第89話 光剣と乱剣
轟音とともに吹き飛ばされたのは、デュバル隊の後方にいた二機のオウガ。その爆風に巻き上がった土煙の中から、錆色と青色の機体が現れる。
ヴァロッタ・ボーグのツイハークロフト、そしてツェット・リーンのファルシオン。
それぞれ四機の上級兵を従えていた。合計で八機。だが、その存在感は、数以上の重圧を戦場にもたらした。
緊張と驚愕が、デュバル隊を襲う。突然背後を断たれたのだ。前にはメシュードラ、後ろからはヴァロッタとツェット。かつてない三方向からの挟撃──まさに死地に追い込まれたかのようだった。
計算がデュバルの頭をよぎる。こちらは当初四十一機。だが、先の襲撃で二機を失い、今は三十九機。
一方、敵は──前方のメシュードラ隊が二十五機、背後から現れたヴァロッタとツェットがそれぞれ四機の部下を率い、計十機。
合わせて三十五機。数の上では、辛うじて四機上回っている。
だが──そんな計算が、何になる?
こちらは熟練とは言え、ただの傭兵。対するグリクトモア軍には、光剣メシュードラ、鉄鎖のヴァロッタ、氷剣のツェット──「怪物」が三人もいるのだ。
「よお、デュバル!」
ヴァロッタが笑う。だがその声音には、刃のような冷たさが宿っていた。
「まんまと出てきやがったな。テミゲンの後を追わせてやるぜ!」
「バルボも先に逝ったぞ。せいぜい地獄で仲良くするんだな」
ツェットが無表情に言い放つ。その言葉に、デュバルは顔色を変えた。
「……嘘だろ……テミゲンとバルボが……?」
心が凍りつく音がした。信じられない。否、信じたくない。
大陸十三剣の中でも異彩を放つ二人、虐剣テミゲンと狼剣バルボ。八十機ずつを率いた彼らが、まさか討たれたというのか。そんな芸当が可能なのは──そう、ダンクルスのみ。だが、その出現を示す報は未だ届いていない。まさか、それすらも欺瞞だったのか……?
「心配するな、デュバル」
静かに、だが決して逃れられぬ死刑宣告のように、メシュードラが言った。
「クルーデも間もなく地獄へ行く。我が主の手によって、な」
その言葉を合図に、ザンジェラが疾風のように駆ける。ロングソードを振りかざし、ルキーチに斬りかかった。
「くそっ──!」
咄嗟に反応し、デュバルが迎撃の姿勢を取る。しかし、それと同時に、グリクトモア軍が全体で動いた。一糸乱れぬ連携。すでに包囲は完成していた。逃げ場はない。
「メシュードラの邪魔はさせねぇぜ!」
ツイハークロフトの槍が、ザンジェラに迫る敵機を貫いた。ヴァロッタの獅子のような咆哮が戦場を揺らす。
ツェットの眼差しが、遠い記憶の中の仇敵を超えたものに変わっていた。
「私はもう……目的を果たした! メシュードラ! あとは存分にやれ!!」
その叫びは、まるで過去を焼き払うかのように響いた。
鼓動のようにザンジェラが動き出す。ロングソードが弧を描くたび、空気が裂け、敵機の装甲を叩く轟音が響く。その剣はもはや兵器ではない。意思を持った裁断の刃。──デュバルを断罪するために振るわれる、光の死神だった。
両雄、激突。
純白の装甲に金の縁取りを持つ神聖なる巨体──メシュードラのザンジェラが、轟音とともに地を蹴る。右手に握られたロングソードが閃光を放ち、左腕に構えられた巨大な盾が稲妻のような守りを備える。
それに対するは、鋭い緑の閃光──ライムグリーンのルキーチ。毒々しいまでに鮮やかな機体色の中に、双頭の黒鉄槍が唸りを上げた。デュバルが乗り込むこの機体は、攻撃性に特化した突撃型。その二枚刃が、猛獣の牙のごとくメシュードラに襲いかかる!
「いくぞメシュードラ! 俺の槍を受けてみろォッ!!」
「かかってこいデュバル!!」
応じた瞬間、激突。
ルキーチの双頭槍が、空間を裂くように振るわれた。一本目が縦に、もう一本が回転と共に横へ。鋭く交差する刃の軌跡を、メシュードラはほんの数ミリの間合いで躱す。続けざまにロングソードを叩きつけるが、デュバルもただの粗暴者ではない。
「なめるなァッ!」
双頭槍が盾に弾かれ、火花を撒く。その隙を逃さず、ルキーチが体当たりを仕掛けた。だがザンジェラは巨体でありながら軽やかに後退、盾で衝撃を吸収しながら、剣を地面すれすれから斬り上げる!
ガガァンッ!!
衝撃音が戦場に轟いた。
空中で交差する機体。ルキーチのブースターが唸り、ザンジェラの剣筋が刹那の隙を狙う。しかし、決まらない。決まらせない。まるで互いの思考を読んでいるかのように、両者の攻防は精密極まる読み合いと反応で拮抗し続ける。
一瞬──。
ザンジェラの盾が、予想外の角度からルキーチの腕部を殴りつけた。その衝撃でデュバルの体が大きく仰け反る。が、彼は吠える。
「これで……終わると思うなッ!!」
ルキーチの両肩から補助ブレードが展開され、瞬間加速。風の如く滑り込み、双頭槍が十字に閃く! メシュードラも瞬時に反応し、剣を捻ってガード。そして、巨大な盾でその勢いを殺す!
