第109話 そして歴史は連鎖する―後編―
突如として告げられた、カイーナ=カタランテ姫の出自。
姫自身と、英雄ラングルス自身が困惑し頭にハテナを浮かび上がらせる中。
発言の当事者たるナブニトゥが、鳥の顔を上げ――。
いつもの冷静な口調で、落ち着いた声を出していた。
『ん? どういうことだい、まさか姫よ。君は知らなかったとでも――?』
知ってて当然であろう。
と言わんばかりのナブニトゥに反論し、姫は吠える勢いでくらいつく。
「いや、初耳よ初耳!」
『そうか、悪かったね――忘れてくれたまえ』
「忘れられるわけないでしょうが! ていうか、全員が聞いちゃってるわよ!」
砦の上。
天変地異が起こる空の下で詰め寄る姫に、ナブニトゥは眠そうな眼を更に半目にし。
『てっきり僕は……マスターも君もそれを知っていて、既に話し合い――そのうえで君を試していたのかと思ったが』
「デリケートなことなんだから、確認しなさいよね! 実際、この人、めちゃくちゃ固まっちゃってるじゃない!」
この人とは、英雄ラングルスのこと。
真っ当な抗議だからだったからだろう。
ナブニトゥは目線を逸らし。
『すまなかったね、二人とも。だがしかし――姫よ。君も、君自身の力が特殊なことに気付いてはいたのだろう?』
「そりゃまあ……」
『その力がどこから来ているのか、ふと気になったのでね。少し血筋を辿ったら英雄ラングルスに行きついただけだ。他意はない』
「あのぅ……どういう血筋か聞いてもいい? これ、後でお父様にも伝えないとまずいだろうし……」
言ってしまった責任があるからね……と、簡単に告げながらもナブニトゥは魔力を放出。
鱗の目立つ足を持ちあげ。
なにかが吹っ切れたように、ズズズと立ち上がり。
魔力による拡張音声を継続させ。
『これを見たまえ』
家系図ともいえる、膨大な血の繋がりの系図を空に展開。
名だけが刻まれた、神による血の追跡データが表示されていた。
『英雄とされたラングルス――その妻は神の血を吸った聖槍で回復した。主神の血を吸った槍だからね。だが英雄は邪神ではなく主神を殺してしまったことを悔いた――その後、贖罪に一人で旅立つ前に……回復した妻との最期の逢瀬、まあそういうことがあったわけだ』
人類を見渡すようになった始祖神ナブニトゥには、見えていたのだろう。
何があったのか。
どうなったのか――神の鳥は人類の過去を眺めるように告げる。
『そしてその時の子が、君の曾祖母。いつかその子は成長し、母に頼まれ動き出す。贖罪に消えた父を探す旅に出たんだよ。大人になった彼女は流れ流れて、とある公爵家に世話になる。その公爵家の伝手で少女はとある王家に見初められ、その旅を止めた』
「つまり……どこかの王の伴侶か愛人になったってことね」
神は頷き。系図で示して見せていた。
『――それが君が王族である事のルーツでもあるという事だ。君の曾祖母、つまり英雄の娘は王族として無事に子供を産み……その子孫として育った王族の女性が、多くの妻、多くの愛人を持つ君の父親と関係を持ち――命の営みの果て。今、こうして君がここにいる』
父方……つまりは略奪王、略奪帝とされる王の系図――その遥か先。
何世代も遡った場所には、エエングラの名も存在する。
姫は母親の名を眺め。
「あたしのお母さんの顔とか、ないの?」
『ふむ、これで構わないだろうか』
ナブニトゥが空に投影して見せたのは、確かに姫の母親。
つまりはこの系図も間違いではないのだろう。
そして、カイーナ=カタランテ姫は思い出した。
アクタも姫の母親についての話はしていた――と。
「つまりは、アクタさんもあたしが、英雄ラングルスの子孫……って調べがついていたってことね」
『君に近づいたのも確かめたかったのかもしれないね』
「てっきり、何も考えてないだけかと思ったのだけれど……」
アクタは多くを考え、先を見て行動していた。
だが。
そんなことありえるのかしらと、姫は些か疑っていた。
アクタの頭脳を信用していないのではない。
彼がそんな面倒なことをはたしてするだろうかという――単純に性格の問題である。
『僕のマスターだから、それくらいは読んでいたのさ』
「まあ……たしかに凄い人だけど」
『マスターはGやネズミを使い、全ての大陸、多くの異世界の情報を収集している。この世界の外の事すら把握し始めているんだ、この世界の中の事ならば大体は把握済みだろうね』
姫の呆れの目線が、ご先祖様と判明した英雄に向かう。
「で? その御先祖様は今も動けない、と」
