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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリクトモア死闘編

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第87話 氷刃の断罪

 ツェットのファルシオンと、バルボのヴァーランが対峙する。氷と獣。理性と本能。冷たく澄んだ蒼の刃と、唸る灰色の鉤爪が、わずか十数メートルの距離で互いの気配を研ぎ澄ます。


 先に動いたのはヴァーランだった。


「オォォォォオオオ!!」


 咆哮一閃、バルボの駆動ブースターが爆発的な推進力を生み出し、大地を砕く衝撃と共に突撃を開始する。その姿はまるで鉄の狼。両腕の鉤爪が唸りを上げ、空気を裂いて迫る。


 だが、ツェットは微動だにしない。

 彼女のファルシオンは、その瞬間まで無駄な動きを一切見せず、獲物を待つ氷像のように静止していた。


 ──そして、バルボが距離を詰めきった刹那。


「来い、狼剣……氷の檻に沈め!」


 冷気が爆ぜる。ファルシオンのブースターが逆噴射し、地を滑るように後退。ヴァーランの鉤爪が空を斬り、わずか数ミリで外れる。そしてその懐に──ツェットの片刃剣が鋭く、正確に滑り込む。


 刃がヴァーランの腹部装甲に食い込む寸前、バルボは機体を捻った。

 金属同士が火花を散らし、刃は滑って浅く掠めるにとどまるが、その勢いのままヴァーランの膝がファルシオンの脇腹にめり込む。

 想定外の衝撃にツェットが思わず息を呑む。が、次の瞬間にはすでに盾が跳ね上げられ、バルボの顎へと見舞われた。


「ぐあっ! チッ……!」


 機体が一瞬、宙に浮く。それを狙っていたツェットの剣が稲妻のように振り抜かれるが、バルボは咄嗟に地面を蹴り、回避。彼の鉤爪が旋回しながら円を描き、反撃としてファルシオンの左肩をかすめる。


 金属の削れる音が高らかに響き、切り裂かれた装甲片が飛び散る。

 二人はほぼ同時に跳び退き、距離を取った。


 息を、殺す。

 互いに相手のリズムを探るように、数秒の沈黙が戦場を包んだ。


 そして、次の瞬間。両者、再び同時に動いた。


 ──火花と冷気が交錯する。


 ファルシオンが三連撃を叩き込み、ヴァーランの鉤爪がそれを払い、逆に低い姿勢からの跳躍で頭上を取る。そのまま背後を狙って振り下ろされる爪。

 だがツェットは、まるで背中に目があるかのように体を反転させ、盾で完全に受け止めた。


 反撃の一閃。直撃すれば機体が分断されかねない重撃。しかし、バルボもまたそれを読み切っており、間一髪で跳躍。中空で姿勢を崩しながらも、片足でファルシオンの頭部に蹴りを叩き込む。


 ツェットの視界が一瞬だけぐらつく。

 その一瞬に、バルボは両腕に力を込める。鉤爪が伸び、雷光を帯びる。


「喰らえッ──狼牙爆爪撃!!」


 ヴァーランが地を滑るように突進し、電撃のごとく襲い来る。だが、それを待ち構えるように、ツェットのファルシオンも剣を両手に構え、低く身を沈める。


 彼女の冷静な声が響いた。


「凍れ──絶零・断華」


 空気が凍りつく。剣の一振りに纏わされた氷気が螺旋となって旋回し、まるで氷の華が咲くように周囲を白く染め上げる。


 そして──。


 二つの技が、いままさにぶつかろうとしていた。


 爆裂する雷と、断ち切る氷。

 獣の怒号と、氷刃の静寂。

 それぞれの「力」と「信念」を刃に乗せ、最後の一撃が今まさに振るわれようとしている──。


 その瞬間、戦場は息を潜め、時が止まった。


 爆裂。轟音。閃光。そして、氷華の咆哮──。


 ギィィィィィン!!


