第21話 王太子クリストファ殿下の視点3/悪魔ラストの視点
オリビアは見違えるほど美しくなっていた。思わず『別人では?』と思ったほど磨き上げられた肌に、艶やかな髪、垢抜けた美女がもう一度自分の元に戻ると思うと、笑みが漏れそうになった。
穏便に済ませたかったが、思いのほかオリビアは私の提案を拒否。取り付く島もない。これで計画が頓挫すると必死で言葉を並べるがまったく相手にされなかった。
仕方がない、と強行手段に出る。
合図によって《原初の七大悪魔》の一角、色欲の用意した魔導具で空間に亀裂を生み、様々な魔物を城中に出現した。そのどさくさ紛れてオリビアを奪取してしまえばいい。
多少抵抗しても色欲から渡された精神支配する魔導具をオリビアに装着してしまえば、こちらのものだ。私が魔物を倒し、救出したことで恩義を感じたオリビアはエレジア国に戻る。
完璧なシナリオだった。
そう途中までは──。
赤紫色の夥しい触手によって城の外にオリビアを連れ出し、予定通り庭園周辺に移動した。周囲からは触手の壁で見えない。傍から見たらドーム型に触手が群がって見えるだろう。
触手のぬめった感触や生暖かさは気持ちが悪かったが、贅沢を言っている場合ではない。
気絶したオリビアの腕に精神支配の腕輪を装着した。あとは指輪とネックレスを──というところで、竜魔王代行セドリックが触手を切り裂き現れたのだ。
速すぎる。化物か。
そう悪態を吐きそうになったのを呑み込んだ。
しかも一瞬でドーム型に展開した触手の壁を、根こそぎ劫火で燃やし尽くした。
圧倒的な魔力量の差。血飛沫を被った男に慄いた。
完全ではないが魔導具を起動し「竜魔王代行を拒絶しろ。お前の主はクリストファ、私だ」と命令を下す。薄っすらと目を開いたアメジスト色の瞳が精神支配によって濁っていくのを確認し、安堵する。
これで計画の半分は完遂した。あとはじっくり時間をかけて精神支配を浸食させればいい。
そう思っていたところで、触手の壁が消滅したことで青空が顔を出す。
「オリビア!」
「竜魔王殿下、彼女ならこちらです」
オリビアは黙ったまま上半身を起こして立ちあがろうとする。手を貸して支えたのち、私はわざと身を引いてオリビアをセドリックに差し出す。
(精神支配がかかっているなら、何かしら反応するはず)
口元がついつい緩んでしまうが、なんとか堪えた。私に目もくれず、セドリックは彼女を抱きしめようとした。
パン、と乾いた音が庭園に響く。
オリビアは私の命令通り、竜魔王代行の手を振り払ったのだ。
「オリ……ビア?」
「……っ、…………」
なにか呟いたが、傍を離れた私には聞こえなかった。だが問題ない。精神支配はまだ完全とはいかないが初動確認は済んだ。
「オリビアも魔物で怯えたのでしょう。魔物の討伐がまだ終わっていないようなら私が彼女の傍で──」
「いや、結構だ」
「しかし」
「既に討伐は終わった。妻の体調が優れないので失礼する。……アドラ」
「ハッ」
いつの間にか執事服の竜魔人族が音もなく姿を見せる。いくつか指示を出し、竜魔王代行は拒絶するオリビアを抱き上げて姿を消した。
内心で舌打ちしつつも、魔導具が正常に働いているのをみて笑いが止まらなかった。手を弾かれ、拒絶された時のセドリックの顔。
間抜けで、笑えた。
なんと清々しい気分なのだろう。
しかしエレノアや神官たちの姿が見えないが、別の場所に移動させられたのだろうか?
