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第102話 迫り来る女神、贖罪の英雄その4


 【SIDE:復讐の女神マグダレーナ】


 英雄ラングルスを追い、古ぼけた教会に到着した女神と海獣。

 マグダレーナとセイウチは無人の教会にて、魔術を発動。

 魔術による摩擦の香りの中で、周囲を探査し――。


「どうやら……先に手を回されたようね。転移の波動が残っている」

『ぐわははははは! 任せておけ、転移による空間の捩じれ…つまりは”航跡とも呼べる流れ”が残っておるのならば、事は容易い。時と次元を操る我がその流れを逆行すれば良いだけ! さあ参るぞ、マグダレーナよ!』


 髯をふぁっさふぁっさ!

 意気揚々と魔法陣を展開し始めるセイウチである。

 だが、その厚顔に冷や水を駆けるような冷たい声が襲う。


「馬鹿ねえ……それって敵の本拠地にいきなり出るんじゃないかしら?」

『ふぅぅぅぅむ、言われてみればそうであるな……』


 女神像を見上げたままにマグダレーナは言う。


「それに、あなたの同僚、教皇ホテップ……だったかしら? あれもあちらに味方している。どうやら宇宙の果てに飛ばしたはずなのに、帰ってきているようですし。仮にこの転移を辿るとしても無策はさすがに、ね?」


 ぐが! っと、セイウチは鼻を広げ。

 バンバンバンと前脚で空間を叩き吠えていた。


『ぬぅ!? ありえぬ――っ! それはありえぬぞ女神よっ!』

「なにが……?」

『無貌のネコ、あのクソ生意気なニャンコ=ザ=ホテップがここに戻っている筈が無ぁい!』

「そう言われても――」


 魔力を探った女神は、該当の魔力を色別にマーキングし。


「だって――ほら、実際に無貌のネコの残留魔力を感じるわよ」

『た、たしかに……あやつの小生意気な魔力であるな』

「でしょう?」


 少しは落ち着いたようだ――と、引き続き魔力の痕跡に色を付け。

 何があったかを再現。

 脳の代わりにスポンジが詰まっていそうなセイウチに、マグダレーナはゆったりと目をやり。


「たぶんユダを殺した英雄。ラングルスとかいう名前だったかしら、あれがわたしたちに吸収されると知って、力尽くで回収に来たのでしょうね」

『あり得ぬ、あり得ぬ、あり得ぬぞ!』

「現実と向き合わないとまた裏を突かれるわよ。具体的に何があり得ないの」


 思考を誘導されたセイウチは、海獣の眼を上げて考え。


『我が行ったのは、時と次元、そして座標に介入しての強制転移。送った先は膨張する”混沌の海のオケアノス”。今もなお、神よりも光よりも早き速度で広がり続ける、文字通りの”宇宙の果て”に置いてきたのだぞ! 常に変動し続ける宇宙の果ての座標を演算し、変動を維持したままに計算し転移でもせぬ限りは――』


 女神は、はぁ……と肩から落とした息に言葉を流していた。


「それ、ようするにやりようによっては可能という事じゃなくて?」

『まぁぁだ、分からぬのか! そのようなこと我すらできぬ! 現実的ではないという事だ!』

「だったら現実的に考えて、それをしたバケモノがいたんでしょうね――」


 告げた直後に、あぁ……と女神は悟った。


「これ、負けるわね」

『敵前逃亡か!? そのようなこと、我は許さぬ!』

「馬鹿ね、しないわよ。ただやり口を変えようってだけ。そうね、そんなことができる存在が敵対しているのなら、負けるのは確定しているわ」

『だから敗北など許さぬと――』


 分厚いセイウチの手で、パンパンと空を叩き騒ぐセイウチを目で止め。

 女神は現実的な事を語りだす。


「まずはわたしを殺すしかないわね」

『自死はいかんぞ、自死は。我が教義と心情に反する!』

「勘違いしないで、わたしが言っているのは――わたしじゃないわたし。ネコの器の中に残ったままになっている、春風のようなヴィヴァルディの方」


 ほほぅ? とセイウチは悪い顔でズイズイ!

