第111話 荒ぶる空、動く世界
【SIDE:空の戦場】
暴走する魔力がGの迷宮を揺らす。
そのまま世界も揺らしていた。
本来なら世界が壊れていてもおかしくないほどの魔力だ、けれど世界は維持されている。
嘆くマグダレーナの魔力が肥大し、可視化される程に膨らむ中。
天の戦場へと辿り着いたナブニトゥが、”石のハープ”による結界を展開。
魔性の暴走によって溢れる魔力を閉じ込め、空中で旋回。
その目線は、追従してきた始祖神に向き。
「同胞よ、始祖神たちよ――僕の音による結界魔術の上に、重ね掛けをしてくれたまえ。これはまずい、おそらく暴走している。結界内の空間から彼女の魔力を漏らさないように、何重にも重ね掛けする。いいね?」
比較的、罪を犯していなかったウナギの始祖神。
弱さゆえに、アクタに力を分け与えなかったウナギが、群れとなり稚魚と共に空を舞い。
空を泳ぎながら告げる。
「我らの結界は脆弱――ナブニトゥ神よ、汝の力で他の始祖神の合流の加速を」
「承知した――」
ナブニトゥは嵐を纏い、翼から羽を地に向かい飛ばし魔力熱を発生させる。
そのまま気圧と温度を調整――。
始祖神による天候操作により上昇気流が発生し、始祖神たちの飛行速度がアップする。
「僕は先にヴィヴァルディと合流する。彼女が倒されたら終わりだからね」
「嗚呼、頼んだよ――」
「君も気を付けたまえ。マスターもきっと見ているからね」
上昇気流に自らも乗り、ナブニトゥは加速。
荒ぶる魔力の流れに乗りながらナブニトゥは飛んだ。
まるで火の鳥のように、朝を駆ける一陣の稲光のように。
そして、ナブニトゥは見た。
そこには女神が二柱。
泣き崩れ、浮かべた魔導書から魔力のみをまき散らす女神マグダレーナ。
そして、魔力に毛を膨らませる魔猫。
纏っていた火と雷の性質を解き放ち、陽の光に羽毛を反射させ。
ナブニトゥは言った。
「ヴィヴァルディ、ああ、ヴィヴァルディ。無事だったかい?」
「ナブニトゥ!? やっと動けるようになったのね」
「ああ、すまない。他の始祖神も動き出している、そして姫……カイーナ=カタランテを中心に君への祈りが始まっているようだ」
地上を見下ろすナブニトゥの視線に、ようやく動き出した英雄ラングルスの姿も見えている。
その手に握られた聖槍が、女神ヴィヴァルディを讃える光を放ち始めていた。
完全にとは言わないが、罪悪感を乗り越えようとしているのだろう。
人間からの信仰と祈りを受け、毛をモコモコ。
強化されていくヴィヴァルディが言う。
「あっちのわたしったら、魔性として暴走してしまったみたいなの――」
「ああ、そのようだね」
「ちょっと……まずいかもしれないわ。このままじゃあこの世界がもたない!」
珍しく心配げな声を出すヴィヴァルディに目線をやり、ナブニトゥは瞳を閉じる。
世界の様子を観測しているのだ。
これほどの魔力ならば、既に崩壊してしまった大陸があるかもしれない。
だが――該当はゼロ。
「どうやら、外部からの助けが入っているようだね――」
「それって……アクタをこの世界に送り込んできた、あの三神の?」
「彼らからの助けもあるが、それだけじゃない。どうやらこの世界の地軸……つまりはこの世界の核となっている場所。かつてマスターや君、そして僕ら始祖神が発生させた”世界の苗”のエリアに、誰かがいる」
「誰かって……それ、大丈夫なの!?」
ナブニトゥは更に意識を深め、世界の苗に意識を集中させる。
そこには、確かに誰かがいる。
明らかにこの世界の崩壊を食い止め、ナブニトゥが目にしたこともない膨大な魔術式を展開している。
「これほどの力があるのならば、そしてこの世界に仇為すつもりならば――とっくにこの世界は滅ぼされている。逆説的に言えば」
「ああ、もう――回りくどい話はあとでいいでしょ!? たぶん味方って事でいいのね!?」
「あ、ああ。そうだね、ヴィヴァルディ」
よし、と納得したヴィヴァルディは暴走するマグダレーナを指差し。
「とりあえずあの魔導書を止めるわよ!」
「三獣神……マスターが神と認める存在と同格の獣神、ホワイトハウルの逸話魔導書。そして、セイウチと化した聖父の逸話魔導書……たしかに、あれをどうにかしないとまともな戦いにはならないだろうね」
鑑定の魔術を発動させたナブニトゥは、眠そうな瞳を更に細め。
「今のまま暴走したら、天変地異も裁定の魔術もどうなるか分からない。ヴィヴァルディ、今の強化された君の魔術やスキルで、あの魔導書と暴走するマグダレーナを切り離す。或いはアイテム破壊をすることはできないのかい?」
「……そうね、破壊する事自体はできるけれど」
「ならば」
ヴィヴァルディがマグダレーナが所持する魔導書を破壊する。
そのルートで攻略しようと頭を巡らせるナブニトゥであるが、ヴィヴァルディは猫の顔にシリアスな表情を浮かべ。
「でも、待って。わたしに考えがあるの、魔導書は破壊せずにこちらで回収するわ」
「異論はないけれどね、理由を聞いても構わないかい?」
「勘よ。勘だけど……」
未来視に似た先読みを発動させたヴィヴァルディは、肉球と鼻の頭に濃い汗を浮かべ。
「たぶん、三獣神の逸話魔導書を破壊すると……アクタの味方をしている筈の闇の神が手を引く、下手したら敵になる可能性もある。それどころか、その一瞬でわたしたち全員が消される、って可能性もあるんじゃないかしら」
『まあ、三獣神は互いに互いを友と思うておるからな、そのような結末もあろう。アレを破壊する事は勧めんぞ』
それは吹き飛ばされたはずのセイウチ。
今回の混乱の原因でもある、かつてヨグソトースだった海獣。
戦場の最前線にいるナブニトゥとヴィヴァルディは目線を合わせ、頷き。
「って! あんた! なにしれっと味方ですよ、みたいな顔して器用に腕を組んでるのよ!」
『ええーい、黙らんかい!』
髯をふぁさぁぁぁぁぁ!
