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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
七将集結編

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第79話 諏訪八幡も御照覧あれ!

 やがて二機のオウガは互いに距離を取り、対峙する。両者ともわずかな息遣いすら感じさせぬほど冷静で、しかし確かにその戦場には、濃密な殺気が渦巻いていた。


「さすが大陸十三剣ってところだな、テミゲン!」


 ヴァロッタがニヤリと笑いながら、ツイハークロフトの槍を構え直す。


「ヴァロッタ・ボーグ……最近、名を上げている傭兵だと聞いていましたが。なるほど、軽く見るべきではなかったようですね」


 テミゲンもまた冷ややかな口調で応じるが、その目には明らかな警戒が浮かんでいた。


「テメェより強い奴なんざ、いくらでもいる。少なくとも、ここに二人なァ!!」


 そう叫ぶヴァロッタの構えには、一切の迷いがない。槍の穂先は静かに、だが確実に相手の心臓を狙っていた。


 トトイカもまた槍を持ち上げる。その姿は、まるで古の戦士のような荘厳さを帯びていた。次の一撃──それがこの勝負の趨勢を決める。


 風が止み、炎のざわめきすら遠のいたように感じられる。


 次の瞬間、地を裂き、空が唸った。


 二本の長槍が鋭く突き出され、火花を散らして激突する──はずだった。


 だが、衝撃の対象はお互いではなかった。突き刺されたのは、両者の間に突如割って入った、一機のオウガ。その上半身が、見るも無残に槍に貫かれていた。

 それは、テミゲンが連れてきた部下の一機──クルーデ傭兵団の一員だった。


「……っ!? なっ……!」


 下半身を失いながらも、空を滑るように飛来したその残骸に、ヴァロッタもテミゲンも一瞬、動きを止めた。そして、ほぼ同時に、その「上半身」が飛んできた方角へ視線を向ける。


