30.恋愛馬鹿の末路
しくしく泣いているリネーアと、呆然としているロザリア。そしてこの二人と関わったことで色んな意味で疲れ果ててしまった私やルーカスにファリエル様。
幸いにも(?)国王陛下はお留守だったけれど、きっと事の顛末を知った時には、疲れ果ててしまうに違いないわね。
「……何で……私は、だって、ルーカス……」
未だにルーカスに未練がましく手を伸ばしてきているリネーアを見たルーカスは、忌々しそうに舌打ちをしてから、ぱん、と払いのけた。
まるで虫を払い、叩き落すかのように。
「ど、して」
「あー……うるさい。しつこい、鬱陶しい」
ぎろ、とリネーアを見下ろすルーカスの言葉には、一切の容赦はない。
この人の怖いところは、これでしょうね。味方だと判断した、あるいは『こいつは自分の内側だ』と決めた人に対しては、驚くほど甘いし、優しくなる。私に対してが正に当てはまっている。
でも、そうじゃない人に対しては、とことんまで冷たい……というか、興味を示さない。
あくまでルーカスの中にいるのは、私――ルクレツィア・リリ・トゥエ・トイテンベルク。
婚約者として、次期女王の王配として、彼と私の婚姻関係が『そうあれ』とダイアナ様から定められているのだから。
私たち自身も、互いのことは大事だ、って思っている。
……まぁその、これは私が最近になってから、ようやくそう思えるようになってきた、っていうところもあるんだけど……。
そうなるように、考えを矯正してくれているルーカスには頭が上がらない、とも言えてしまうのよね。
「……お前、ルクレツィアじゃないだろうが」
「で、でも、私! 私は、あなたを!」
「ニンゲンと、俺が、どうして好き合えるって思えるんだよ。……馬鹿じゃねぇの。違和感なんかあっという間に気付いたけど、魂のチェンジリングとかいうややこしい呪いのせいで、周囲だけは見事に欺いていたようだがな!」
「……そんな……」
「諸悪の根源はロザリアだけど、貴女だって元の世界に戻ってきているのだから、叶いもしない恋心はさっさと捨ててしまえば良かっただけの話でしょう」
「うるさい!!」
リネーアが、私に対して怒鳴りつけた瞬間、ルーカスがふっと足を上げて、遠慮なくリネーアのことを蹴り飛ばした。
「ルーカス!? ちょ、ちょっと、あなた女性に対して!」
「……ルクレツィアの真似事をしていただけの詐欺師風情が……。諸悪の根源はそっちのニンゲンかもしれないが、元に戻ってからの愚行は、お前の意思だろうが!」
女性を蹴り飛ばすだなんて、と注意をしてみたけれど、ルーカスの怒りはそれどころではなかったようで……。当然といえば当然なのだけど、リネーアは何が悪いのかは理解していないようね。
泣きながら私を睨んできているけれど、そもそもそれ自体がルーカスの怒りを加速させている、っていうことくらい、いい加減気付いてほしいものだわ。
「……貴女の、せいで……」
「いやだからね、話を聞けないなら……そもそも貴女に与えている温情ごと、全て丸っと引き揚げるけれど」
はぁ、と私が溜息を吐いて言うと、リネーアは顔色を悪くする。
大方、私には何もできない。何もすることができない、って高を括っていたようだけれど、そうはいかないわよ。
人の大事な婚約者に、勝手に懸想して、ノリノリになって好きだの何だの、会いたかったとか何とか、勝手に言わないでほしいわ。
「何よ……温情、って」
「あのね……リネーア」
ファリエル様が、すっと私とルーカスの前に出てくる。
「貴女、どうして側妃とはいえ王家の人間のところに引き取られたと思っているの」
「え?」
きょとんとしたリネーアは、心底不思議そうに首を傾げてファリエル様に問いかけている。
「私が、可哀想だから……じゃないんですか?」
「(馬鹿だ)」
「(思ったより馬鹿だわこの子!)」
思わず顔を見合わせた私とルーカスは、うん、と頷き合ってしまった。
いやだって、まさかこんなにお花畑の思考だなんて、誰が想像できるっていうのよ!?