接近戦。超至近距離での斬撃と刺突の応酬。槍と剣、力と技、猛と静。数秒で百を超える攻防が交わされたかのような激しさの中、両者の機体は火花を散らし、時折爆発音さえ響かせた。
──どちらかが一歩でも遅れれば、それが即、死を意味する。
「いいぞ……いいぞォ! これだ、こうでなくちゃなァッ!」
デュバルの瞳が爛々と輝く。戦いに酔い始めていた。憎しみも、劣等感も、いまやただの燃料に過ぎない。純粋な力と力のぶつかり合い──それが彼の本能を熱くする。
「……貴様は、ここまでだ」
だが、メシュードラは静かだった。ザンジェラの動きに無駄はなく、呼吸は乱れない。その剣はただ、勝つために振るわれる。冷静でありながら、激しい。
──それこそが、彼の「強さ」だった。
斬り、突き、躱し、殴り、距離を詰めては開き、また斬りかかる。
まるで踊りのような、あるいは殺し合いの儀式のような時間が続いた。
そして。
金属がぶつかり合う音が止まった。
二機は距離を取り、お互いを正面から見据えた。周囲ではグリクトモア軍とクルーデ軍の戦闘が激しさを増しているが、二人の空間だけは別世界のような静けさが広がる。
白と金の神剣。
毒緑の猛槍。
戦いは、まだ終わらない。だが──互いに理解した。
次の一手こそが、勝敗を分ける。
風が、戦場の血と硝煙を巻き上げて吹いた。デュバルの目に宿る殺意と、メシュードラの瞳に宿る静かな覚悟が、再びぶつかろうとしていた。
*
メシュードラ・レーヴェンは、アヴ・ドベック王国に連なる名門、レーヴェン家の嫡男として生を受けた。白亜の大理石で築かれた屋敷、香木と書物の薫り漂う書斎、朝な夕なに響く剣戟の音。すべてが、彼の未来に「騎士」と「柱石」の名を刻むために用意されたものだった。
貴族の子としての矜持──それは教え込まれたものではなく、血肉となって彼の内にあった。高潔であること。剣は守るためにあり、力は秩序のために振るわれるべきだという信念。その理念は、十三歳でオウガを与えられ、王グンダ・ガダールの命により武者修行に旅立ってからも揺らぐことはなかった。
最初の戦場は、ラドノック王国とオーヘント王国の領土紛争。火と煙が立ちこめ、倒れ伏す兵たちの呻きが大地を染めるなか、メシュードラはある一人の少年と出会った。
同い年のデュバル・ボルグ。
無骨で、粗野で、しかし槍の才だけは恐ろしく鋭い男だった。戦場のただ中で互いに背中を預け、言葉少なに剣を交えることで通じ合った。打ち解けるのに時間は要らない。互いにまだ少年で、戦場の空気にも馴染みきれていなかったのだ。
だが、それも束の間だった。
戦が終わり、死体の山の向こうで──メシュードラは見たのだ。
焼け落ちた村の中、女や子供の泣き声を尻目に、味方の傭兵たちと共に、歓声を上げながら略奪を繰り返すデュバルの姿を。
そのとき、心の奥底から湧き上がった感情は、言葉にならなかった。
怒りか。悲しみか。あるいは、吐き気を催すような拒絶か。
──ただひとつ、確かなことがあった。
「こいつとは、分かり合えない」と。
貴族の家に生まれ、守るべきものと育つ者。
傭兵の家に生まれ、生き延びるために戦う者。
根幹からして違っていた。信じる正義も、剣の意味も、まったく異なっていた。
それから幾度となく、戦場で出会った。味方として並び立つこともあれば、敵として刃を交えることもあった。が、そのたびにメシュードラの心に残るのは、あの略奪の夜の光景。そして、戦場においてもなお「正義」を語ろうとする自分を、冷笑するようなデュバルの目だった。
──憎しみ。
互いの存在が、互いの「信念」にとっての最大の侮辱だった。
時が流れ、両者は「大陸十三剣」と呼ばれる存在へと上り詰めた。それぞれの戦い、それぞれの信条、それぞれの命を賭ける場を経て、今、再び剣を交えている。
この一戦が何度目の対決かなど、もはや数える意味はなかった。
だが、ひとつだけはっきりしている。
──これが、最後の戦いだ。
メシュードラは剣を構え直す。
心は静かだった。だが、その瞳には、一切の迷いも慈悲もなかった。
戦場の騎士として。理を掲げる剣として。
デュバルという「呪い」を、ここで断ち切る。
お読みくださり、ありがとうございました。
デュバルの父は、大陸でも名を知られた傭兵であり、戦場で最も楽しみにしていたのは略奪でした。
彼のもとに集まった仲間たちも、同じような価値観を持つ傭兵ばかりで、デュバルは幼い頃からその環境の中で育てられたのです。
だからこそ、まるで正反対の価値観を持つメシュードラに対して、強い嫌悪感と劣等感を抱かずにはいられません。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