庭園で合流し、魔導具の装着を手伝う算段だったはずなのに予定が狂った。
(まったく、役にも立たない奴らだ)
そう思いながらも残っていた執事のアドラから、今日は泊まるようにと客室へと案内された。この男は礼節を弁えているようで、少しばかり溜飲も下がった。
今日の夜にでもオリビアを呼び出し、残る魔導具を装着させ──ついでに夜を共にしようと妄想を膨らませた。
***悪魔の視点***
ああ、私の愛しい果実が、さらなる輝きに満ちている。
美しく、気高く、そしてまた希望というものを持ち始めた。
それらをどうやって壊して、砕けさせて、絶望させよう。
悲痛な声と涙は魂をさらなる甘美な味に変える。
少しだけ味見をしてみたい。
ようやく作り上げた私の最高傑作の魂。
人族は脆いけれど時折、宝石に近い甘美な魂が存在する。
ずっと、ずっと、狙っていた。
ずっと、ずっと前から私のモノだった。
誰が渡すものか。
溢れかえる触手は私の魔力で作り出した使い魔。城中に生じ、目の前にあるものを丸呑みする。予定通りオリビアと王太子クリストファを触手の壁で隔離できた。
私の感情に合わせて触手も狂喜乱舞して暴れ回っている。
百年以上前からずっと狙っていた魂を食らうことができるのだから。
本来ならあの時に彼女の魂を食らうはずだったのに。
そう決まっていたのに。確たる運命を捻じ曲げたのはあまりにも儚い繋がりだった。
熟れに熟れた魂。かぐわしい香りに酔いしれそうになる。
(ああ、このまま触手を使って、食べてしまおうかしら)
思わず触手の一部が大きく口を開ける。
我慢できずに食べてしまおうとした直後。
エレノアに攻撃する者が現れた。
灰色の髪に、褐色の肌、騎士風の姿だがその背は私と同じ蝙蝠の羽根を生やしている。すぐさま同族だと分かるが、隣にいる天使と並んでいるのが腹立たしかった。
「ようやく本体をさらけ出したな、色欲」
「ほんと、中々現れないから不安だったけれど、やっと殺せるわ」
忌々しい天使族の娘と、同族でありながら私を殺そうとする悪魔族の小僧。
「なぜエレノアの器を悪魔が奪ったと気づいた?」
「お前の行動パターンならお見通しだ、同じ悪魔だから、わかることもある」
「チッ」
エレジア国に逃れた後、ちょうど絶望の淵に居た娘を見つけた魂を食らった。以前使っていた侍女の器は損傷が激しく、聖女エレノアの器を手に入れたというのに。クリストファのせいで髪や肌がボロボロだがこの際しょうがない。精神的に疲弊していたので魂を食らって器を奪うのは容易かった。本来の道筋なら悪魔にとって一番の脅威となるはずの存在だったというのに、オリビアに関わったことで運命が変わった。自身の行いによる報いと言うべきか。
この器の娘は簡単に絶望したのに、オリビアは折れなかった。眼前の悪魔は私と同類なくせに、どうしてそっち側でいられるのか。苛立ちが抑えられない。
(あの魂を絶望させ、それを食らえば……分かるかもしれない。あの特別な魂を!)
「リヴィには、もう絶対に手を出させない!」
真っ赤な長い髪に凛とした美女は白銀の甲冑に身を纏い、巨大な魔法陣を展開する。あれは──亜空間。あの中に連れ込まれたら、逃げられない。すぐさま離脱しようとしたが、両手両足ともに漆黒の鎖に繋がれていた。
「ばーか、逃がすかよ。お前はここで殺す」
「ふざけるな……。やっと、あとちょっとだったのに……」
同族の癖に天使族と手を組んだ恥知らず。使い魔である触手はセドリックが瞬殺。魔物を呼び寄せるために作った亀裂も既に封じられ討伐されている。対応が早過ぎる!
奥の手に取って置いた神官に命じる。ここは撤退しかない。大丈夫だ、ここを逃れてもっと時間をかけてオリビアの魂を奪えばいい。
魔導具の《蝴蝶乃悪夢》は私の核の一部で作った。私が死んでもオリビアは悪夢から帰還しない。悪夢を解除できるのは私だけ!
