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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリクトモア死闘編

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第84話 ヴァロッタ対テミゲン

 ヴァロッタの攻撃が、テミゲンの技巧に弾かれ、逆に鋭く刈り込まれる。徐々に、だが確実に、装甲が削られていく。ツイハークロフトの外殻に亀裂が走り、鉄の皮膚が剥がれていく。


 その劣勢を見て、六機のうちの二機が割って入った。


「ヴァロッタさん! 下がってください!」


 だが、それはあまりにも無謀だった。テミゲンの反応は一瞬──まるでそれすらも読んでいたかのように、殺意をまとった槍が唸りを上げる。


 一機は腹部を貫かれ、油を撒き散らしながら崩れ落ちる。もう一機は首を斬り飛ばされ、地面に激突した。鋭く、速く、そして迷いのない一閃。見ていた者の誰もが、その一瞬の芸術的な殺戮に言葉を失った。


 だが、それでも、彼らの介入が無駄ではなかったことは確かだった。ヴァロッタは、致命傷だけは免れた。


「さて……そろそろ死んでもらいましょうか」


 テミゲンの声は低く、嗜虐に満ちていた。


「ご安心を。すぐには殺しません。あなたの腕も脚も、一本ずつ丁寧に切り落として差し上げます。死ぬのはそのあと──ふふ、楽しみですね」


 その笑みは、殺しの愉悦に酔いしれる悪鬼のそれだった。そして、ヴァロッタは唇を噛みしめながら、なおも立ち向かう構えを崩さなかった。


「……わかったよ。槍だけじゃ、テメェには勝てねぇってことがなぁ」


 息を吐きながら、ヴァロッタは静かにツイハークロフトの腰へ手を伸ばした。重く沈んだ動作。だが、そこには確固たる決意が宿っていた。腰のフックから引き抜いたのは、身体に巻き付けていた巨大な鉄鎖。蛇のようにうねりながら地に落ち、その先端には鈍く光る重錘がぶら下がっていた。


「……なんだそれは? まさか苦し紛れのオモチャか?」


 テミゲンが鼻を鳴らすように笑う。しかし、ヴァロッタは何も答えず、鎖を回し始めた。唸りを上げて宙を裂く鉄の軌道が、やがて視界に残像を描く。まるで盾のように広がる鎖の円。下手に踏み込めば槍が絡め取られることは明らかだった。


 テミゲンは小さく舌打ちをし、自然と防御の構えを取る。思わず「オモチャ」と蔑んだ自分の言葉が、裏目に出たかと内心をかすめる。


 その鎖の盾の裏側で、ヴァロッタの右手が槍を静かに回し始める。鎖と槍。これまでの常識では交わることのない武器が、ヴァロッタの手で融合する。

 それは彼自身が編み出した戦法──すなわち、「鉄鎖槍術」。


「行くぜ、テミゲン!!」


 鉄鎖の旋風を纏いながら突撃。突き出された槍を、テミゲンは鋭く弾く。が、すぐさまその隙に、鎖の先端が襲いかかってくる。双撃の応酬。

 だが、テミゲンは大陸十三剣の名を冠する猛者。その眼は既に、戦法の死角を見抜いていた。


(両手がふさがってる……片手ずつの攻撃じゃ、決定打にはならん。だったら──)


 接近戦で潰す。それがテミゲンの答えだった。槍の首元を握り直し、姿勢を低く構える。鎖に絡まれても構わない。力で押し通し、ツイハークロフトの装甲ごと貫けばいい。


 その殺意を乗せた踏み込みに、ヴァロッタは反応する。腰を落とし、鎖の盾を高く掲げる。そして、鉄の蛇を解き放つように鎖の先端を投げつける──が、テミゲンは読んでいた。素早く身をひねってそれを躱すと、槍の穂先がツイハークロフトの腹部を目がけて突き込まれた。


 衝突音が爆ぜる。しかし、その槍は貫かなかった。音とは裏腹に、槍の穂先は鎖の網に絡みつき、腹部に達することはなかったのだ。


「……なっ!? 槍が抜けん!!」


 混乱するテミゲン。その刹那、ヴァロッタが吼える。


「もらったァ!!」


 ツイハークロフトが素早くトトイカの槍を掴み取り、蹴り上げた。鉄脚がトトイカの腹を直撃し、鋼の巨体が後方へ吹き飛ぶ。地面を引き裂きながら転がったトトイカが身を起こすと──そこには、自身の槍を握るヴァロッタの姿があった。


