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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリクトモア死闘編

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第95話 揚がる凱歌

 クルーデの率いた傭兵団。最後の一人が静かに膝をつき、重たげな錠の音とともにコンテナの獄へと収監された。

 その時、戦場に張り詰めていた緊張の糸がふわりとほどけた。辺りに静寂が広がったかと思えば、次の瞬間には歓声が爆発する。


「勝った……! 俺たちは……勝ったぞ!」


 誰かがそう叫んだ。それは火をつける導火線のように、兵たちの喉を解放した。歓声、歓喜、涙。

 そして、その渦の中心に、来栖弾九郎がいた。


「さすがだぜ弾九郎!! マジでクルーデをぶっ殺しちまったな!」


 感極まったヴァロッタが弾九郎に駆け寄り、がばっと抱き上げたかと思うと、そのまま勢いよく肩に担ぎ上げた。


「よせよヴァロッタ、皆が見てるだろ」

「見せてやろうぜ! 俺らの大将をな!」


 力強く笑うヴァロッタ。弾九郎の頬が赤くなるのも構わず、彼は仲間たちにその姿を誇らしげに見せつける。周囲の兵士たちからは歓声と拍手が巻き起こった。

 その中で、まるで凱旋将軍のように弾九郎は讃えられる。


「お見事です、弾九郎殿!」


 重厚な声に振り向けば、メシュードラが整った姿勢で頭を下げていた。


「おう、メシュードラ。お前もよくやってくれた」

「いえ、私の功など弾九郎殿に比べれば微々たるもの……」


 控えめに答えるメシュードラだが、彼のオウガ、ザンジェラには乱剣のデュバルとの死闘の傷跡が刻まれている。

 その沈着さの裏にある誇りを、弾九郎は見逃さなかった。


「さすがだな弾九郎! お前を信じて良かったよ!」


 ツェットの快活な声に、弾九郎はにやりと笑いかける。


「ツェット、マリーから聞いたぞ。妹の仇は取れたのか?」

「ああ。ティートを殺した狼剣のバルボは……地獄に送った」

「それは何よりだ。それになにやら顔つきが変わったな。険が取れて、ずいぶん柔らかくなったぞ」

「ばっ……そんなこと言うな……!」


 言葉では照れ隠しをしながらも、その目には確かな光が宿っていた。


「ダンナ! やっぱり俺の勘は当たってたろ?」


 陽気な声とともにクラットが声をかける。


「おお、クラット! お前には命を救われた。この恩は、生涯忘れん」

「よしてくれよダンナ。俺は借金返すためにやったんだぜ」


 照れくさそうに頭をかくクラット。だが誰もが知っていた。

 命を張るにはあまりに安い五百ギラで、彼が見せた覚悟の重さを。


「弾九郎様! 誠に感服いたしました! 此度の戦で俺は……あまり役に立てず……不甲斐なく思います」


 まっすぐに頭を下げるライガ。その声は震えていた。


「気にするなライガ。これが初陣だ。ならば十分働いた。クルーデを足止めできたのは、クラットとお前のお陰なのだからな」

「ははっ……! ありがたきお言葉……!」


 込み上げる想いを抑えきれず、ライガはその場で大粒の涙をこぼした。子供のように泣きじゃくるその姿を、誰も笑う者はいなかった。


「……あの化け物と正面からやり合ったのだ。これでもう、大概の敵は怖くないぞ」


 弾九郎の言葉に、ライガはこくりと頷き、だが泣き声は止まらなかった。

 この日、彼は真に戦場を知った。そして、自分の居場所を得た。


 歓声に包まれる戦場。

 傷ついた者も、倒れた者も、そこに込めた想いが無駄ではなかったと証明するように、陽光が差し込んだ。


