黒海
日本海軍遣欧艦隊は、掃海艇を先に送り航路啓開を始めた。ソビエトの航空戦力は壊滅状態だと言っても万が一に備えて上空援護付きである。
場所はボスポラス海峡を抜けたところだ。空母を始めとする主力部隊はマルマラ海で遊弋中だ。漁船などが多いので発艦時の全速航行に苦労している。
掃海艇は戦隊で広がり掃海具を展開。係維機雷の係維索を切断するべく慎重に航行している。既に数時間の作業をしているが、引っ掛かる機雷はなかった。無いのかも知れないが、警戒は必要だった。
ソビエト海軍黒海艦隊には潜水艦が配備されているらしいが、詳細な情報は不明だ。機雷と潜水艦という海面下の脅威を警戒している掃海隊の精神的な負担は大きい。
航路啓開はボスポラス海峡からコンスタンツァにかけてだった。マルマラ海で待機していた艦隊に陸軍からコンスタンツァまであと40キロと連絡が有ったのが昨日だった。
艦隊は行動を開始。今日、黒海に入ったのだった。WW1でも日本海軍は黒海に入った事はなかった。
なので日本海軍黒海一番乗りは掃海艇だった。掃海後の航路には第一水雷戦隊が駆逐艦から入り、軽巡が続く。ソビエト海軍水上艦部隊への警戒だった。
重巡以上の大型艦の黒海入りは明日以降になる予定だ。
異常はコンスタンツァ沖15海里地点で起こった。
「浮遊物有り。三時、距離九〇」
「なに?」
「見張り、再度確認」
「やはり浮遊物。方位一三〇度、距離九〇」
「掃海隊全艦に警報発令。ワレ浮遊物発見セリ。方位一三〇度。距離九〇。右舷機銃、撃ち方用意」
「司令、十号からです。ワレ浮遊物発見セリ。方位一三〇度。距離九〇」
掃海隊司令、和田中佐は少し考えた後で
「上空の水偵に通信。浮遊物を確認されたし」
「水偵に通信。浮遊物を確認されたし。了解」
「掃海隊、針路と速度は保持せよ」
「十号艇長には、浮遊物を見失なうなと」
上空で対潜警戒をしていた千歳の水偵六番に掃海隊から通信が有った。
「機長、掃海隊からです。十号掃海艇右舷一三〇度距離九〇に浮遊物。確認せよとの事です」
「十号は前列の右端か。田中、聞いたな。進路変更だ。確認に向かう」
「了解。機長、高度は落としますか」
「九〇で見えたんだ。かなり大きいのではないか。五〇〇まで落として見るか」
「了解です」
「機長、見えました。八時海面」
「田中、左旋回」
「了解」
「どこだ。ああ、アレか。木村、発煙筒用意」
「発煙筒用意します」
「田中も見えているな」
「確認しました」
「上空を航過する。合図で投下」
機長の渡辺少尉は爆撃用照準器を覗き込む。標的はどこだ。
「投下ヨーイ」
「投下ヨーイ良し」
見えた。タイミングはここか。
「テッ」
「テッ」
発煙筒は浮遊物の50メートルほど離れたところに落ちた。もう少し近づけたかったが仕方が無い。
「良くあんな物が見えたな」と思うくらい小さく黒かった。海面から顔を出しているので見えたのだろう。
そのまま上空を旋回していると、初風が近づいてきた。初風より、視認したとの通信が有り水偵は監視を交替した。
「一時に煙、発煙筒の煙と思われます」
見張り員の報告を受け、初風艦長長野中佐が発令する。
「機関、前進原速。見張りよく見張れ。機雷の可能性もある」
「甲板、手空きの科員を全員で見張りに立たせろ。落ちるなと言っておけ」
「機関、蒸気は上げておけ。いつでも速度を上げられるように」
「機関室了解」
「了解しました。手空き甲板員、前甲板で見張りをします」
「頼む」
「はっ」
「発煙筒近い」
「機関、前進微速。面舵」
初風は、速度を落とし近づいていく。
「十一時、四〇、浮遊物」
「機関、最微速」
「浮遊物まで三〇」
「機関、停止。内火艇用意」
「水雷、水雷士を艇長とし内火艇降ろし方始め。機雷の可能性もある。警戒せよと」
「了解しました」
「行き足止まりました」
「浮遊物まで二〇」
「内火艇降ろせ」
初風から下ろされた内火艇は慎重に近づいていく。見えたのは黒くて丸い浮遊物だった。突起物が見える。初風水雷士近藤中尉は、機雷と言われていた事を考えた。
国際法では浮遊機雷の有効時間は一時間となっているが、そんな事は有事に守られるか疑問だった。係維機雷が切れて流れ出したとでも言えば、言い逃れも出来ようと。海軍が掃海した後で処理に失敗した未処理の機雷と言われてしまえば、それまでだった。
内火艇は慎重に近づき10メートルになった。複数の突起物が確認できた。写真を撮り証拠とする。
初風から帰ってくるように指示があった。発煙筒を炊き近くに投げ込む。
「砲術。内火艇収容後、機銃で破壊する」
「了解しました」
機銃の射撃が始まった。しかし何発も命中するが爆発しない。吹き飛んだ突起物が有るがそれでもだんまりだ。
「艦長。こいつは国際法を守っているのか、またはダミーかも知れません」
水雷長が言う。
「爆発せんな。爆発していてもおかしくない」
「そうです。ダミーでも一個見つかれば、大幅に警戒態勢をとらなければなりません」
「いやな奴らだ」
「浮遊物、沈みます」
見張りから報告が有る。確かに沈んでいく。本物かどうかは解らないままだった。海図に位置を記載し、戦闘詳報には「機銃で撃つも爆発せず沈む」と書かれた。
その後他の地点で複数見つかる。中には掃海艇が主砲で撃って爆発した物も有った。本物が入っていた。これにより、大型艦の黒海入りは延期された。
その後も六個確認され、合計一四個となった。七個は沈み、一個爆発した。残りの六個を鹿島に配備されていた機雷処理班が確認したところ、四個はダミーで、火薬が無い張りぼて。二個が本物だが、信管は国際法に則り1時間後には無効になる信管だった。
結局、大型艦が黒海入りしたのは4日後だった。
その時には、コンスタンツァ沖に第一水雷戦隊の圧迫を受け、陸に遣欧軍の圧迫を受けたソビエト軍は撤退していった。
コンスタンツァに日の丸が翻っていたのである。