 天地がひっくり返るような衝撃が戦場を貫いた。

 雷光纏うバルボの鉤爪が、一直線にファルシオンの胸元を狙って突き刺さる。だが、その直前。右腕に装着された円盾がその猛撃を迎え撃った。


 ズガァァァァァン!!


 空間が歪み、爆発のような衝撃波が巻き起こる。

 冷気と雷気、二つの異なる属性が交錯し、まるで空そのものが軋むかのような音が響いた。


 鉤爪は円盾に深い爪痕を残し、なおも突進の勢いでファルシオンの右肩に突き立つ。装甲が裂け、冷却液が蒼く噴き出す。

 だがその直後、ツェットの剣もまたバルボの左肩を深々と抉り、ヴァーランの腕部フレームに火花を散らせる。


 互いの機体が軋み、呻き、悲鳴を上げる。


 爆発的なエネルギー放出の中心で、二人は拮抗する。

 推進剤の煙と蒸気が噴き出し、視界が真っ白に包まれる中、数秒にも満たぬその膠着は、永遠にも似た緊張を孕んでいた。


 そして──風が吹き、視界が晴れる。


 そこにあったのは、互いに剣と鉤爪を打ち合い、膝をつきかけながらもなお睨み合う、蒼と灰の巨人。


 ツェットのファルシオンは右肩から火花を散らし、腕の可動域が半ば失われている。

 一方のヴァーランも左腕が完全に垂れ下がり、肩装甲は粉々に砕けていた。


 どちらも、あと一撃で終わる。

 機体も、そして精神も、限界はすでに目前だった。


「ハァ……ハァ……まだ、立ってやがるか……」


 バルボの息は荒い。だが、その瞳は獣のように血走り、まだ終わらせる気はないと吠えていた。


「当然……ここで終わらせるわけには、いかないからな」


 ツェットの声もまた、疲労と覚悟を滲ませながら、それでも静かに、凛としていた。

 氷のように冷たいが、決して折れぬ意思が、彼女の瞳に宿っている。


 アデム守備隊もバルボの配下達も、誰一人として言葉を発する者はいない。

 ただ、二人の戦士が発する圧と緊張に呑まれ、固唾を飲むばかりだった。


 やがて、二人は静かに構えを取り直す。


 ツェットのファルシオンが剣を担ぐように構え、身を屈めた。蒼く閃く刃が日の光を受けて輝く。

 バルボのヴァーランは残された右の鉤爪を前に突き出し、牙を剥いた獣の如く低く身を伏せた。


 そして、同時に動く。


 これが、最後の一撃。

 互いの命運を分かつ、真の決着の瞬間が、いま始まろうとしていた──。


 風が止む。


 世界が息をひそめたような沈黙の中、二機の巨人が地を蹴った。

 蒼と灰──光と影──それはまるで、時空を裂く閃光の奔流。


 まず飛び込んだのはヴァーラン。雷撃を纏った鉤爪が、弧を描きながらファルシオンの首筋を狙って突き出される。

 その勢いは、猛虎の突進にも匹敵する凄まじさ。まさに一撃必殺。決める気だった。殺し切るつもりだった。


 だが──遅かった。


 次の瞬間、ツェットのファルシオンは、消えていた。

 否、あまりにも速く動いたため、残像を残して視界から消えたように錯覚させただけだった。


 全体重を乗せた剣が振り下ろされる。


 弾九郎との立ち合いで彼女が見せた奥義。

 絶零・無式──構えの間すら省略する、氷のように冷酷で、死を与えるだけの斬撃。バルボはその剣を避けられない。弾九郎ですら躱せなかったその剣を。


 ズシャアァァッッ!!


