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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリクトモア死闘編

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第93話 死闘の果てに

 クルーデのグァンユが、巨大な青龍偃月刀を振るう。鋼の刃が唸りを上げて空を裂き、まるで嵐のように戦場を支配する。四十トンを超える質量がまるで竹刀のように自在に振るわれ、その軌道に容赦という言葉はない。ほんのわずかかすっただけでさえ、機体の破損は免れず、搭乗者の命すら危うい──それは殺意の権化だった。


 だが、弾九郎のダンクルスは、その暴風の只中にありながらも、寸分の狂いなく動いていた。鉄の嵐のわずかな隙間を見極め、数瞬だけ現れる死角を狙い、鋭く、一撃を加える。その動きはまるで、嵐の中を舞う黒燕のように静かで、速く、的確だった。


 だが──それでも、致命打には至らない。


 クルーデの防御は盤石だった。鋼の城のようなグァンユは、傷ついても崩れない。対する弾九郎の剣も、まだその牙を深くは届かせていない。


 それでも、弾九郎の口元はふと緩んだ。かすかな笑みが浮かぶ。


「ふふ……まるで、武蔵坊弁慶だな……」


 遠い昔の記憶。幼い頃、夜な夜な聞かされた英雄譚。千本の太刀を集め、橋の上に立ちはだかった豪傑。力と恐怖を体現した怪物。その姿に心を焦がした少年の日が、今、蘇る。


 そして、弾九郎はもう一人の名を口にした。


「ならば俺は──牛若丸ということになるか」


 囁くようにそう呟いた次の瞬間、ダンクルスの脚部が地を蹴った。砂煙が爆ぜ、地面が震える。黒い巨影が宙を舞い、上空から鋭く落下する。

 狙うはただ一つ。巨塔のように立つグァンユ、その頂──。


 刃と刃が交錯する一瞬が、永遠のように引き伸ばされていた。


 ダンクルスが駆ける。全身のアクチュエーターが悲鳴を上げ、蹴り出した脚が地面を砕き、破片が雨のように宙を舞う。瞬間、グァンユの青龍偃月刀が、鉄風のように横一線を薙ぎ払う。その一撃はまるで台風の刃。だが、ダンクルスは滑るようにその下をくぐり抜け、腰の剣を抜きざまに、グァンユの側面へと鋭い一撃を打ち込む。


 ──火花が弾けた。


 斬撃は深く鋼を抉るも、グァンユの装甲は容易くは割れない。すぐさま反転したグァンユが、巨腕を振るい反撃に出る。刀身が風を裂き、ダンクルスへと迫る。ダンクルスは即座に跳躍し、空中で半回転。そのまま背後へと回り込み、空から蹴り下ろす。


 轟音が響き渡る。グァンユの背中に衝撃が突き刺さるが、クルーデは怯まない。


「見せてみろ! 貴様の修羅というやつをッ!!」


 怒号とともに、グァンユが青龍偃月刀を逆手に振るう。上空にいたダンクルスの脚を掠め、装甲が裂ける。だが、ダンクルスは声もあげず着地し、滑るように距離を取る。血に飢えた猛虎と、獲物を見極める黒狼。両者は互いを睨み合いながら、次の隙を探る。


 観戦する者たちすら息を飲んだまま言葉を失っていた。二機の戦いはもはや戦術でも兵法でもない。「純粋な闘争」だった。速さ、重さ、技、執念。あらゆる要素がぶつかり合い、火花を散らす鉄の交響曲が、戦場に響き渡る。


 再びダンクルスが飛び込む。低く滑り、グァンユの死角へと潜り込む──だがその瞬間、クルーデがまるで予知していたかのように、背中のカウンターブレードを解放。弾九郎は即座に防御姿勢に移るが、肩装甲が抉られ、大きく後退した。


 だが、その表情には焦りがない。


「……面白い。やはり最強の名は間違いではないな」


 弾九郎が微笑み、クルーデもまた薄く口角を上げる。


 そして両者が同時に動きを止める。互いに傷付き、ボロボロになりながらも、立っている。その姿はまさに、修羅と修羅。静寂の中、蒸気が唸りを上げ、オウガの装甲がきしむ音だけが空間を満たしていた。


 ダンクルスとグァンユ、両機が間合いを取る。地を抉り、火花を引きずりながら、最後の位置取り。その場に居る誰もが、次の一撃でこの激闘が終わると予感していた。


 *


「……すげぇ……弾九郎って、あんなに強かったのか……」


 ヴァロッタが思わず唸った。彼の声はいつになく低く、驚愕と畏敬が混じっていた。あの豪胆な男が、まるで神話でも目の当たりにしたかのように目を見開いている。


「クルーデはまさしく怪物……だが、弾九郎殿もまったく引けを取っておらん……」


 メシュードラの声は震えていた。感情ではない。身体そのものが、二機の戦いが放つ気迫に揺さぶられているのだ。それほどまでに、彼らの戦いは異常だった。


「信じられない……クルーデを、あそこまで追い詰めるなんて……」


 ツェットは目を見開き、唇を震わせていた。

 彼女は知っている。クルーデの底知れぬ力を、戦場で目の当たりにした。常識を超えた暴威。それに抗える者など、この世にはいないと思っていた──少なくとも、今日までは。


「だ……弾九郎様は……か、勝てますか?」


 マルフレアの声は細く、震えていた。だがそれは、恐怖ではなかった。彼女の目は真っ直ぐに戦場を見据えている。心の奥で湧き上がる、どうしようもない不安と、それでも信じたいという祈りのような想い。その狭間で、声が掠れていた。


