エカテリンブルク
シベリア西端チュメニに陣取ったロ日連合軍はまだ動けなかった。ヨーロッパ正面ではレニングラード攻略が始まった。今がチャンスであった。しかし、無い袖は振れなかった。
補給が滞りがちになってきたのだ。ウラジオストクはあまりに遠く、補給線はシベリア鉄道一本。
近代戦を支える物資が十分に貯まらない。ロ日連合軍を支えるだけなら十分賄える。問題は途中でロシアに組み込んだ住民達だった。食糧の他、日常物資が足りず、かの民への補給もシベリア鉄道一本。
そんな状態で物資が貯まるわけは無く、未だ備蓄率で言えば必要量の5割に過ぎない。
これでは前進するわけにはいかなかった。もしエカテリンブルクまで支えなければならなくなった時、兵站は崩壊する。
前線司令部が取れる手にも限りが有り、出来ることは航空撃滅戦とも言えないくらいの敵飛行場への小規模攻撃と地上戦力による威力偵察くらいだった。
それでもソビエト軍の航空戦力の枯渇と士気の低下によって、敵に与える損害に比べるとこちらの損害は少ない。
ヨーロッパ正面からの報告によると、今まで将校の軍靴は踵がゴム底だったのが革になっていると言う。こちらでも確認できた。観察力が足りないな。ロ日の将校は思った。
連合国首脳が集まっているのはパリだった。レニングラード攻略戦の最中で有る。
イギリス首相 ウィンストン・チャーチル
フランス首相 ポール・レノー
日本首相 幣原喜重郎
トルコ首相 シュクリュ・サラジオウル
ロシア首相 セルゲイ・ノバチェフ
(前回会議後、皇帝から親任された)
他にはドイツ首相なども参加する全参戦国会議の前に、この5ヶ国で大筋を作ろうというのだ。
それぞれ秘書と武官を従えて会議は始まった。
チャーチル
「皆さんお忙しい中大変でしょうが、これからの会議は将来の方向性を決める重要な会議だという事をお忘れ無く」
レノー (ザリガニ野郎め)
「君が言い出したことだからな。さぞ良い案があるのだろう。違うかな」
チャーチル (蛙食いのくせに)
「まあ無い事は無いですな。素案は出来ております。以前から各国に回していた案件です」
ノバチェフ (早く終わらせてウォッカ)
「皇帝陛下からは「モスクワにたどり着けなかったら、ウクライナは諦めざるを得ない」とのお言葉を賜っております。あくまでも「諦めざるを」です。出来れば穀倉地帯は確保したい」
サラジオウル (皇帝は本気らしいな)
「以前にも要望を出しましたが、我が国としてはバクーが手に入れば不満はありません」
チャーチル (欲張るならそれだけ出して欲しいものだ)
「ではトルコは南から押し上がってもらえると」
サラジオウル (やる気は見せねばな)
「スターリングラードを目指します」
室内がざわついた。
チャーチル
「本気ですかな」
サラジオウル
「そこまで行かなくてな権利の主張も出来ないでしょうな」
レノー (我が国もバクーは欲しいが届かんからな)
「トルコが本気を見せればソビエトも南を気にせざるを得ない。いいことです」
弊原 (やれやれ、戦力を二分しているのは我が国だけか)
「では日本はオデッサにちょっかいを出しますか。戦力的にちょっかい以上のことは出来ませんが」
サラジオウル (日本は頼っていいのか?)
