29 結ばれることはない
ロザリア、リネーア共にざまぁ回
「……っ、な、何よ」
「いえ、貴女が思っていたよりも物事の把握が出来ていないんだ、って思うと……哀れだ、って思ったから」
わざと厭味ったらしく告げれば、リネーアは顔を真っ赤にしている。
ロザリアはとても楽しそうにしているけれど、ロザリアにも地獄を見せないと気が済まない。逃げようとして、弱いところばかり見せていた私が悪いのかもしれなけれど、元々住んでいた世界に戻って、『これが本来あるべき自分なんだ』ということを、ダイアナ様やルーカスが教えてくれた。
それに、ロザリアだってこのまま幽閉されていたところから逃げ出したまま、っていうのもおかしい。あるべき場所へと戻ってもらわないといけない。
彼女の場合は、転生することを禁じられたと聞いている。
ああ、罪人として終わり、全て、何もかもが『終わる』のよ。ロザリアはもう、体中に罪人の証たる烙印が見える。
これがある限り、転生は叶わないらしい。
「ねぇ、ロザリア。……貴女もそろそろいい加減にしてほしいんだけど」
「……はぁ?」
こちらを忌々し気に睨んでくるロザリアは、覚えているのかいないのか。それか、覚えているけれど今リネーアをいじくりまわすのが楽しくて仕方ない……というところかしら。
「貴女、転生できない烙印を押されている、って覚えている?」
「それがどうしたっていうの?」
「……ヒトってね、死んじゃうと何かに転生するの。次へ次へ、って続いていくはずの命なのよ」
「ハッ、何。ご立派な女王陛下の娘だったからって、ご高説垂れようっての?」
「そんなのじゃないわ、ただ……」
にこ、と私は笑う。
上手く笑えているかしら。
でも、ここを乗り切らないといけない。私は、もう、ロザリアなんか怖がらない、って決めた。たとえ私ひとりじゃなくても、私には、ルーカスがいてくれるんだから。
「ただ、『終わる』の」
「だから何言って……」
「言葉通り、終わって、それから『消える』のよ」
意味が分かったのか、そうでないのか。ロザリアの顔色はみるみるうちに悪くなっていく。
この世界では、『始まり』こそあれど、全てが丸っと『消える』という概念はない。輪廻転生を繰り返し、いつかまた大事な人と巡り合えるから、日頃から良い行いをしなさい、と教えられて育つんだけど……良いことをしない場合、何もかも『その人』の全てが終わる。
ぷつり、と糸を切るかのように、途切れて、再度結ばれることなんかないまま、その人の『魂』そのものも無へと落ちていく。
――拾い上げられることのないまま、終わる。
輪廻転生とか、私自身信じていないし、前世の恋人ともう一度出会うとかロマンチックなことなんてありえない、と思っていたから、人間界で生きていた時も、授業の中で出てきたとはいえスルーし続けていた。
けれど、元の世界――神界に戻って改めて次期女王として勉強をしている内に、少しだけ考えが改まった、というか。
命は、巡っていくんだ。
そう思えるようになってから、本当に、少しだけだけれど、考えを改めることができた。
死ねば終わりだと思っていたけれど、死んだ後も何らかで『私』が続いていく。『私』が作り上げたものが、意識も自覚もないとしても、先の『私』を作り上げる糧となっていく。
だから、普通に死んだ場合は、記憶として残る。思い出も残るし、死を悼んでくれる。
でも……それが『烙印』を押されてしまった場合は、果たしてどうなるのかを、ロザリアはきっと考えていない……ううん、知ろうとしていなかった、ということ。
「消える、って……だって、どうせ死ぬんだから、消えるのと同義でしょ!? 何が違うっていうの!?」
「ロザリアの場合は、違うわ。全ての人の記憶から、貴女は『居なくなる』」
「は!?」
「そういうものですよ、その烙印は。何のために、お前を罰するために神官たちがソレを与えたと思っているんでしょうね……お馬鹿さんだこと」
記憶から消える。
アッシュの記憶からも、ノーマン侯爵夫妻からも、勿論リネーアからも。
「……う、そ」
「そこまで考えていなかった? だとしたら可哀想な人ね」
「あ……」
あんなにも自信に満ち溢れていたロザリアが、こんな姿を見せるなんて……。それに、リネーアだってポカンとしているところを見ると、本質はどうも理解していなかったようね。
あの子、確か神界にいる間、私に代わって女王教育を受けていたんじゃなかったの!?