「……呆れた。色々な事情を知っている貴女を、ほいほいとその辺に放り出せるわけがないじゃないの」
「だ、だって」
「普通、あまりに特別なことを成し得られてしまった奴には、監視が付いて当たり前だ。だが、お前はある程度自由がきいていたのは何でだと思うんだ」
「いやだから」
「可哀想とか、そういう感情論は捨てろ。被害者であり、今後加害者にもなり得るかもしれない、稀有な呪いの成功例として妙ちくりんな宗教団体に利用されないための保護だったんだが……違うか、人間界の王妃」
「当たっておりますわ、ルーカス様」
はぁ、と困ったように溜息を吐いたファリエル様は、自分の扱い方が甘かったのだろうか、と小さな声で呟いている。……それはあるかもしれない、ってこっそり思ってしまった。
そもそも、ファリエル様はとてもお優しい。
その優しさが完全に仇になってしまっているのだけれど……でも、これで色々吹っ切れたんじゃないかしら。
「貴女……こちらに戻ってきた直後はあんなにも勇ましくて、素晴らしい令嬢だと思っていたのに……何なのかしら、もう……」
呆れたような、どこか心底見捨てにかかったような、そんな声のファリエル様を見て、リネーアはがたがたと震え始めた。
「ああでも、こちらに戻ってきて、人間界で過ごす、っていう現実逃避から『あっちは良かったなぁ』って思っていたかもしれないけれど、そろそろいい加減にしてちょうだいな。貴女はルーカス様とはどうやっても結ばれないの。縁を繋げないの」
「い、いや……」
「……側妃に伝えましょうか。リネーアの監視を、強化しなさい、って。……まったく……もっときちんとしてくれていたならば、ネーデルラント家の跡取りとして何不自由ない生活が待っていた、というのに」
どうして、とか細く呟いた声に、ルーカスが忌々し気にまた舌打ちをした。
「ルクレツィア、もう行くぞ。あの頭のおかしい女の、お涙ちょうだいな茶番劇に付き合ってやる必要はない」
「……ええ」
「待って! いや! いやよ、ねぇ、ルーカスってば!!」
「……貴女、愛されることが当たり前だったんでしょう。すごく、羨ましいわ。でもね……はき違えないで」
私が冷たく声を放つと、リネーアはびくり、と動きを止める。
「愛されたい、って思うことと、愛される、は全く違うの。それと、さようなら」
「ちょ、ちょっと……」
「私はね、今やっと……自由を楽しめているの。これから、ルーカスと出かけるのよ」
ルーカスの名前を出すと、リネーアの体は面白いほどに跳ねた。
「お祭りを楽しもう、って誘ってくれたの。ね、ルーカス」
わざと、嬉しそうにルーカスに問いかければ、ルーカスも意図を察してくれたのか、にこ、と笑って私の体を抱き寄せる。
あああああ、痒い……けど、我慢よ、我慢!
「そうだな、俺のルクレツィア」
良い声で耳元で囁くの、無し!!
恥ずかしいんだから!!
「い、いや……待って、ねぇ、私も……」
「嫌よ」
にっこりと、とても綺麗に笑えて……いたかしら、と不安になってルーカスの方を見れば、小さく頷いてくれる。
良かった、出来ていたみたい。なら、もうちょっと追撃しておかないと。
「私、貴女なんかもうどうでも良いの。私ね、これからやっと、幸せになれるんだから。……ああ、っていうか……幸せになれる、っていうよりも……」
「……」
何でそんなことを言うの、と言わんばかりの顔をしているけれど、知ったことじゃないわ。
だってリネーアは、今まで幸せだったじゃない。
そもそも、元通りになっただけのこと。それに、ルーカスのことだってそうよ。
私の、婚約者を……お母さまを……。
「返してもらっただけ、なのよね」
「……っ!?」
本当のことを教えてあげただけよ、私。それなのに、どうしてそんなにショックを受けるのかしら。
「ルクレツィア、それからルーカス様。この大馬鹿者たちはこちらの責任で、きちんと処理させていただきます。お二人はどうぞ、お祭りを楽しんでいらして?」
「そうさせてもらう。戻る時は、またこちらに来る」
「ええ、かしこまりました」
ファリエル様が、私とルーカスに頭を下げてくれる。私は、それに応えるようにしてファリエル様に頭を下げてから、すっとその場を離れて歩き始めた。
「お祭り、っていったことないの。だから、すごく楽しみ」
「人間界のものはあまり来たことも興味もなかったが……お前と一緒なら、楽しめそうだ」
「何よ、意味深ね」
「気のせいだ」
軽口をお互いに言い合いながら、リネーアたちには背を向けて歩いていく。
後ろから何か聞こえてくるが、もう気にしてなんかいられない。
「……わぁ」
そういえば、こうやって、きちんと城下町を含めた王都の景色を見るのは、初めてかもしれない。
「…………こんな場所だったんだ」
「お前、今まで見ているだろう」
「だって……」
私は、自然とルーカスの手をきゅ、と強く握っていた。
「全てから解放されて、すがすがしい思いで見る、だなんて……したことなかったんだもの」
ああ、綺麗。
そう思った私の頬を、涙が流れていく。
――やっと、私は『私』であることを……幸せっていうものを、きちんと感じ始めていくんだ。