 ──仲間の力を信じ、守り、戦い抜いた者たちの勝利。それは、ただの戦果ではない。

 心を通わせた者たちだけが得られる、何よりも重い勝利だった。


 そして歓声が空へと昇っていくその中に、ただ一人、静かに近づいてくる人影。

 戦場のざわめきがその歩みに霞むほどに、彼女の気配は静謐だった。

 揺れる布のすそ、陽に透ける薄衣。まるで戦火に舞い降りた巫女のように、マルフレアは穏やかな足取りで弾九郎に歩み寄っていた。


「お、おい、ヴァロッタ。いい加減、下ろせ」


 弾九郎は肩車の上から、慌てたように囁く。


「どうしてだよ? こんなに盛り上がってんのに」

「俺はこれから小言をもらうんだ。見下ろしてたら気まずいだろ」


 ヴァロッタは不満げに唸ったが、弾九郎の真剣な顔を見て、しぶしぶ肩から降ろしてやる。

 地に足を着けたその瞬間、弾九郎の顔には戦いの凛々しさとは別の、妙に気まずい気配が滲んでいた。

 少年のような不器用な表情。

 胸の内では、ひたすら「申し訳ない」という思いが膨らんでいた。


 ──そして、その視線の先にいたのが、マルフレアだった。


「あ……マリー……その」


 彼女は何も言わず、ただ弾九郎の前に立つ。

 その顔を上げたとき、彼女の大きな瞳には、いまにも溢れそうな涙が光っていた。


「弾九郎様……」


 その柔らかな声に、彼の心臓が跳ねた。戦場でどれほど血を浴びようと平然としていた男が、今はどこか逃げ腰で、言葉を選びながら口を開く。


「す、すまなかった……。将らしからぬ振る舞いをした。悪いと思っている」


 勝利の余韻に浸る者たちとは裏腹に、弾九郎の胸の内は重かった。

 グァンユとダンクルスの一騎打ち──あれは自分の役目だ。そこまでは間違っていない。

 だが、逃げたクルーデを総大将自ら追うべきだったのか。

 他の者を向かわせるべきではなかったか。

 オウガを動員して森をなぎ倒しながら包囲すれば、いくらクルーデであっても、逃走は不可能だったのではないのか。

 あの判断は、誰かを不安にさせ、心を痛める行為だった。特に──彼女を。


「あなたという人は……」


 マルフレアの声は、微かに震えていた。唇を噛みしめ、懸命に感情を抑えている様子が見て取れる。


「マリー……」

「どれほど……どれほど心配したと思ってるんですか?」


 その一言に、弾九郎の顔がきゅっと引き締まる。


「わ、わるかった。この通り謝る。だから、な、勘弁してくれ」


 両手を合わせ、ペコペコと頭を下げるその姿は、まるでいたずらがバレた子どものようだった。

 戦場を駆け抜けた将とは思えないほど情けないその様子に、マルフレアは不意に吹き出してしまう。


「ふふっ……。何なんですか、もう」


 その瞳からは、とうとう涙がこぼれ落ちた。けれど、それは悲しみの涙ではなかった。

 生きていてくれてよかった、無事に帰ってきてくれてよかった──そんな安堵の涙。


「もういいです。勝ったのですから。それだけで……十分です」


 目尻に指をあて、涙をそっと拭う彼女の顔には、柔らかい笑みが浮かんでいた。

 呆れながらも許しを与えるその言葉に、弾九郎はようやく胸の奥に重く沈んでいた罪悪感を下ろした気がした。


「ありがとう、マリー。此度の戦に勝てたのは……すべて、お前のおかげだ。まさに一番の武功。ベネディクト殿の慧眼は、やはり確かだったよ」


 弾九郎は、そう言って深く頭を垂れた。

 将として、男として、心の底からの感謝だった。


 マルフレアは、はにかむように視線を逸らしたが、その頬には微かに紅が差していた。

 彼女の中にもまた、静かな誇りと嬉しさがあった。


 ──それも当然だ。

 マルフレアの立てた戦略は、文字通り「奇跡」を起こした。


