29 や、やってしまいました!
「そ、そんなに怒らないでくださいよ」
アデルバート様に睨まれたロッサム様は、焦った顔になって弁明を始めます。
「全ての女性がそうだとは言いませんよ。ですが、多くの女性は男性よりも力がありません」
「力が弱ければ劣っていると言いたいのか? 女性よりも力が弱い男性だっているだろ」
「そ、それはそうかもしれませんが、一般的に男性のほうが力はあるじゃないですか!」
「体格が違うんだから当たり前だろ」
アデルバート様がネクタイから手を離してロッサム様の胸を押すと、彼は後ろによろめきました。力がどうこう言うわりに鍛えてはいないようです。
私はこれ見よがしにため息を吐いてから、ロッサム様に尋ねます。
「ということは、あなたの婚約者になる人は、あなたよりも力が強くなければならないということですね?」
「そういうわけじゃない。僕が言いたいのは、女は黙って男の言うことを聞いていればいいというだけだ。そうすれば、守ってやる」
「あなたの考えに賛同する人もいるかもしれませんが、多くの女性は、好きでもない男性から守ってやるという言い方をされて、良い印象は受けないと思います」
好きな男性から守ってやると言われた場合、頼もしくて素敵と思う人もいるかもしれませんが、苛立つ人もいると思います。ミドルレイ子爵令嬢はどちら側の人間かはわかりませんが、ロッサム様に言われたら苛立つのではないかと思いました。
ロッサム様はムッとした顔になって言います。
「一般女性よりも頭が良いからって調子に乗らないでくれ」
「では確認いたしますが、あなたの判断基準は、腕力や体力などがあるかないか、なのでしょうか」
「そうだ。大半の女は男には勝てない」
「あなたに女性が勝てれば考えを改めますか?」
「勝てるもんならな」
「では、試してみましょう」
私は立ち上がり、ロッサム様の前に移動しました。
「今からすることは暴力ではありません。証明です。問題にしないと誓えますか」
「もしかして、僕に暴力をふるおうって言うのか? そんな小さな体で?」
鼻で笑うロッサム様に、もう一度同じことを確認します。
「問題にしないと誓えますか? まあ、誓わなくても恥ずかしくて人には言えないでしょうけれど」
「何が言いたいんだ。君が僕に勝てると言いたいのか? 勝手にしろよ」
「おい、アンナ。何をしようとしてるんだ」
アデルバート様は私が特訓していたことを知りません。ですから、難しい顔をして話しかけてきました。
「ご安心ください、アデルバート様。今回は負け戦はしません」
アデルバート様に笑顔で答えたあと、私は無言でロッサム様の顎に拳を叩き込みました。
殴り方を間違えると、自分の指などを痛めてしまいます。何度も練習を重ねた結果、コツがつかめてきたので、実践してみたいと思っていたところでした。
「ぐっ……!」
後ろによろめいたロッサム様にすかさず追撃です。
彼の片足が浮いたところで地面についているほうの足を払うと、ロッサム様は近くのテーブルに倒れ込みました。
ティールームは人払いをしていたため、他に客はいません。テーブルや椅子が壊れていたら弁償ですが、今はそんなことに構う暇はありませんでした。
「ロッサム様」
床に尻餅をついたロッサム様を見下ろし、笑顔で話しかけます。
「自分よりも力が弱い女性に倒された気分はいかがです?」
「し……、信じられない! 女性がこんなっ」
話している途中でしたが、ロッサム様の喉元をつま先で蹴ると、彼はゲホゲホと咳き込み話すことができなくなりました。
「こういうことをできる女性もいるのですよ」
冷たい声で言ったあと、ロッサム様の頭にかかと落としをすると、彼は気を失ったのか床にひっくり返りました。
「やっぱり、体を動かすって良いですね」
満面の笑みでアデルバート様に話しかけた私でしたが、すぐに頭を抱えます。
「や、やってしまいました!」
アデルバート様には内緒にしていたのに、私は何をやっているんでしょうか!
年を取ると気が短くなるといいますし、これは年のせいです! 年には勝てませんから、苛立ってしまったのは、仕方のないことですよね!
「あ、あの、アデルバート様」
覚悟を決めて、特訓していたことを話そうとすると、ぽかんとした表情だったアデルバート様がいきなり笑い始めました。
「そうか……! 自分の身を守るみたいなこと言ってたもんな!」
声を上げて笑うアデルバート様を見たのは初めてで驚きつつも、胸がドキドキします。
「あ、あの怒っていませんか?」
「怒ってない。とにかく、こいつを処理するか。それから、改めて話をしよう」
「そ、そうでした! はっ! この人、シェラルのお兄様なのにボコボコにしてしまいました!」
「ボコボコって!」
騒ぎを聞きつけてやって来た女性の店員が立ち止まり、笑っているアデルバート様のことを頬を赤くして見つめています。
私のこの胸のドキドキは恋なんでしょうか。それとも、有名な俳優さんに憧れるような気持ちなんでしょうか。
そんなことを考えている内に、ティールームの警備員がロッサム様を運び出していったのでした。




