、アデルバート様は何かあったんですか?」
「さっき、ミルーナ嬢から声をかけられた」
「「「ええっ⁉」」」
私だけでなく、話を聞いていたミルルンたちも一緒になって声を上げました。大きな声を出してしまったので、驚いている周りに謝ってから、アデルバート様に聞いてみます。
「ミルーナ様はなんと言っていたんですか?」
「アンナのことで話があるって言うから、アンナのことはアンナから聞くって言っておいた」
「ありがとうございます。それにしても、どういうつもりなんでしょうか」
「さあな」
「……ミルーナ様のことですから、私からアデルバート様を奪おうと考えているのかもしれません」
「かもしれないな。でも、彼女には婚約者がいるだろ。俺をアンナから奪ってどうするんだ」
アデルバート様の疑問はご尤もです。でも、ミルーナ様は一般の方が考えるものとは違う考えの持ち主です。そのことをお伝えすると、アデルバート様は眉間に皺を寄せます。
「自分至上主義の人間で、自分の思う通りに全ての物事が上手く運んでいくと考えてるってことか」
「はい。ミルーナ様は自分の容姿に自信を持っています。まずは、容姿で落として、親しくなったら性格で落とせると思い込んでいるんだと思います」
「性格で落とせるって、どれだけ前向き思考なんだ。姉妹喧嘩ならまだしも、妹に過剰な暴力をふるってたんだぞ。性格を変えるなんて簡単にできないってわかってんのに、そんな奴に言い寄られて喜ぶ奴いるのか?」
「いますよ。マイクス侯爵令息なんかは、お姉様に盲目的ですし、ロウト伯爵令息だってそうでしょう?」
「理解できん」
眉間の皺を深くするアデルバート様に苦笑して頷きます。
「理解できなくて当たり前だと思います。それよりも、このまま、ミルーナ様が大人しく引き下がってくれるかどうか心配です」
「そうだな。でも、ディストリー伯爵家はもう終わりのようだし、なんとかなると思う」
「もう終わりとは?」
「この数年、領主としての仕事が満足にできていない。他の貴族からの苦情は王家の耳にも入っていて、しばらくは様子を見ていたらしいけど、もう限界だと判断されたんだ」
ボス公爵やローンノウル侯爵が、陛下にお話してくれたのかもしれません。もしくは、よっぽど、ディストリー伯爵の仕事が酷かったかですね。
「……ディストリー伯爵家はどうなるのですか?」
「まだ、陛下がはっきりと結論を出したわけじゃないから、俺が今言えるのはここまでだ。でも、近い内にわかると思う」
今、アデルバート様が話してくれた内容は、他の貴族も知っている内容のようです。お父様とお母様は、はっきりと決まってから話をしようと思ってくれているのでしょう。
私の予想ですと、ディストリー伯爵家は爵位を剥奪され、現在、管轄している領地は新たに爵位を授けられた人か、他の貴族のものになると思われます。
「そうなると、ミルーナ様は学園に通えなくなるわね」
「ミルーナ様にとってはかなりの屈辱でしょうね」
ミルルンの問いかけに、私は大きく頷いたのでした。