「ルクレツィア待って、違う、こんな結末を望んでいたんじゃなくて」
「もう、遅いのよ。……それから、リネーア」
「……!?」
「貴女が、ルーカスと結ばれる未来なんて、絶対に、来ない」
リネーアも、さっと顔色を悪くする。
だって、本当のことだもの。そのために『絶対に』を強調しておいた。
「異なる種族が結ばれる場合、次代が生まれるときにどちらかが命を落とす」
「嘘!」
「そういう仕組みなんだから」
「嘘! 嘘って言って! ねぇ、ルクレツィア!」
「……貴女、私と入れ替えられて神界にいるとき、学んだはずよ」
「…………っ!!」
ぎく、と体を固くしたリネーアだけど、もしかして……と思ってルーカスを見れば、げんなりとして頭を抱えていた。
「ねぇ、ルーカス……」
「予想通りだよ」
「あー……」
思わずジト目になってしまってリネーアを見てしまったけれど、ご容赦願いたいわ。
そう、つまり『その内でいっかー♪』とか平和ボケして、神界でなーーーんにも勉強していない、ってオチね!?
「よくわかったな」
「心の声、読まないでよ」
「癖だ」
とてもちょうどいい会話のテンポだけど、そうじゃないのよルーカス!
「どうして咎めなかったの?」
「あまりにお前と違ってるから、咎める気にもなってない」
「……え」
ルーカス曰く、だけれど……『勤勉だったルクレツィアではなくなったから、その瞬間から疑い始めた』ということみたい。
そうね、そういうのってダイアナ様にもさっさと共有してほしかったな……!?
過去のことをあれこれ考えても仕方ないわね、と一旦置いておくとして……。リネーアの実態を今知ったところでどうにもできないし、実はこの二人って似た者同士なのでは?
顔がどうとか言っていたけれど、知能レベルっていうか思考回路一緒に近いんじゃないの?
「だからね」
にこ、と私は笑う。
ここまで言えば、自分がいかに馬鹿なことをしたのか、心から理解したでしょう?
ねぇ、貴女がこんなことをしなかったら、こんなにも重い罰を背負っていないのよ。そして、リネーアが、ルーカスに憧れて余計なことだってしなかったのよね。
「早く、その日が来ることを祈っているわ。ああでも、知っている? アッシュ殿下だけは、貴女のことを忘れることができないんですって」
「……っ、良かった……」
「本当に?」
首を傾げて、問いかけてみた。
「……え」
「考えてみて? 思い出すことができても、世界中の人から貴女……ロザリア・ノーマンの記憶がないのに、どうやって思い出を語り合うことができるっていうのよ」
更に追い打ちをかけたことで、ロザリアの顔から表情がついにストン、と抜け落ちた。
「――あ」
ひゅ、と息を呑んだ音が聞こえたような、聞こえていないような。
リネーアも、『まさかそんな重い罰だったなんて』と呟いているけれど、この子が本当に優しくて思いやりのある子だったら、どうにかできるように働きかけるなりなんなりしていたでしょうに……。
ある程度、ロザリアに押された烙印が定着したところで、アッシュの追放先である、国のはずれにある小さな領地へ送られることになっていた。
死んでからこの事実に気付くよりも、今気づいておいた方が良かったでしょう? ねぇ、ロザリア。
「……ルクレツィア……あんた……」
「性格が悪い? そんなの今更よ」
睨んでくるロザリアを、私は負けじと睨んで、ルーカスの隣へと並び直した。
「私はね、やっと、周りを信じられるようになってきたの。そもそも最初に入れ替えを計画した貴女のせいで! 私は何もかも失いかけていたんだから! やって来たことの報いくらい受けなさいよ!」
叫ぶようにそう言えば、ルーカスが気遣うような眼差しを向けてくれているのが視界に入った。
……そう、もう、一人じゃない。
人間界に居た頃は、ファリエル様が居てくれたけど、今はもっともっと、助けてくれる人がいるんだもの。だからね、きちんと頼りにしようかな、って思えるようにだってなれたの。
「リネーア、貴女もよ。憧れた世界だったのかもしれないけれど、貴女は無理なの。だって、ヒトなんだから」
「――あ、あああああああああ!!」
泣きじゃくりながら何かを言っているけれど、もう知らない。
一時はこのリネーアにも同情していたけど、そんなことしたって……何の意味もないんだから……!
「ねぇ、リネーア。貴女の行動によって、ロザリアはもしかしたらこの事実をきちんと把握しないまま、アッシュ殿下と追放刑を受けるだけだったかもしれないわ。その方が、ロザリアは……きっと幸せだったでしょうね。……可哀想なこと」
決して可哀想だなんて思ってないけど、一応、そう言っておく。
そうすれば、ロザリアだって、リネーアだって、多少なりとも自分の行動を反省するでしょうから。
しなくても良い、そうだったら……色々、思い知れば良いんだわ。




