25 何だったのでしょうか
エイン様は良くも悪くも、一緒にいる人に影響される人でした。ニーニャがヴィーチを嫌がっている上にヴィーチがニーニャに冷たい態度を取るので、エイン様はヴィーチとの友人関係を切りました。そのおかげか、エイン様はニーニャのことだけ考えるようになり、デートも彼女が望むように家で勉強をするだけという、私が相手の時では考えられない程に真面目になりました。
私の知っているエイン様は優しいけれど、本性は冷たい人でした。でも、今回のエイン様は違います。ニーニャを大事にしようと努力していました。あとは、ミルーナ様をエイン様たちに近づけなければ良いだけです。一番はエイン様が騙されないことですが、まだ信用はできませんからね。
ニーニャとエイン様がお付き合いを始めたという話は、すぐに学園内に広まりました。そのため、私の悪女説は、噂を流した人たちからの謝罪はないまま消えていきました。エイン様と私のことを知っているクラスメイトは、最初はあまり良い顔をしませんでした。
ですが、ニーニャは好きな人と一緒にいられることは幸せだと言って、気にしないようにしていました。そして、クラスメイトも私と同じように熱してしまっている気持ちを冷ますことができるのは自分自身だけだと考え、少ししてからは何も言わなくなりました。
婚約の解消をするくらいにエイン様のことが好きなんですもの。どれだけ周りが心配しても、本人たちは他人の意見なんてどうでも良いですから、何を言っても無駄です。
……と、この考え方も長年生きてきたせいなのでしょうか。諦めというよりか『若いですね』なんて思ってしまっています。
殺人や暴力などに発展してはいけませんが、男女の色恋に他人が口を挟んでも、大きなお世話と思われる場合が多いのです。エイン様はニーニャを大事にしていますし、ニーニャはエイン様のことが大好きです。今は二人がどうなっていくのか見守ろうと決めたのでした。
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特に大きな動きもないまま、中間テストの時期になりました。
テスト問題は今まで通りで、特別クラスでも受けるテスト内容は変わりませんから何とかなりました。全問正解は何となく怪しい気もするので、適度に手を抜いて解答しましたが、今回も一位でした。
「アデル、可哀想に。また、2位かよ」
「可哀想とか言うな。俺なりに頑張ったんだよ」
「まあ、アンナの頭が良すぎるんだよなぁ」
掲示板に張り出されたテストの順位を見ていると、アデルバート様とクラスメイトの男子たちが話す声が聞こえてきました。
男性の場合、婚約者よりも順位が低いことが駄目なのでしょうか。それなら、もっと手を抜こうかとも考えましたが、アデルバート様に失礼な気もします。少し離れた場所でニーニャとエイン様が二人で喜んでいる姿が見えます。ニーニャのおかげで、エイン様の順位は今までよりもかなり上がっていますが、それでもニーニャのほうが上です。でも、手と手を取って喜んでいる姿を見ると、別に男性が上じゃないといけないなんて、そんなことは気にしなくても良いのだと思いました。
友人たちと微笑ましくニーニャたちを見守っていると、背後から声をかけられました。
「おい」
「……何でしょうか」
現れたのはヴィーチでした。体を彼のほうに向けると、友人たちが私を守るように私と彼の間に立ってくれました。その様子を見たヴィーチは苦笑します。
「別に危害を加えるつもりはない。ただ、伝えに来ただけだ」
「どんな話です? ミルーナ様と私はもう関係ありませんよ」
「姉妹ではなくなったとしても、元姉だぞ! 家族のことが気にならないのか、冷たい女め!」
私が強い口調で言うと、ヴィーチは吐き捨てるように答え、まだ何か文句を言おうとしてきましたが、アデルバート様が近づいていることに気が付き、一瞬で冷静になって話し始めます。
「話に来たのはミルーナ嬢の話じゃない。ディストリー伯爵夫人が階段から落ちた」
「……はい?」
「昨日、ディストリー伯爵からお前に執着するのはやめろと言われて、怒りながら自室に戻ろうとした夫人が、階段をのぼっている途中でドレスの裾を踏んで転げ落ちたんだ!」
「……それはお気の毒に。怪我の具合はどうなのです?」
ヴィーチは私のせいで元母が階段から転げ落ちたと言いたいようですが、ドレスの裾を踏んだのなら、自分のせいではないのでしょうか。そう思いましたが、怪我の具合は人として聞いたほうが良いと思いましたので尋ねると、ヴィーチは声を荒らげます。
「どうしてそんな態度なんだ! どうせ、ざまぁみろとか思っているんだろう!」
「それはお前が勝手に考えてるだけだろ。で、夫人はどうなったんだ」
アデルバート様が私の隣に立って尋ねると、ヴィーチは小さく舌打ちをしました。そして、騒ぎに気がついたニーニャとエイン様がやって来て私の斜め後ろに立つと、ヴィーチは先程よりも怒り始めます。
「エイン! お前はまだ目を覚ますことができないのか!」
「それはこっちの台詞だよ。ニーニャの話を聞いていたら、明らかにおかしいことを言っているのはミルーナ嬢だ」
「くそっ! もう、いい!」
ヴィーチは叫ぶと、私やアデルバート様の質問には答えずに去っていきました。彼の背中を見送りながら、ため息を吐きます。
「一体、何だったのでしょうか」
「ディストリー伯爵夫人が怪我をしたと伝えたかっただけだろうけど、どうして、わざわざそのことを伝えに来たんだ?」
「わかりませんが、私のせいで階段から転げ落ちたと言いたいみたいですね」
そう答えると、アデルバート様は苦笑したのでした。