巨体をぬーん!
セイウチへと身を窶した外なる神は偉そうにふんぞり返り。
『マグダレーナは完全に暴走状態、しかも、この宇宙のバグともいえる魔性の更なる暴走状態なのだぞ!? この世界はそう遠くない内に、こやつの魔力に圧し潰され――消滅する!』
「はぁぁぁぁ!? 巻き込まれるのが嫌だって事!?」
『たわけが!』
唸るネコを一蹴し、セイウチは偉そうにフン!
鼻息に言葉を乗せて、苦しみながらも魔導書を維持し続けるマグダレーナを見上げ。
『こやつはこの世界と共に消えるだけ。重力崩壊を起こすブラックホールと同じく、感情を暴走させた魔性はこの世界を全て引き寄せ、虚無へと誘う穴となろう。だが! それでは宇宙は消せぬ! この世界が消えるだけ! 我は宇宙を消したいのであって、この世界などどーでも良いのだ!』
ナブニトゥが瞳を細めたまま、真意を探るようにクチバシを開く。
「つまり、彼女の暴走を止める事に関して利害が一致していると?」
『我が憎し、我が滅ぼすことを欲するのはあのペンギン! こんな矮小な世界ではない! こんな世界で我が終わってなるものか!』
「うわぁ……あんた、偉そうに言ってるけど結局私怨優先って事じゃない……」
ヴィヴァルディ猫、完全に呆れ顔である。
その呆れ顔に向け、雫が飛びそうなほどに口を開け。
『なぁぁぁぁにをいうか――! 我とて既にこの宇宙の中で動く者なのだ、私欲があって当然であろう! そもそも本来なら与えられたプログラムのみで動く我らに、欲という俗物の感情を植え付けたのは、この宇宙! 宇宙の中で活動する以上、我らも欲の影響を受けるのだ!』
「あぁぁぁ! 顔が近いわよ、この海獣!」
海獣の唾を結界で防ぎつつ。
「あのねえ……まさか共闘しようっていうの?」
『我が力を貸してやらねば、この世界は滅びる。それでも良いのか?』
「恩着せがましいわね! 元はと言えばそっちのせいでしょうが! だいたい、すぐに裏切るかもしれないヤツなんて信用できるはずないでしょう!」
正論ではある。
正論ではあるが、セイウチは言う。
『それは問題なかろう。汝は感じぬのか? 地軸から発生しておる、この魔力を』
「地軸からの魔力って……」
言われてヴィヴァルディは意識を集中。
ネコの髯を揺らし。
遠い昔を思い出すような、深い情景を感じさせる顔で、かつてマグダラのマリアと呼ばれた猫は言う。
「……ああ、そういうこと」
「ヴィヴァルディ? 君は地軸にいる存在がナニカ、分かっているのかい?」
「まあね――で、このセイウチが急にこっちの味方になると言いだした。その理由も納得したわ。そうね、いいわ、協力しましょう」
珍しく断言するヴィヴァルディの言葉に、ナブニトゥは何も言わなかった。
それほどに、ヴィヴァルディの意志がはっきりしていたのである。
ヴィヴァルディの様子はいつもと違っていた。
猫の器でありながらも、その表情には女神の神々しさが溢れている。
彼女は告げる。
「わたしに考えがあるわ――これが決まればたぶん、こっちの勝ち。彼女……復讐に心を蝕まれたわたしの方も問題なく対処できる」
言って、女神は暴走する自分自身を見た。
女神マグダレーナは泣いていた。
嘆き悲しみ、泣き崩れ。
その魔力は溢れ出し、感情と共に膨らんでいく。




