第83話 鋼鉄の捕食者
戦場で鍛え抜かれたヴァロッタの動きに、迷いは一片もない。
左右に陣取る六機の上級兵たちもまた、陣形を崩さず、互いの死角を補い合いながら、激しい衝突に耐え続けていた。
だが、敵の全てがヴァロッタたちに向かってきたわけではない。彼らの眼は開いたままの城門に釘付けになっていた。手柄を焦る傭兵たちは、目の前の防衛線を無視し、一機また一機と城門の内側へと突入していく。
五機目が門をくぐった、その瞬間だった。
「今だ! 閉めろ!!」
ヴァロッタの怒声が雷鳴のように響く。即座に台車仕掛けの巨大コンテナが動き出し、引き戸のようにして城門を完全に遮断。中へ入り込んだ五機は、仲間からも切り離され、孤立無援の状態に陥った。
その内側で待ち受けていたのは、十四機のオウガ。全員下級兵ではあるが、数は三倍近い。しかも、防御壁として配置されたコンテナの上から槍を構えている。高所という地の利を得た彼らは、まるで鉄槍の雨のごとく、一斉に攻撃を仕掛けた。逃げ場も反撃の余地もない。五機の敵兵は、一瞬にして沈黙した。
門の陰では、工兵たち十二機が迅速に残骸を片づけ、再び城門を開け放つ。瓦礫と油煙の匂いが立ち込める中、ヴァロッタたちは未だ健在。外の戦場で踏ん張っていた七機は、いまだ全員が生き残り、加えて三機の敵機を討ち取っていた。
だが、残る敵は九機。数ではもはや大差ない。とはいえ、今やヴァロッタの猛攻に恐れをなした敵兵たちは、肉弾戦を避けるように、むしろ開かれた門へと殺到し始めていた。
──殺到? いや、それはもはや逃避だった。
鋼鉄の装甲を纏った獣たちが、恐怖に背を押されるように城門へとなだれ込む。攻勢ではない。逃げ場を求める群れだ。
「悪ぃが、そこの定員は五名様だけなんだよ!」
ヴァロッタの叫びとともに、後方から追いついたツイハークロフトが横合いから襲いかかる。逃げ遅れた四機を阻み、門の中に滑り込む機体を追い出すことは許さない。そして──。
再び、鋼の扉が閉ざされる。
閉じ込められた敵機たちは、またしても待ち構える十四機に襲われ、なすすべなく崩れ落ちた。悲鳴すらあげられない。鉄と火花の中で、命がただ潰れていく。
まるでグリクトモア城そのものが意志を持ち、侵入者を飲み込み、咀嚼する巨大な怪物のようだった。敵兵は知らない。この城は「落とすもの」ではなく、「攻めてきた者を喰らうもの」だと。
「いやいや……なかなかやるじゃないですか……」
低く、いやらしい声が響いた。
ヴァロッタが後ろを振り向くと、そこに立っていたのはトトイカ。陽の光を背に受け、無表情なオウガの仮面がこちらを見下ろしている。その背後には、既に六十機近いオウガが集結していた。
もはや、城門前の防衛陣は意味を失っていた。七機がいかに熟練の強者であろうと、六十機もの猛者に包囲されては抗う術もない。空気が一気に凍りつく。
「やっとお出ましか、テミゲン……かかってきやがれ!!」
ヴァロッタが吠える。叫ぶことで士気を鼓舞する──かに見えた。
だが、次の瞬間、彼と六機の仲間たちは迷うことなく後退し、開いた城門の中へと滑り込んだ。そしてすぐさま門が閉じられる。
「さっさと逃げ出すとは情けない……さて、殺しに行きますか」
テミゲンの口元が歪む。笑っている。
その笑みには、快楽にも似た残虐さが滲んでいた。
彼は右手を上げると、突撃を命じた。
敵のオウガたちが一斉に動き出す。障害物として置かれていたコンテナが、まるで攻城槌のように連結され、複数の機体で両脇から抱え上げられる。
城門へ向かって走るその様は、まさに暴力の権化──理屈も戦略もいらない、ただ力でこじ開けるための暴走列車だった。
重く鈍い衝撃音が響く。一撃、そして二撃。
下級兵たちが必死に内側から支えるも、城門は歪み、軋み、悲鳴をあげた。鋼のつっかえ棒も、今やきしむ声しか返さない。
そして三撃目──。
「行け! 皆殺しだ!!」
門が爆ぜた。鋼鉄が軋みを上げ、煙と塵が爆風とともに吹き荒れる。その灰色の奔流の中から、六十機のオウガが獣のごとき咆哮をあげながら雪崩れ込んできた。衝撃の波が地面を揺らし、空気が振動する。だが、そこに待ち受けていた光景は、彼らの想像とはあまりにも異なっていた。
「な、なんだこれは……!?」
突入した傭兵たちの叫びが上がる。
目の前には、もう一つの城壁が聳え立っていた。積み上げられたコンテナ──だが、それは明確な意図を持って築かれた人工の要塞だった。半円状のその壁は、城門を包み込むように湾曲し、巨大な楕円形の広場を形成していた。
幅約八百メートル、奥行きは四百メートル。まるでオウガのために設計された巨大な闘技場のようだ。
