15 良いことで使っていただきたいですね!
「わざわざ、追いかけて挨拶に来るなんておかしくないか」
「どうしても、私と話がしたかったのでしょうね」
姿が見えなくなると、先ほどのロウト伯爵令息の言葉を思い出して腹が立ってきました。
「お姉様が優しいだなんて信じられません! 泣いているのだって嘘泣きに決まっています!」
「それだけ上手な演技をしているってことだろうな。マイクス侯爵令息だって騙され続けているようだし」
「その演技力を良いことで使っていただきたいですね!」
「本当にそうだな。……あ、アンナ、俺たちも時間がないし急ぐぞ」
「はい!」
ロウト伯爵令息に時間を取られてしまいましたので、私たちは急ぎ足で教室に向かったのでした。
それから数日の間は、穏やかな学園生活を送っていました。でも、週末の放課後にシモン先生から職員室に来るように呼び出された時は嫌な予感がして、警戒しながら先生の元に向かったのです。
「渡してくれと言われたから渡そうとしているだけで、受け取りたくないなら受け取らなくてもいいのよ」
そう前置きしてから、シモン先生はたくさんの名前が書かれた紙を私に見せてくれました。
「これは、何なのでしょうか?」
「あなたのご両親が娘と暮らしたいと言って署名を集めたらしいの。しかも、貴族にではなく、自分の領民に訴えたのよ」
紙を受け取って見てみると、私を保護施設から親元へ戻せという嘆願書でした。
「領民の人は私の家の事情を知らないのでしょうか」
「知っているはずだけど、六年も経ったのだから、反省しているなら許してあげれば良いと思っている人もいるみたい。どんな事情であれ、子供は親と暮らすべきだという人も少なからずいるの。多くはきっと、お金で買ったんじゃないかと思うけどね」
「まさか、こんなことまでしてくるなんて思ってもいませんでした。両親を見張っておかなかった私のミスです」
「アンナさん。心配しなくて大丈夫よ。署名が集まったからって家に帰る必要はないわ」
「シモン先生」
心配そうにしている先生に、両親や自分自身の対応の甘さに対する苛立ちを抑えて言います。
「私が実家に何があっても帰りたくないと願って、そのための署名を集めた場合、ここに集められた署名の数を超えることができるでしょうか」
「できると思うわ。私だって署名するし、他の先生だって署名すると思うわ。それに貴族の多くはあなたの味方よ。他の領民だって話を聞けば、多くの人が署名してくれると思うわ」
「ありがとうございます」
両親がどうしてここまで私と一緒に暮らそうとしているのかはわかりません。ですが、数で物を言わせようとするのでしたら、こちらはより多くの反対意見を集めればいいだけです。六年も経てば人が変わると思う気持ちはわからなくはないですが、あの両親が変わるとは思えません。
下校した私は早速、施設職員に相談して署名集めを開始しました。次の日は学園が休みではありましたが、アデルバート様に連絡をすると、シモン先生が学園長に話をしてくれていたので、すでに、ローンノウル侯爵が動いてくれていると教えてくれました。
ニーニャたちクラスメイトも両親に働きかけてくれて、休みの日だというのに私の所まで来て、集めた署名を手渡してくれました。
「……ありがとうございます!」
感動して涙を浮かべた私にクラスメイトは、気を遣わせないようにしてくれているのか「出世払いでいいよ」「今度勉強を教えてね」と笑顔で言ってくれました。
今までの人生はなるべく人と関わらないようにして生きてきました。それが、楽だと思っていたんです。でも、人との関わりでこんなにも心が温かくなる時もあるのだと、十一回目の開き直った人生で初めて知ることができたのです。
休み中の間に署名をしてくれた人の数は、両親が集めたものを超えました。後日、その紙の束を持って、施設長でもあるボス公爵閣下が両親の元に行ってくれました。
帰ってきた公爵閣下に話を聞くと「親もどきの顔面に投げつけてきたから心配するな」と微笑んで教えてくれました。
公爵閣下に投げつけられたのでは、両親ももう何も言えないでしょう。そう考えていると、三十代前半ではありますが、二十代前半にしか見えない、見た目が美青年の公爵閣下は私の頭を撫でて言います。
「施設長が私だということを忘れていたらしく、私の姿を見て青ざめていた。舐めた真似をしてくれたものだ」
公爵閣下は笑みを浮かべていましたが、目は笑っていないことがわかります。こうなってしまうと、署名を集めずとも、公爵閣下に相談すれば良かっただけにも感じますが、私は私なりの収穫がありましたから、良いということにします。
そして、次の日から公爵閣下とローンノウル侯爵がディストリー伯爵家に対して、経済的な圧力をかけ始めたのでした。