「な、なんだ……なにが起こった……?」

「左手の鎖はただの囮さ。お前の槍を封じるために張った罠……網の中に、誘い込むためのなぁ!」


 ヴァロッタの槍が構えられる。テミゲンは、初めて背筋に冷たいものを感じた。

 武器を失った今、彼には防ぐ術がない。


「喰らえ!! 鉄鎖嵐龍撃ッ!!」


 名を叫ぶ。だがそれは技巧ではない。ただただ速く、正確に、一点を穿ち続ける。

 連続する突きは数秒で数十回を超え、そのすべてがトトイカの胴へ集中した。


 テミゲンは本能的に左腕の盾で防御するが、それは無意味だった。一点集中の突きで盾と腕はあっさりと貫通し、次の瞬間、槍の一突きが腹部の装甲を破砕する。


「ぐあっ……!!」


 衝撃で中枢系が一瞬停止。トトイカは膝をつき、甲高い悲鳴と共に地に伏す。地響きを立てて横たわる巨体は、もはや二度と立ち上がることはなかった。


 静寂が、その場に訪れた。

 ヴァロッタは荒く呼吸を繰り返しながら、槍を構えたまま動かない。だが、その姿勢には、戦士としての誇りと、仲間を守る覚悟が滲んでいた。


「……まさか、死んでねぇよな?」


 ヴァロッタはツイハークロフトをゆっくりと進ませながら、倒れたトトイカの背面装甲へ手を伸ばした。金属が軋む音とともに、肩甲骨あたりの分厚いプレートが引きはがされる。その奥、煙を上げるシリンダーの陰に──小さな人影が震えていた。


「ひぃっ!!」


 テミゲンが跳ねるように飛び出す。しかし、逃げる間もなく、ツイハークロフトの鋼の指が彼をがっちりと掴んだ。まるで獲物を捕らえた鷲のように。


「まっ、待てっ! 降伏する! 降伏だ、降伏!」

「ほう……やけに物わかりがいいじゃねぇか」


 ヴァロッタの声には嘲りが滲んでいた。鋼の指に挟まれ、テミゲンは情けないほど身をよじる。


「来栖弾九郎の……いや、お前の下でもいい! どんな命令でも従う! 私は有能だぞ! 必ず役に立つ! だから、命は、命だけは助けてくれっ!」


 その懇願は、かつて虐剣と恐れられた男のものとは思えないほどに惨めだった。勝者の手の中で震えながら命乞いをする姿は、まさに絵に描いたような末路。


「お前、今まで何人の命乞いを無視してきたんだ? ……それなのに、自分だけは助けてくれってか?」

「い、いや、あれは……! もうしない、誰も殺さない! 本当だ! 本当に変わるから……だから、どうか……!」


 必死に繰り返す懇願。だが、ヴァロッタの瞳には冷たい光しか宿っていなかった。


「そうか……そこまで言うなら、ひとつ試してやる。これから手を離すから、それでも生きていたら見逃してやるぜ」


 ツイハークロフトの腕が持ち上がる。地上までの距離は優に十メートルを超える。もしも真っ直ぐに落とされれば、常人であれば助かる見込みはほぼない。だが、自分の身体能力と体術を駆使すれば落下にも堪えうる……という計算が、テミゲンの瞳に灯った。


「わ、わかった! それで見逃してくれるんだな……?」

「ああ。生きていたらな」


 次の瞬間、ツイハークロフトは大きく振りかぶった。


「──あっ」


 鋼鉄の巨腕がテミゲンを城壁へと叩きつける。耳をつんざく破砕音。血飛沫が石壁に飛び散り、砕けた骨と肉片が地に落ちる。哀れな願いは無残に粉砕され、命の灯火は瞬時に潰えた。


「弾九郎が『殺せ』って言ったんだ。生かしておくワケねぇだろ!」


 吐き捨てるようにそう呟くと、ヴァロッタはツイハークロフトの拳を高々と掲げた。


「見たか! 諏訪のナンタラさんよッ! テミゲンのクソ野郎はこのヴァロッタ・ボーグが──ぶっ殺したぜッ!!」


 咆哮が轟く。城壁に響き渡るその雄叫びに、味方の士気が爆発したかのように、グリクトモア守備隊のオウガたちが次々と駆け寄ってくる。


 テミゲンの側近たちはすでに武器を捨て、膝をついていた。戦いは終わった。完全なる勝利。名実ともに、グリクトモア攻略軍は壊滅したのだ。


「よし、次だ」


 ヴァロッタは即座に指示を飛ばす。戦の熱が冷めぬうちに、次の行動へ移る。


「閉じ込めた連中が抜け出さねぇよう、きっちり見張っておけ! 潰れたオウガからは敵兵を引きずり出すんだ。あとは例の合図、時間が来たら忘れるなよ! 俺は合流地点に向かう!」


 ツイハークロフトが振り返り、戦場を後にする。背に従うのは四機の上級兵。血にまみれた戦いはひとまずの区切りを見せたが──その瞳に宿る光は、まだ「終わり」を見ていなかった。

お読みくださり、ありがとうございました。

ヴァロッタが分銅鎖を投げつけたのは、テミゲンの刺突を右側に誘導するためです。

右から突進してくる槍であれば、自分も右回りに動くことで回避できます。

そして、胴体すれすれを通過する槍先を、身体に巻き付けている鎖の網で絡め取るのです。

これは、槍の使い手と戦う中でヴァロッタ自身が編み出した独自の技です。

名前は特にありませんが、彼にとっては得意とする戦法の一つです。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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