『主神殺しの罪悪感はそれほどのものなのだろうさ――僕とて、この英雄と同じ立場ならば……あまり考えたくはないね』
カイーナ=カタランテ姫の誕生の経緯を眺め、様々な事を思ったのだろう。
たった一人の姫の誕生にも、多くの誰かの物語が広がっている。
さまざまな人類の人生が交差した先に、今、姫はここに居る。
そして、それは他の人類とて同じだ。
かつて五十年の時さえ気にしていなかったナブニトゥは、人類の物語に感慨を覚えたのか。
物憂げに瞳を閉じる。
『――運命とは皮肉なモノだね。マスターがこの地に帰ってきて初めて巣としたあのギルドにて、マスターと出会ったあの兄妹……。その実家、ヒューマナイト家こそが君の誕生にかかわっている。あの日、主神だったマスターを殺した英雄の血族が、こうして僕らを助けている。やはり、世界とは因果の巡り合わせ。全ての命、全ての流れはどこかで必ず繋がっているのだろう』
「えーと……まあ、わたしがこの人の子孫だってことは分かったわ」
カイーナ=カタランテ姫がさして重要視せずに言う。
「そんなことよりも」
「そ、そんなこと……!?」
英雄ラングルスがそんなこと発言に、若干傷つく中。
罪悪感から抜け出したエエングラを見て、英雄の末裔だった姫は言う。
「ナブニトゥ神! あなた! なんで動けるようになってるのよ!」
そう。
今のナブニトゥは完全に自由に動けるようになっていた。
家系図を表示して見せ、立ち上がっている――。
くっくっく、とナブニトゥは家系図にもう一度目をやり。
『簡単な話さ。マスターはやはり、罪を子孫たちには負わせようとしていない。その事を確信したからね。マスターは過去ではなく今を見ている。僕も罪悪感に囚われたまま、このまま役に立てないままに終わりたくはない、そう感じただけさ』
「あのぅ、ちょっと意味が分かんないんですけど……つまりは開き直ったって事?」
困惑気味に自らの頬を掻く姫に、ナブニトゥは苦笑し。
『君が英雄の子孫だとマスターは恐らく知っている。そして君にはエエングラの遠き血が流れている。かつて罪を犯した始祖神に、主神を私欲で殺した人類。君は二つの性質を持ち合わせた人類となる。ここまではいいね?』
「そりゃまあね」
まだ少女を思わせる仕草で頷く姫を見て、そのまま話を継続。
『本来ならば、マスターは君を罪人の子だと責めてもいい筈だ。けれど違った。マスターは君を守り、君を頼りにした。そして君は成果を見せ、マスターに信頼された。つまりだ、今の僕らが成果を見せればマスターはそれに応えてくれる。君という存在はそれを証明したわけだよ』
カイーナ=カタランテ姫。
と、再度名を言うナブニトゥはなにやら自己完結。
復讐の女神が扱うこの裁定の魔術は、対象者の心次第。
ナブニトゥ自身が考えを変えたので、影響の外になったのだろう――。
だが。
姫の中には違和感があった。
だから自然と言葉の歯切れも悪くなり。
「そりゃあまあ……成果には応じてくれるタイプだとは思うけれど。彼、本当にあたしが英雄の子孫だって知っていたのかしら……」
姫の言葉に、肯定するようにナブニトゥは頷き。
『マスターの事だ。全て計算しているに違いないさ』
「ちょっと……買い被りな気もするけど――」
冷静な姫とは裏腹。
かつてアクタの素顔を見た。
つまりは、”あの三神のスキルの効果”の直撃を受けていたナブニトゥは、迷いなき声で言う。
『マスターはね、この最終決戦で僕らを試しているのさ。今この場で、なにをするか。なにをしたか。全てを神の瞳で眺めている、きっとね。これは試練なのさ。過去を気にしすぎ、今を動けない者を果たしてマスターはどう思うだろうか』
「……特に何も思わないと思うわよ、彼」
それに、試練とかそーいう考えもたぶんないんじゃ。
と、姫が正論を口にする前にナブニトゥは頷き。
『そうだね、マスターはおそらく彼らを見捨てない。けれど、僕は僕を含め動けぬ者達を許さない』
「いや、そうだね……って。あたしの話聞いてます?」
『だが!』
いまだに罪悪感に潰れる、蘇生された始祖神たちをナブニトゥは眺め。
『マスターは君達が前を向くことを信じている。その慈悲を裏切ろうというのなら、僕は僕を含め、あの日々の中でマスターを裏切った始祖神、僕ら全てを消し去るよ』
「ちょっと! あなた、目がマジになってるわよ!? どうしちゃったのよ!?」
ハーレム王(G)の支配下に入っているのだろう。
ナブニトゥは、ふぅ……と息を吐き。
羽毛を、モコモコモコ!