「神官たち、アレを止めろ!」
「ハハッ!」
「承知しました」
使い魔にした神官たちに相手をさせたが、第三者によって斬り伏せられ炭化して消えた。凄まじい魔力を感知し、竜魔王かと思ったが──そこにいたのはディートハルト前竜魔王と、その妻である天使族のクロエだった。ありえない。
二人とも石化したまま解除されていなかったはず。
百数年という時間の流れを感じさせない程二人は、以前と変わらぬ美貌と魔力を備えて私の前に現れた。
「ば、馬鹿な。お前は──」
「百数年ぶりか。お前の始末は竜魔王である我が請け負うと決めていてね。弟には迷惑をかけた分、この先の相手は我ら四人でさせてもらう」
「ふ、ふざけるな! ようやく見つけた至宝の魂を目の前にして諦められるか!」
今こそ百数年間の悪夢を見せ続けたフィデス王国国民から負のエネルギーを根こそぎ奪って──。そう思った直後、急に力が衰え、魔力が失われていく。
「な、なぜだ。私は百年以上前から、準備をしてきたというのに!」
「はっ、それはこっちの台詞だ。百三年前にリヴィが石化魔法を使った段階で、お前の負けは決まっていたんだよ」
「暴食、お前が、魂を食らったのか!?」
「いいや。俺が食ったのは記憶だよ。リヴィに関する記憶だ。お前はリヴィを利用して負の感情や魂を集めていたのだろう。だが、肝心のリヴィが覚えていなければ意味はない」
「なっ……」
眼前の悪魔は、リヴィの記憶を食らい私の魔力増幅を防いだ。
そして全ての準備を整える為にディートハルトとクロエは雲隠れした。
天使族と悪魔族の共闘?
ありえない。悪魔族は自分の愉悦のために生きる存在だ。
他者の為に動こうとなど考えない。そういう風に出来ていない。
まるで他種族として認められ、受け入れられている悪魔族の少年に嫉妬し、憎悪し、激高した。
「この悪魔の出来損ないが! 悪魔族の癖に、私と同じ、人間の闇から、泥から劣悪な場所から生まれたくせに! そっち側で、輪の中に入っているんじゃない!」
蝙蝠の翼を生やし、両手に漆黒の鎌を携えて漆黒の鎖を引きちぎる。
かつてないほどの怒りが、私の中で燃え上がった。
「お前だけはあああああああああああああああ!」
暴食めがけて突貫する。それに合わせて暴食は、漆黒の槍を生み出し、私に向けて投擲した。その速度と威力は肩を抉り、速度が落ちた瞬間、ディートハルトが背中から私を突き刺した。
「があっ……」
「滅びろ、色欲」
崩れ逝く私を天使族の二人が亜空間へと誘う。あの隔絶された空間内で死ねば復活は不可能。
終わり、死ぬ。
蝙蝠の羽根は消え、体も崩れて亜空間へと落ちた。
隔絶された世界。
誰もいない何もない──世界。
悪魔は孤独だ。
私の能力は相手を洗脳すること。その力があれば誰も彼もが私に良くしてくれる。
私を褒めてくれる、贈り物もくれるし、愛してくれる。
でも、傍には居てくれない。
だって私は悪魔だから。
私の近くに居れば人間の魂を吸収して殺してしまう。それは止められない。
仲良くなっても、仲間になっても、家族であっても殺してしまう。
昔、お人好しの伯爵家があった。優しくて、温かい。そんな人たちの絶望した顔が未だに忘れられない。当時のことはあまり覚えていないけれど、あの魂はとても美味しかった。
心から満たされた深みのある味わい。
(ああ、あの魂を──宝石のように輝く魂を食らうことができれば、私も……今度こそ……)
お読みいただきありがとうございますo(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
ついに始まりました最終章(*'▽')オリビアがピンチです。
次回は明日8時過ぎ?になります。
最終話まで毎日更新(*´ω`)
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