 女神に近寄り、邪悪な顔。


『して、その心はなんだ?』

「顔が近いし生臭いから、ちょっと離れて貰えるかしら……」

『気にするでない! 我の偉大さに気が引けるのは分かるがな!』


 ガハハハと嗤う海獣に辟易しながらも、女神はそのまま告げていた。


「だって――わたしを再生できなくなるほどに殺せば、きっと彼は使ってはいけないスキルを使う。状況を一度リセットさせることができるわ。上手くいけば、取り返しがつく部分に戻れるかもしれない」

『使ってはいけないスキルであると? あやつはそのようなものを習得しておるのか!?』

「え? あの……あなた、もしかして分からないの?」

『分からぬが?』


 自慢げに言われ、またもやペースを奪われ辟易しつつ。

 女神はやはり、大きな溜息に言葉を乗せていた。


「時間のリセット、やり直し。言葉は何でもいいけれど――”あの”ルトス王のスキルを喰らった彼にはおそらく、やり直しの力も備わっている。そして彼は女神ヴィヴァルディが消されて解決する終わりを望んでいない。あれを完全に消滅させれば彼は必ずリセットするわ」


 セイウチは訝しむように、ぶよっと眉を歪め。


『のう、小娘よ』

「なぁに? そこまで破綻した理論じゃないでしょう?」

『いや、ルトス王とやらを語る時になにやら不穏なニュアンスを感じたのであるが。”あの”とわざわざつけておったし。気になる気になる、我は気になる。何事であるか?』

「大したことじゃないわ。別にいいでしょう」


 言いたくないと顔を背ける女神の顔を追い。

 ズイズイっと海獣は移動。


『たいしたことではないのなら、説明してもいいのではあるまいか?』

「あぁあああああああぁぁ! もう煩いわね! わたしとあなたの同僚はアレに何度も何度もループさせられたのよ!? 条件変えに、運命のダイスの変更っ。多くの人間の人生に介入しても結果はリセット! 殺してもダメ、消してもダメ。能力を奪った時点でアウト。今思い出しただけでも悪寒が走るのよ!」


 珍しく感情を剥き出しにキレているマグダレーナ。

 その表情に、『あ、これガチで触れてはならぬヤツだな』と。

 空気の読めない海獣ですら空気を読み。


『そ、そうであったか、すまなかった。しかし分からぬな、キサマをそれほどまでに激昂させる能力をどのように突破したのであるか?』

「……彼を呼んだのよ」

『彼とな』

「そう彼――芥角虫神を介入させる以外に一切の抜け道が無かったの」


 女神の説明に海獣は、んん?

 と、顎髯に手を当て。


『なにやら我らが行う神の介入と似ておるな』

「どういう意味よ」

『何者かが俯瞰の視線で、恣意しい的に介入したかもしれぬという事だ。此度の場合、”死した柱の神”が再び降臨し介入せねば世界が進まぬように、駒を動かしていた可能性があるやもしれぬ』

「まさかそれはないでしょう――かつての聖書物語、ユダを使って自分が望むままに逸話を誘導した、あなたたちじゃあるまいし……」


 それに――。

 そんなことができるとしたら。

 女神は浮かんだ言葉を口にしなかった。


 だが、ただ古ぼけた教会の天を見上げ。

 息を漏らすように言葉を漏らしていた。


「そう――そういう事。途中からは、見ていたのね……」

『なーにを物憂げに天を見上げておる、ゴキブリでもおったか? Gの監視ならばユダの監視、即座に消去せねばマズいのではないか!?』


 女神は静かに瞳を閉じ。


「そうじゃないわ。そうじゃないけれど……」

『分からんヤツだな。何もいなかったのならば勘違いさせるようなことをするでない! まったく、海獣騒がせな。ほれ、あの猫のヴィヴァルディを消去しにいくのであろう? 善は急げとサルどもも言うておったからな、我は先に外に出ているぞ』


 フンスカフンスカ、鼻息を漏らし怒るセイウチ。

 彼が教会を出た、その後。

 復讐の女神マグダレーナはもう一度天を見上げ。


「決めたわ――わたし、あなたを殺すわ」


 天から眺める誰かに向かい。

 恨み言を呟いた。


「だって、仕方ないわよね? 結果的に、あなたが一番彼を苦しめたんですもの。ラボニ。誰もがあなたに憧れた。誰もがあなたに付き従った。誰もがあなたを信じた。そう、彼も……信じていたのに。なのに、どうして? 貴方の存在が、彼の人生を狂わせてしまった。あなたは彼を助けなかった! それはあなた自身が一番分かっているのではなくて?」


 まるで昔から知る誰かに、告げるように。


「だからラボニ。我らが師よ。わたしはあなたを許さない――」


 赦してたまるものですか、と。

 愛憎の言葉。

 そして”瞳”から零れた【女神のなみだ】を落とし、マグダレーナは教会を後にする。


 女神はその後、海獣の背に乗り。

 ネコの器にいる自分を壊すべく計画を練り――準備を完了。

 最後の決戦に挑むべく、空間を渡った。


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― 新着の感想 ―
[一言] やめておきなさい…… この世界から出てあのお方を狙った瞬間プチッとされる…… まぁ女性には優しい猫ちゃんだから……悪くても力と意識を剥奪の上ビバ猫に再封印で済むと思うけど…… 本当に命の危険…
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