「日本が一部でも引きつけてくれれば、こちらはずいぶん楽になりそうです」
幣原 (恩を売るか)
「トルコの力になれればいいのですかが」
サラジオウル (どの程度か分からんが助かる)
「日本の実力を信じていますよ」
レノー (ちょっとこちらに戻すか)
「では、南はそれで良いとしまして、モスクワですな」
チャーチル (少しでも早く落としてウクライナをこちら側にしたい)
「モスクワ攻略は全軍でよろしいですかな」
レノー (イギリスとフランス、協力を取り付ける国の多さが勝負だな)
「そう言えばロシアと日本はどうされるのですか」
ノバチェフ (戦力が無いのを知っているくせに)
「エカテリンブルク攻略で手一杯でとてもこちらには戦力を送れません」
チャーチル (ウクライナはこちら側だな)
「ではロシアはエカテリンブルク攻略に全力ですか」
ノバチェフ (白々しいな)
「そうですな。全力を挙げますよ」
レノー (ロシアがこちらに来ないなら東欧もこちら側になるか)
「ロシアの大地は懐かしいでしょうな」
ノバチェフ (この野郎。後で吠え面かくなよ。極秘作戦はあるんだ)
「全くです。早く帰りたいものだ」
幣原 (いかん。日本が空気だ)
「日本としてはロシアと協力するので精一杯です。モスクワ正面に戦力を送る余裕はとても」
その後も会議は続いた。
サラジオウル (ここらで気合いを)
「そうですな。陸軍25個師団と航空機400機を投入します」
チャーチル (本気か。戦力の半分じゃないのか)
「それはすごいですな。しかし、航空機は足りますか」
サラジオウル (知らないだろうが、イギリスの諜報能力はバカにできんからな)
「イタリア空軍と協力してやりますよ。300機出してくれるそうです」
チャーチル (え?…聞いてない)
「少しお待ちを」「ディーン大佐」
ディーン大佐
{これは…参りましたね。イタリア空軍は確かにモスクワ攻略戦にも機体を出します。数はこれですね。300機です}
{半分か。イタリアも勝負したな}
{はい。本土に残る実戦機は無いです}
{分かった。ありがとう}
「イタリア空軍もなかなかお茶面ですな」
レノー (驚いた。イタ公にそんな度胸があるとは)
「これは、また気張りましたな。それならスターリングラードも落ちそうですな」
サラジオウル (やらんと油田が手に入らんでは無いか)
「落とします」
幣原 (イタリアのことは聞いてないぞ。まあ関係なさそうだからどうでもいいか)
「資料を見ますのでお時間を」「大井中佐」
「はっ」
レノー (疲れたな。喉渇いたし)
「休憩を動議します。良い時間ですので昼食も取りましょう」
「「「「賛成」」」」
「大井中佐。海軍機はどれだけ出せる?」
「オデッサは陸軍機だけで十分でしょう。実働で350機と聞いています。そうですよね福井中佐」
「偵察機まで入れてだが、有る。だが、ウクライナ戦線に貼り付けてある。一気に投入できる機数では無い」
「オデッサを牽制するくらいは出来ますよね」
「その程度なら問題ない」
「では海軍機は回せるのだね」
「二航戦と局戦っといかん。空母搭載機と陸上戦闘機ですね。合計で200機はいけます。水上機まで入れれば後50機は」
「水上機など役に立つのか」
「カスピ海に潜水艦という情報もあります。そちらに投入ですね」
「カスピ海に拠点は無いだろう」
「黒海からで十分届きます」
「トルコ空軍で出来ないのかな」
「無理かと」
「分かった。では、休憩後に提案してみよう」
「はい」
昼食後に再開された事前交渉は概ね成功裏に終わった。概ねというのは、やはり他参戦国の出方が今ひとつ分からないこと。
特にイタリアの動きが注目された。何故トルコに擦り寄るのか。いくら後方で安全だといっても、実戦機のほとんど全てを戦場に投入するという思い切りの良さ。更にトルコからイタリア陸軍もトルコ側に加わると言う。モスクワ攻略にも5個師団出している。これも実働部隊を全部と言っていい。不気味だった。まあ、5間国の首脳の間では「バクーだな」と結論づけられていた。戦後、トルコからの輸出分の取り分を増やしたいのだろう。
チュメニを進発したロ日連合軍はほとんど抵抗のない原野を驀進していた。驀進と言っても道らしき道の無いロシアの原野だ。油断して湿地にはまる車両や直進できるはずなのに湿地を迂回しなければいけないなど苦労はそれなりにしている。また事前の航空偵察でほぼ敵部隊が居ないと分かっていても地雷やブービートラップ、少数部隊による襲撃、狙撃兵。それらを警戒しながら進む先行部隊の苦労はいかばかりか。
カミシュロフに到着したのは10日後だった。占領では無い。無血開城でお迎えされた。聞けばソビエト軍はエカテリンブルクに向かって後退していったという。
敵機が飛んでこないのが不気味だった。戦力が本当に枯渇してレニングラード攻略戦に集中しているのかモスクワに集めているのか。少なくともエカテリンブルク周辺の飛行場には、機影は少ない。
エカテリンブルクまで後140キロ。再び物資の蓄積待ちで進撃が中止される。後方から上空直援機が飛んできているがそれだけでは心許ないのでここに小さいが飛行場を整備することにした。幸いデカい湿地帯は無い。なんとかなるだろう。働き手(兵隊)はたくさんいるし、手持ち無沙汰にさせておくことも無い。
2週間後、物資の蓄積が終わり、エカテリンブルク攻略が開始された。飛行場は最低限だが野戦飛行場と言っていいくらいの物は出来た。
少なくない抵抗を排除しながら進撃する。制空権は完全にロ日連合軍に有る。カミシュロフの野線飛行場からは九九式襲撃機が頻繁に対地攻撃に出撃する。
1週間後、最前線はベロヤルスキーまで進んだ。途中のボグダノヴィチは予備部隊を留め置く。
エカテリンブルクは見えた。
次回更新未定 出来れば2週間以内
首脳会談で本音を入れてみました。




