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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリクトモア死闘編

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第90話 決戦の地へ

 戦場の喧騒が、嘘のように止んだ。


 割れんばかりの轟音、衝突、咆哮が、まるで小説の最終頁を閉じるように静まり返る。

 激闘の果て、デュバルの軍は十九機まで削られ、グリクトモア軍も二十五機を残すのみ。両軍ともに満身創痍──勝者を決するのは、もはや意志の強さと最後の一撃だけだった。

 そして両軍の兵士たちが、剣を止め、息を呑んで見守るのはただ一つ──。


 今まさに火花を散らさんとする、二機の巨影。


 丘の頂にて、対峙するはメシュードラのオウガ、ザンジェラと、デュバルのルキーチ。


 どちらもボロボロだった。外殻には幾筋もの裂傷が刻まれ、出力は限界域。だが、眼光──いや、心臓の奥に潜む魂の光だけは、最初よりも強く、鋭く輝いていた。


 デュバルが両腕を広げ、双頭槍を逆手に構える。

 その動きは、猛獣が獲物を仕留める寸前の沈黙。重い空気のなかに、殺意だけが研ぎ澄まされていく。


「見せてやるぜメシュードラァ!! なぜ俺が──乱剣と呼ばれているのかをなァッ!!」


 メシュードラはそれに応じ、静かにザンジェラの左腕から巨大な盾を手放す。重厚な楯が地面に突き立つと、土が盛大に巻き上がった。

 水平に構えたロングソードが、まるで太陽光をそのまま刃にしたかのように、まばゆく輝く。


「いいだろう……ならば、貴様には光剣の神髄を見せてやる」


 丘を包む空気が一変した。風が止まり、時間すら凍りついたかのようだった。地響きすらも、今はこの二人の静寂にひれ伏している。


 光剣対乱剣。

 血と信念で積み上げられた宿命の刃が、今交錯する。


 先に動いたのは──デュバルだった。


「喰らえェッ!! ──乱蛇破裂斬ッ!!」


 ルキーチの双頭槍が旋回し、蛇のような軌跡を描きながら猛然と突っ込む。二つの槍が左右に別れ、螺旋のごとくうねり、ザンジェラに襲いかかる。瞬きの隙すら許されぬ速度で、斬撃、突き、巻きつき、捻じ切る。


 ザンジェラの右肩部が削がれた。続いて左腰、膝、背面装甲。装甲が火花を散らしながら崩れ、まるで金属の雨が降っているかのようだ。


 ──だが、メシュードラは動かない。


 両足を深く地に沈め、両手の剣を腰だめに構えたまま、微動だにしなかった。


「どうしたぁ? 手も足も出ねぇか!!」


 デュバルが吠える。だが、それすらも届いていないかのように。


 そして、メシュードラが静かに呟いた。


「神・光速剣──」


 ザンジェラが大地を裂いて踏み出す。

 その瞬間、世界が切り替わった。


 時間が、止まった。

 いや──あまりにも速すぎて、誰の目にも映らなかっただけだ。


 一閃。

 ただ一度、たった一度の踏み込み。

 まっすぐ、一直線に、最短距離で、心臓を穿つ剣。


 ルキーチの胸部装甲に、ザンジェラのロングソードが突き立っていた。

 その先端は、背部装甲を突き破り、血と油を滴らせていた。


 ──理解すら、追いついていない。


 勝利の叫びを上げるよりも早く、死は訪れていた。デュバルは、その事実すら悟る暇もなく、ただ、静かに終わっていた。


 ザンジェラがゆっくりと剣を引き抜く。

 その瞬間、ルキーチは膝をつき、ぎしりと悲鳴を上げながら前に倒れた。


 重々しい金属音が静寂を切り裂いた。


 その音が、二人の長き因縁に終止符を打った瞬間だった。


 *


「やりやがった! やりやがったぜ、あの野郎ッ!! 見たかツェット!!」


 ヴァロッタの怒号混じりの歓声が、戦場の空気を震わせた。喜びが爆発したその声に、ツェットは未だ呆然とした面持ちで応える。


「あ、ああ……信じられん……。あの速さ……。あれが、光剣のメシュードラ……」


 彼女の目には、先程までそこにあった閃光の残像が焼き付いていた。見えたのは一閃。ただそれだけ。だがそれが、決着をもたらすに十分だった。


 次の瞬間、グリクトモア軍の兵たちが一斉に雄叫びを上げる。勝利の咆哮が、静寂を切り裂いた。ザンジェラがルキーチを屠った、その瞬間を目撃した彼らにとって、それは戦神の奇跡を目の当たりにしたも同然だった。