 鈍く、重い金属の裂ける音が戦場に響き渡った。


 ヴァーランの動きが止まった。

 だが、その鉤爪は、ツェットに届いていない。


 次の瞬間、真っ直ぐに伸びていたその巨体が、音もなく中央から割れた。

 頭部から腰部へと一直線に走った深い断裂。中心から蒸気と火花を噴き出しながら、ヴァーランはその場に崩れ落ちた。


 バルボの肉体は断裂と共に二つに分かれた。

 剣が通った瞬間すら、彼は認識できていなかった。


「……終わった」


 ファルシオンの肩が小さく震え、剣を引く音がかすかに響く。

 日の光を受けて蒼く輝いた刃は、まるで今、氷の彫刻をひとつ断っただけのような静けさだった。


 戦場に沈黙が降りる。

 誰も声を上げられない。ただ、死闘を見届けた者たちが、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。


 ツェットは静かに一歩踏み出し、倒れたヴァーランを見下ろした。


「ティート……こんな事しかしてやれなくてごめん……こんなお姉ちゃんで……」


 その声は、小さく、しかし確かに届く。

 冷たい風が吹いた。まるでティートの魂が、ツェットを讃えるかのように。


 *


「……やった……!」


 誰かが、呟いた。


「ツェットさんが……氷剣が……大陸十三剣のバルボを倒した!」


 その声が、乾いた大地に火を灯すように広がっていく。次の瞬間、アデム守備隊の兵たちは一斉に槍を高く掲げ、鬨の声をあげた。歓喜の咆哮が戦場に響き渡り、陽炎のように震える空へと駆け上がっていく。


 その中心に立つのは、剣を担いだまま蒼き巨体を静かに揺らす、ファルシオンの姿だった。


 ツェットは沈黙の中で数秒間、ヴァーランの残骸を見下ろしていた。そして、歓声が収まり始めた頃、彼女はゆっくりと顔を上げ、ファルシオンの外部スピーカーを通して、目の前の敵に言い放った。


「見ただろう、バルボは死んだ」


 その声には、激情も誇張もない。ただ冷たく、しかし揺るぎない確信があった。


「もはやお前たちに勝ち目はない。生き延びたければ、今すぐオウガを降りろ。だが──バルボの後を追いたいなら、私が手伝ってやる」


 沈黙。

 それは恐怖でもあり、敬意でもあった。


 敵の傭兵たちは、ツェットの剣が放った一閃の意味を、いやというほど思い知らされていた。三十三機あったヴァーラン部隊は、今や、将を失い、統率を失い、命を拾っただけの抜け殻だ。

 一機、また一機と、オウガが膝を折る。油圧音と共にハッチが開き、中から無言の傭兵たちが降りてくる。その背に、もはや戦う意志はなかった。


 やがてすべての敵機が沈黙し、三十二の影が戦場に整列した。


 彼らはコンテナを改造した簡易牢へと誘導される。静かに、黙々と、まるで何かを悔いるかのように。その目には敗北の色だけが宿っていた。


 こうして、アデム砦の戦いは幕を閉じた。


 勝者はグリクトモア軍。死傷者無し。

 敗者はクルーデ軍。死者、わずかに一名。

 名を、狼剣のバルボ・アルベル。

 彼を討ったのは、大陸十三剣──氷剣のツェット・リーン。


 ツェットは後方へ振り返り、兵たちの中へ指令を飛ばした。


「後の処理は、手筈通り頼む」


 それは、沼に沈んだ敵機の回収とパイロットの拘束。無血開城と同じ意味を持つ、完全なる制圧作業だ。


 そして彼女は、何の躊躇もなく、前を向いた。


「私は、合流地点へ行く」


 言葉と共にファルシオンが動き出す。ツェットは上級兵四機を引き連れ、地平線の向こうへと歩を進めていった。


 勝利の余韻など、彼女には必要なかった。


 戦いは、まだ──終わっていないのだから。

お読みくださり、ありがとうございました。

オウガの武器にはさまざまなオプションがあり、乗り手の好みに応じて選ぶことができます。

雷撃や火焔を放つ装備は人気がありますが、ツェットのように冷気をまとう武器は珍しい部類に入ります。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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