瞳を赤く染め上げ。
『マスターの敵は僕が全て駆逐する。それだけの話だよ。だが姫よ、安心して良い。君達人類のことは対象外だ。なにしろ、子孫は別判定。マスターが罪人とする当事者ではないのだからね』
始祖神は言葉に反応し、ナブニトゥを見上げる。
その瞳にありそうな言葉は――ここで動かねえと、こいつに消される……である。
それほどに、今のナブニトゥの目は据わっていた。
だが、始祖神たちはまだ完全に動くには程遠い。
そんな始祖神に目をやり――最初にアクタに味方をした始祖神、ナブニトゥが告げる。
『いつまで倒れているつもりだい、かつて楽園で共に過ごした同胞達よ。君達は一度、女神マグダレーナに殺されている。僕のようにね。ならば、少なくともヴィヴァルディに対する罪悪感は多少薄れている筈だ。まあ、君達が成果を見せないままに終わってしまっても僕は構わない』
カニやエビや貝竜、その他、多くの始祖神に向かい宣言していた。
『僕は行くよ――ヴィヴァルディに加勢をしてくる』
翼を広げ、空の戦場に向かおうとするナブニトゥは、飛翔の構え。
周囲を風で揺らし――。
全速力で追いつくために、飛ぶ前の構えだけで砦を揺らすほどの暴風を纏い始めていたのだ。
「ちょ、ちょっと――! 待って!」
『なんだい、カイーナ=カタランテ姫。マスターが認めた人類よ』
「アクタさんを先に起こしてくれた方が良いんじゃないの!?」
ミミックの翅をバサバサ揺らすソレを見て、ナブニトゥは告げる。
『それは義体だ、姫よ』
「へ!?」
『マスターは今、おそらく今後のためを想定し教皇ホテップと戦っている。邪神のスキルを全てコピーするつもりなのだろう』
「戦っているって。どこでよ!」
慌てる姫を見下ろし。
『僕の棲家、世界樹が戦場となっている――どうやら教皇ホテップも教皇ホテップで、この世界を守りたいらしい。だが、それは上位存在、管理者目線の独善だ。そして邪神自身は善意で行動をしているらしいので裏切りにはならない……実際、厄介な神だよ、あれは』
ナブニトゥの説明に姫は混乱。
空を指差し――。
「あああああ! もう! わけがわかんないんですけど!? じゃあ、あそこで天変地異を防いでるのって、なに!? 教皇ホテップにしか見えないわよ!?」
馬鹿にするわけでもなく、事実を告げるようにナブニトゥが瞳を細め。
『君達人類にはそう見えるのだろうがね。僕の目には、やはりあれも義体のようなモノ。本体から発生させた端末にしか見えない。自動的にこちらの味方をするようにセットされた、トカゲのしっぽのようなものさ』
「うへぇ……神ってそういう事も出来るのね」
『すまないが、姫よ――ここは頼んだよ。なるべく多くの人類の心を前向きにし、ヴィヴァルディの強化を優先してくれたまえ』
告げて、バサアァアアアアアアアァァ!
ナブニトゥは空の戦場へと飛び出した。
飛び立った暴走気味なナブニトゥを目で追いながら、姫が言う。
「あのぅ……始祖神も早く追わないと、まずいんじゃないかしら? たぶんナブニトゥ神……アクタさんのスキルの影響でハイになってるから。マジでやりかねないわよ?」
当然、言われるまでもなく。
始祖神たちは気合を入れ、ワチャワチャワチャ!
罪悪感を割り切り戦場に向かうべく、必死に行動を開始した。