 戦意を失ったデュバル隊が、ひとつ、またひとつとその膝をつき、武器を捨てる。鉄の装甲が地面に沈む音が、敗北の鐘のように響き渡った。


 それは、無言の降伏。否、誇りを脱ぎ捨て、命乞いを選んだ沈黙の叫びだった。


 降伏した傭兵たちは、コンテナの牢に収容され、グリクトモア城へと護送されていく。その姿を見送るヴァロッタが、拳を強く握りしめた。


「さあ、残ってるのはクルーデのクソ野郎だけだ!」


 メシュードラが静かにうなずき、やがて口を開く。


「……弾九郎殿と合流しよう」

「そうだな……まだ戦いは終わっていない」


 ツェットが軽く頷きながら、残された戦力を見渡す。動けるオウガは二十二機。決して多くはない。だが、その全てが生き残り、死線を越えてきた上級兵達だ。火を灯したままの魂を、再び戦場へと投げ入れる覚悟を携えていた。


「もう、クルーデ本隊との戦いは始まっているはずだ。急がねば──」


 三人の猛者が並び立ち、その背に続く鋼の獣たちが再び吼える。二百四十八機という大軍の牙を、ほとんど削ぎ落とした。残された獲物は、伝説の傭兵クルーデ。最後にして、最大の障壁。


 風が丘を撫でる。その向こうには、決戦の地が待っている。


 *


 メシュードラの後を追うように、デュバルが四十機のオウガを率いて本隊を離れ、クルーデの視界から音もなく姿を消した、その刹那──弾九郎の本隊が、ついに動き出した。湿った空気を切り裂き、重々しい足音がボタニ渓谷の地を鳴らす。


 編成は中級兵四十二機、下級兵三十一機。そこにクラット、ライガ、マルフレア、そして弾九郎自身の四機を加えて、総勢七十七機の軍勢。数の上では、クルーデ配下の残存勢力──四十三機を上回っている。だが、その質においては、比べるべくもない。真っ向から衝突すれば、数が三倍であろうと、敗北は明白だった。


 それでも、弾九郎は一歩も退かず、濁った空を見据えて前に出た。重厚な鋼の装甲に身を包んだその機体が、クルーデの目前で静かに立ち止まる。渓谷の風が揺らし吹く。泥に足を取られそうな足元で、彼の気配は揺るがなかった。


「我こそは来栖弾九郎──クルーデよ、大義の名の下に、貴様を誅する。その首、潔く差し出せ!」


 雷鳴のごとき咆哮と共に、突撃が始まった。七十七機の鉄の軍勢が地を蹴り、ぬかるんだ湿地を力でねじ伏せながら前進する。その先頭に立つ三機──彼らはただの兵ではなかった。まさに戦場を導く神話の獣たち。


「危なっかしいのはイヤだけど、借金分くらいは働かないとねぇ」


 左翼先頭を行くのは、クラット・ランティス。ネイビーブルーのオウガ、ベルクォを操り、柄の長い剣をまるで舞うように振るう。流麗で予測不能な剣筋が、敵の防御を嘲笑うかのように切り裂いていく。クラットの表情にはいつもの飄々とした余裕があったが、その奥底には、静かな闘志が宿っていた。


「我が武威を思い知れ!!」


 右翼を任されたのは、ライガ・ライコネン。黄金の機体、ガオウが双剣を振るい、烈風のごとく敵を斬り伏せていく。その姿は、まるで伝説の戦士が今ここに再臨したかのようだった。初陣とは到底思えぬ戦いぶりに、味方でさえ息を飲む。


 二人の役割は明確だった。マルフレアの策により、彼らは敵に致命傷を負わせるのではなく、腕や脚、胴を切り裂くことで機能を落とし、戦列後方へ送り込む。そして、待ち構えていた中級兵たちが、手負いの敵を三機一組で包囲し、とどめを刺す。流れるように、冷徹に、戦場は刻一刻と敵を削っていく。


 その中で、ただ一人、弾九郎は異質だった。ダンクルスはまるで戦神の化身のように、敵を一撃で屠りながら進んでいく。その剛撃は見る者すべてを圧倒し、味方の士気を奮い立たせ、敵の心を砕いた。


 戦局は、確かにこちらに傾いていた。だが、それは単に人とオウガの力だけではなかった。このボタニ渓谷──湿地帯という地形そのものが、グリクトモア軍に微笑んでいた。


 湿地の土は重く、粘り、容易には歩かせてくれない。オウガのような重量機は足を踏み出すごとに沈み、踏ん張れば更に地中へと呑まれる。だが、マルフレアはこれを予見していた。全機に湿地用の広底靴を装備させていたのだ。動きはやや鈍るが、泥に囚われるリスクは激減する。


 地形の選定。装備の準備。すべてが噛み合った時、勝機は生まれる。彼女はそう信じていた。いや──信じねばならなかった。


 戦は、ただの力比べではない。智と、覚悟と、そして「信」の上に築かれるのだ。

お読みくださり、ありがとうございました。

ボタニ渓谷は湿地帯でありながら、オウガたちが行き来できる街道も通っています。

クルーデはその街道をまたぐ形で陣を敷いているため、オウガすべてが足場の悪い場所にいるわけではありません。

そこでマルフレアは、左右の湿地帯から攻撃を仕掛けつつ、街道正面からは弾九郎が進軍するという戦術を選びました。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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