 しばしの沈黙。誰も答えられない。


 しかし、ヴァロッタが口を開く。


「勝てるかどうかは……わからねぇ。だが、決着は──もうすぐつく」


 それは、未来を断言するような言葉ではない。だが、彼の声には確かなものが宿っていた。経験から来る直感、戦士の本能。生と死の境で研ぎ澄まされる勘。それが告げていたのだ。終わりが、すぐそこにあることを。


「……うむ」

「……ああ」


 メシュードラとツェットも、小さくうなずいた。

 三人の戦士が、奇しくも同じ「覚悟」を決めていた。

 万が一弾九郎が敗れれば、即座に仕掛ける。もしそこで自分が倒れたとしても、残った二人がクルーデを必ず仕留める──と。


 マルフレアは、震える拳をゆっくりと握り締めた。

 胸の内で激しく渦巻く感情。信じたい気持ちと、負けてほしくないという願い。だが、今の彼女にできることは、ただ──信じることだけだった。


 *


「弾九郎! 次で最期だ!」


 クルーデの咆哮が戦場に轟いた。


「ダンクルスを叩き潰し、貴様を地に這わせた上で──殺す!」


 その瞳は狂気すら孕んでいた。グァンユが構えを取る。

 刃の根元を握り、まるで大蛇の牙のように、懐へ飛び込んだ敵を両断する体勢──これは迎撃ではない、処刑の構えだった。


 一方、弾九郎はわずかに目を細めると、静かに一言返す。


「……そうか。ならば俺もそうしよう」


 次の瞬間、ダンクルスのボディに異変が起きた。

 ガキィィィィン! という金属がはじけ飛ぶ音と共に、外装パーツが次々に爆ぜるように脱落していく。

 肩、胸部、兜、腰装、脚甲──鎧兜すべてを脱ぎ捨て、ダンクルスは鋼の素肌がむき出しの素体となる。

 装甲という守りを捨て、速度という命綱を手に入れる。その決断に、僅かでも迷いはない。


 次の一撃が最後。

 だからこそ、速さこそが勝敗を決する。


 ──静寂。

 一瞬、戦場の全てが凍りついた。


 そして。


 地が砕ける音と共に、ダンクルスが爆発的な加速を見せる。

 空気を裂き、地を薙ぎ、電光のごとき神速でグァンユへと突っ込む!


「なっ──!?」


 クルーデの視界が揺れた。

 ダンクルスがすでに間合いに入り、標的を狙う──左腕!


 ──ズガァァァン!!


 瞬間、グァンユの左腕が肘から先ごと吹き飛んだ。鋼鉄が裂け、油と火花が飛び散る!


 だが、グァンユも黙ってはいない。支えを失ってもなお、青龍偃月刀は軌道を変え、狂ったように反撃する!


 ギィィン!!


 刃が走る。

 回避は──間に合わなかった!


 弾九郎のダンクルス、左脇に一閃の斬撃!

 その瞬間、左腕が肩ごと断ち切られ、彼の剣が宙を舞う。


 しかし、弾九郎の動きは止まらない!


 ダンクルスは大地を蹴り上げ、半ば空中を駆けるようにグァンユへ食らいつく。

 両脚で巨体に巻き付き、残された右腕で脇差しを抜刀。

 それを一直線にグァンユの首へ──。


 ──ギギィィィン!!


 鋼を切り裂く嫌な音。続いて、クルーデの呻き声が戦場に響く。


「あ……が……ぐ、ッ……!」

「──終わりだッ!!」


 弾九郎の怒声と共に、脇差しが半回転。

 切っ先がグァンユの脊椎を裂き、神経中枢を完全に断ち切った。


 刹那、グァンユの巨体が膝をつき、崩れ落ちていく。

 そしてダンクルスも、そのまま折り重なるように倒れた。


 風が、戦場を吹き抜ける。

 誰も動かない。ただ、そこに立つ者も、倒れる者も、あまりにも凄絶な戦いの終焉を、静かに見つめていた。


 ──それは、死闘。

 神すら黙する、一撃必殺の戦いだった。


 ──ダンクルス対グァンユ。

 鉄と鋼が火花を散らした死闘は、遂に終止符が打たれた。巨大な機体グァンユが崩れ落ち、戦場に静寂が訪れる。


 だが、まだ戦いは終わってはいなかった。


 ゴウン……と鈍く開く音が響き、グァンユの肩甲骨ハッチから人影が現れる。

 黒煙の中、現れた男──クルーデ。

 その表情には敗北の色など微塵もなかった。ただ、生き延びることへの執念だけが残されていた。


「チィ……!」


 唇を噛み締めながら、クルーデは地面を蹴る。次の瞬間、彼の姿は濃密な森の中へと消えた。

 敗走。だが、この男を逃せば──今の勝利すら無意味になる。


「クルーデが……逃げた!?」


 誰もが愕然とした。戦いの終結に気を取られ、一瞬だけ動きが鈍った。

 森は視界が悪く、オウガでは探知が困難だ。しかも彼は人間サイズ。紛れられれば、捜索は困難を極める。


「に、逃がすな! クルーデを追えッ!」


 メシュードラの怒声が戦場に響いた、その刹那──。

 誰よりも早く、弾九郎が動いた。


 音もなく、ダンクルスの肩から飛び降りる。

 先程まで命を預けて戦い抜いた機体を背に、彼はまるで矢のように走り出した。


 その目に迷いはない。獣を狩る剣士の眼差し──今度こそ決着をつけるという決意と共に。

お読みくださり、ありがとうございました。

オウガは人間を模して設計されました。

そのため頭部には、全身の動作を制御する中枢ユニットが搭載されています。

なのでオウガは、手足や下半身を失っても稼働を続けることができますが、頭部から胴体へと繋がる脊椎中枢が破壊されると、完全に機能を停止します。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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