 敵方のオウガ、二百四十八機。死んだのはたった四名──それも、クルーデを含む首脳格のみ。残る二百四十四名の熟練傭兵は、すべて捕虜となった。


 これは、オウガ戦を知る者ほど震撼する戦果だった。


 オウガ同士の戦いで死者が出ることは稀だ。オウガが絶望的なダメージを負っても、乗り手が死ぬことはほぼ無い。いざとなれば、オウガを捨てて逃げることも厭わない。だからこそ、この戦国の世が終わらない。だからこそ、降伏させることは至難の業だった。

 それをここまで完璧にやってのけた。


 勝因は、マルフレアの徹底した知略にある。

 彼女は、敵将クルーデの性質を冷静に、そして深く分析していた。


「クルーデは指揮官ではなく、生粋の戦士──そこに集う者もまた、力の信奉者たち」


 戦術を語る者はおらず、連携も浅い。ただ強く、ただ前に出る者たち。

 その構造こそ、最大の弱点だった。


 個の力では勝てずとも、組織の連携なら勝てる。

 それがマルフレアの見立てだった。そしてその読みは、あまりにも鮮やかに的中する。


 罠に次ぐ罠。誘導、陽動、分断、包囲。敵はまるで、彼女の掌の上で踊るかのように策に嵌まっていった。

 もしも彼らの中に、戦術眼を持つ一人でもいたなら、結果は違っていたかもしれない。

 だが──それすら、マルフレアは事前に潰していた。


 このことは、弾九郎しか知らぬ秘密だ。

 彼女は開戦前にクルーデ軍へ巧妙な調略を仕掛け、四人の離反者を生み出していた。その内通者たちを通じて、敵の戦力や編成を詳しく把握し、特に戦術に秀でた「危険な才」の持ち主がいないかを徹底的に洗い出した。その結果、クルーデの側近に、彼へ意見できるだけの才覚を持つ者は一人も存在しないと確信していた。


 ──だからこそ、勝てた。

 完膚なきまでに、知と統率で、彼らを封じた。


 味方の被害も、また驚くほど軽微だった。

 ライガ、クラット、そして弾九郎の機体を含む十数機のオウガに深刻な損傷は出たが、死者はゼロ。

 圧倒的な成果と、最小限の犠牲。それはまさに、軍神と讃えられて然るべき結果だった。


 そしてその奇跡を、冷静に、迷いなく導いたのが、目の前のこの女性──マルフレア。


 弾九郎は、改めて彼女を見つめた。

 戦いの終わった今も、彼女の姿勢は崩れていなかった。静かで、凛として、どこか厳かですらある。


「本当に……よくやってくれた。お前の働きがなければ、俺たちはここに立っていない」


 その言葉に、マルフレアは小さく微笑んだ。だが、その瞳には誇りと安堵が、しっかりと宿っていた。


「私の策が通じたのは……皆が、それを信じて動いてくれたからです。誰か一人でも乱れていたら、この勝利はありませんでした」

「お前は、自分に厳しすぎるな。だからこそ、俺はお前を頼りにできる。マリー……お前がいてくれて、本当によかった」


 弾九郎の声は、どこまでも真摯だった。

 それを受け止めたマルフレアは、静かに、けれど深く頷いた。


 ──戦が終わってなお、ふたりの間には、言葉以上の信頼が流れている。

 この絆がある限り、グリクトモアの旗は揺るがぬ──そう思えるほどに、確かなものだった。

お読みくださり、ありがとうございました。

オウガの所有権はガントにあり、乗り手はそれを無償で、かつ永久に貸与されている状態です。

また、オウガは貸与された本人にしか動かすことができません。

そのため、乗り手を失ったオウガは、ガントによって回収されます。

なお、戦場でオウガを失った場合でも、乗り手がガントに依頼すれば、新たな機体を再び貸してもらうことができます。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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