16 別の問題だと思います
公爵閣下は自分の施設にいる子供の親が、何の相談もなく勝手なことをしたことに怒っておられますからまだ理解できます。でも、何の関係もないはずのローンノウル侯爵家が一緒に制裁をくわえようとしたことで、他のクラスメイトの両親も動いてくれました。
登校して朝礼が始まるまでの時間に改めてクラスのみんなにお礼を言うと、伯爵令嬢のミルルンが笑顔で言います。
「アデルバート様とアンナは仲が良いけど、婚約者じゃなくて友人だものね。なら、同じく友人の私たちが動かないわけにはいかないわ!」
この六年の間、クラスメイトが替わることもなかったので、友情は育まれ、ニーニャ以外の二人も、今では親友と言って良いくらいに仲良しです。
「本当にありがとうございます」
人生を重ねることで神経は図太くなっているはずなのに、感動してしまうとすぐに泣いてしまいそうになります。
これが年を取ったということでしょうか。
「公爵閣下が出てきたんだし、もう、何も言えなくなるとは思うけど、アデルと婚約したほうが、アンナにとっては楽なんじゃないか?」
男子生徒の一人に言われ、何と答えれば良いか迷っている間に、今年も担任をしてくれる、シモン先生が入ってきたので、会話を止めたのでした。
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公爵閣下が最初にしたことは、ディストリー伯爵家と取り引きしている業者全てを把握することでした。
水は井戸から汲んでいますので影響はありませんが、食料や日用品などは業者が少なくとも三日に一度はやって来ていました。その業者を調べ上げた公爵閣下は業者と話をして、ディストリー伯爵家との契約を解除させ、ボス公爵家と契約を結ぶようにしたのです。
ディストリー伯爵家に届けられていた分の食料は、私たちの食事や公爵家の使用人のまかないに使われ、日用品も同じように分け与えてもらえることになりました。
運ぶ手間が増えても、その分、公爵閣下がディストリー伯爵家よりも高値で買い取ってくれるため、業者も喜ぶ形となったのです。
いつも届いていた食料などが届かなくなり、慌てて、両親は新たな契約を結ぼうと業者を探しました。ですが、ディストリー伯爵家とボス公爵家が不仲だという噂は平民の間にもすでに広まっていましたし、ローンノウル侯爵家などにディストリー伯爵家と取引をするのなら、今までの契約を考えるとまで言われていたため、契約してくれるところはありませんでした。
その結果、お父様は料理人たちを全て解雇して、毎食、外食をしていると聞いています。
お姉様のみ、学園にいる時の昼食は食堂で購入しているようです。メイドたちもまかないは出なくなったし、多くの貴族を敵に回しているディストリー伯爵家は終わりだと察したのか、推薦状をもらって退職していっているとのことでした。
そんなある日、私はお母様が勝手にライバル視しているレイガス伯爵夫人から、お茶に誘っていただきました。
約束の日、送迎の馬車や護衛まで付けてくださり、レイガス伯爵家の中庭でお話することになったのです。お誘いいただいたことについてのお礼を述べると、早速、レイガス伯爵夫人が本題に入りました。
「あなたのお母様の話と、ミドルレイ子爵家の噂をお伝えしたかったの」
「……ミドルレイ子爵家?」
一瞬、何の話かと思いましたが、ミドルレイ子爵家はアデルバート様に娘のビアナ様の釣書を送っていたことを思い出しました。
ロウト伯爵令息のことや、両親のことですっかり忘れてしまっていました。アデルバート様から話を聞いた時にミドルレイ子爵家のことで、大切なことを忘れていると思っていたのに、思い出せずじまいです。
「失礼しました。ミドルレイ子爵家の方とは直接お会いしたことはありませんが、お話は聞いたことがあります」
「思ったよりも反応が薄いわね。……ということは、あなたはミドルレイ子爵令嬢にあまり興味はないのかしら」
「興味がないわけではないのです。気になることがあるのは確かなのですが、でも、それが何か思い出せないんです」
「アデルバート様の婚約者だからというわけではなく?」
「それもありますが、また別の問題だと思います」
アデルバート様の婚約者候補の方ですし、良い人だと聞いてしまえば、その方と婚約したほうが良いと言わざるを得なくなります。それが嫌だと思うのは、わがまま過ぎますよね。そんなことを思うから、ミドルレイ子爵家に何かあったと思おうとしているのでしょうか。
「では、ミドルレイ子爵家の話はあとにしましょう。まずは、あなたのお母様のお話からさせてもらうわね」
レイガス伯爵夫人は頬に当たるストレートの長い紫色の髪を背中に払ってから、続きを話し始めます。