内壁の下部には、二つの大穴が穿たれていた。いずれも三十メートル四方。ちょうどオウガ一機がすっぽり入るサイズだ。中にいた下級兵と工兵たちが、次々とその穴へと逃げ込んでいく。その姿を見た敵兵たちは疑うこともなく後を追い、次々と吸い込まれるようにして消えていった。
そして──。
五十機を超えるオウガが穴の中へ突入した瞬間、内壁の上部から、何かが崩れ落ちた。積み上げられていたコンテナの天井が一気に崩落し、まるで檻に蓋をするように、巨大な穴を完全に塞いだのだ。
広場に残されたのは、トトイカと四機の側近のみ。
門を破り、突入した高揚が冷めぬままのテミゲンは、ようやく状況を把握し、目を見開いた。
「な……なにが起こった!?」
興奮に支配されていたテミゲンが、ようやく現実に引き戻された。あれほどいた味方が、いつの間にか消え失せ、自分たちだけが取り残されている。足元から這い上がってくるような不安が、冷たい指で背骨をなぞる。
その時だった。
内壁の上から、鋼の影が次々に飛び降りる。一機、また一機……先頭はツイハークロフト、続いて六機の上級兵たち。着地と同時に構えた槍が、戦意を剥き出しに敵を見据える。
──形勢逆転。
圧倒的多数を誇っていたテミゲンの部隊は、気づけば戦場から切り離され、ここにはわずか五機しか残っていない。
「まんまと罠にかかりやがったな! これからテメェをぶち殺してやるぜ!!」
ヴァロッタの怒声が、戦場に響き渡る。
「なにをしたヴァロッタ!!」
「なーに、お友達を閉じ込めただけさ。戦いが終わったら出してやるよ。安心しな。……あ、でもテメェはその前に死んでるけどな!」
内壁に反響するように、ヴァロッタの高笑いがこだまする。
テミゲンの視界が揺れる。怒り、混乱、焦燥──全てが沸騰し、声にならない叫びが喉に詰まる。
グリクトモア城は、もはや「砦」ではなかった。
それは、マルフレアによって作り替えられた「兵器」だった。城の目的は防衛ではない。捕獲。敵を罠に誘い込み、戦場から切り離すことで、寡兵であっても勝てるように仕組まれた構造兵器なのだ。
その巨大な檻は、まるで地中に口を開けた捕食者だった。深さ三十メートル、幅三十メートル、長さ六百メートル──数字だけ見ればただの塹壕だが、実際には違う。
それは、あらかじめコの字型に組んだコンテナを、使用前のホチキスの針のように連結し、地中へ打ち込むことで形成された、完全密閉型の地下通路だった。重厚な鋼鉄の骨組みは、オウガの膂力をもってしても破壊は不可能。一度入り込んだが最後、逃げ道はない。
そこへ、下級兵や工兵たちが次々と逃げ込む。──それは恐怖からではなく、計画通りの囮行動。
敵を誘導し、誘い込み、封じるための誘餌。
まさに、理詰めで構築された地獄の入口だ。
クルーデの軍は、腕の立つ傭兵揃いだったが、統率された正規軍ではない。勝手気ままに動き、功を焦る者たちに、このような罠はうってつけだった。
そしてテミゲンは気が付くと、預けられていた八十機の内、七十六機ものオウガを失っていた。
その事実が、彼の心を徐々に侵食していく。まるで、グリクトモアの闇が彼の魂を喰らい始めたかのように。
「ヴァロッタ! 貴様あっ!」
怒声とともにテミゲンが本性を剥き出しにする。静かに笑う仮面の下から、鬼のような狂気が滲み出る。
「ようやく本性を見せたな。テメェみてえな外道は、そのほうがよっぽど似合ってるぜ!」
言葉を投げつけた瞬間、ヴァロッタのツイハークロフトが火花を散らして突進する。対するテミゲンのトトイカは、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、槍を旋回させるように振るい迎撃した。
その周囲では、六機の上級兵が四機の側近と死闘を繰り広げる。火と鉄、怒声と振動。グリクトモア攻城戦、最後の決戦が始まった。
「さすがは大陸十三剣。クソ野郎だが、腕だけは確かだ!」
槍と槍が火花を散らし、金属の悲鳴が城内に響き渡る。
距離を取り、冷静に間合いを測る──そんな理性ある戦術は、もはや二人の中にはない。あるのは殺意と本能。踏み込み、叩きつけ、振り払う。荒ぶる猛獣同士の、血の打ち合いだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ヴァロッタたちは城内へと撤退し、すぐに内壁にある隠し扉から内部へと入りました。
そして、テミゲンの軍団が地下通路に入り込んでくるのを、上から静かに待ち構えていました。
ここまで作戦がはまったのは、クルーデの軍団が正規の軍隊ではなく、傭兵という個人事業者の寄せ集めに過ぎないというマルフレアの見立てが的中したからです。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