 そこにいたのは、漆黒の巨影──ダンクルス。


 太陽も隠れる灰煙の下、その姿は、鬼神そのものだった。

 右手には太刀、左手には敵機の胴体を掴んだまま、地面を引きずるようにして歩みを進めている。その眼に宿る光は、まるで生者と死者の境を見極める審判のようだった。


 その周囲に、ひしゃげた鉄屑と化した四機のオウガが無残に転がる。

 爆炎に照らされるその残骸は、かつてはクルーデでも精鋭と呼ばれた者たち。決して一撃で沈むような雑兵ではない。それを──たったの数分で、斬り伏せたというのか。


「う……そ、だろ……」


 テミゲンの口元が、震えていた。


 この距離、この空気、そしてあの目──来栖弾九郎は明らかに「格」が違った。

 今しがたまで対峙していたヴァロッタとの勝負でさえ拮抗していたのに、その上を行く存在が、目の前で十機を屠ろうとしている。


 背筋を、冷たいものが走る。

 これはもう「戦闘」ではない。「処刑」だ。

 自分たちが、まるで紙人形のように引き裂かれていく未来が、テミゲンの脳裏に鮮明に浮かぶ。


「──撤退だ!! 全員、下がれッ!!」


 掠れた怒声とともに、テミゲンは即座に跳躍し、撤退の先陣を切った。

 残った五機も、慌てたように彼の後を追い、瓦礫の中を縫うようにして逃走を開始する。


 しかし追撃はなかった。

 弾九郎も、ヴァロッタも、動かなかった。


 理由はひとつ。彼らの背後で、まだ息のある村人たちが、助けを待っていたからだ。


 ヴァロッタが息を整えながら小さく呟く。


「……相変わらずスゲェ…………」


 風が吹く。焼け焦げた木々の間を抜けて、煙と灰を運びながら。

 戦場は終わった。だが、本当の意味での戦いは、これからだった。


 *


 炎はまだ燻っていた。

 黒煙が空を這い、焦げた木造家屋がバチバチと音を立てて崩れ落ちる。

 その中を、ダンクルスとツイハークロフトが、重々しくも慎重に歩を進め、家々の火を砂で覆い、倒壊しかけた建物から村人たちを救い出していく。


 巨体でありながら、動作には繊細な気遣いが宿っていた。

 まるで祈るように、あるいは懺悔するように。

 破壊をもたらす機械が、いまは命を救っている。そんな皮肉すら、焼け焦げた空の下では乾いた風に消えた。


 やがて火はほぼ消し止められ、生き残った村人たちが救出される。

 八十名──それだけしか残っていない現実に、空気が凍りつく。


「ありがとうございます……本当に、お二人は命の恩人です……」


 シエリス村の村長ステフが、泥に塗れた手で弾九郎の掌を握った。

 その目には涙が溢れ、何度も何度も頭を下げる姿は、誇り高き男が屈辱に満ちた地に膝をつくようで、見る者の胸を締め付けた。


「……奴らは、クルーデの手の者だな。いったい何があった?」

「わ、分かりません……今朝、突然あいつらが押し寄せてきて……。村人を、子どもまで、無差別に殺し始めたんです……!」


 屈強だったはずの男が、語るうちに言葉を詰まらせ、膝から崩れ落ちた。

 背を震わせながら吐き出す嗚咽に、戦場で百戦をくぐった弾九郎も、拳を強く握るしかなかった。


 そのとき、焦げ臭い空気を割って、村の青年が駆け込んできた。


「村長! たいへんです! 連れて行かれた人たちが……!」


 言葉の続きはなかった。

 弾九郎とヴァロッタはステフを伴い、青年の先導で村はずれの牛舎へと急ぐ。

 そして、その場に満ちていた「静寂」が、狂気の深さを物語っていた。


 ──人間が、十数名。男も女も。皆、地面に横たわっていた。

 四肢を、すべて切断された状態で。


「な……なんてことを……」


 ヴァロッタの声がかすれた。

 切断された部位は丁寧に止血されており、命はギリギリで繋ぎ止められている。

 だが、それがむしろ残酷だった。ただ殺すよりも、確実に「壊す」ための手段。

 呻き声をあげる被害者たちの表情には、人間としての尊厳がもはや残されていなかった。


「これは……テミゲンの仕業だ……」


 ヴァロッタが苦々しく唸った。


「テミゲン……?」

「お前が最初に相手したあの赤いオウガだ。大陸十三剣のひとり、「虐剣」って呼ばれてる。奴の趣味は……こうして、生きたまま人間を壊すこと──」


 次の瞬間、鈍い音が響いた。

 ヴァロッタの腹部に、弾九郎の拳が突き刺さっていた。

 力を抑えない、本気の一撃だった。ぐらりと体がのけぞり、ヴァロッタはその場に膝をついた。


「……ぐおっ!?」

「なぜ仕留めなかった!!」


 怒声が轟く。村人たちが振り返るほどの、感情の爆発だった。


「お前ならやれていた! 違うか!?」

「す……すまねぇ……本当に、すまねぇ……!」


 ヴァロッタは、かすれた声で応えながら、歯を食いしばった。

 痛みよりも、悔しさが体を突き刺す。だがその奥に──嬉しさがあった。


(俺を……そこまで買ってくれてたのか……)


 あの無口で無表情な弾九郎が、ここまで剥き出しの感情をぶつけるなんて。

 その一発は、殴打ではなかった。信頼と期待の、証だった。


「次は……次こそは……俺が、アイツを殺す。約束する。だから──」

「きっとだぞ! お前が奴を殺すんだ。いいな、ヴァロッタ・ボーグ!!」


 呻くように名を呼ばれたとき、ヴァロッタの中でなにかが音を立てて変わった。

 戦場の火は消えた。だが、心の中に、新たな炎が灯った。


 ──テミゲンは俺が必ず殺す。この拳に誓って、絶対にだ。


「ステフ殿……ここから、皆を出してくれぬか」


 弾九郎の声は低く、静かだった。だが、その声音には鋼のような決意がにじんでいた。

 その言葉を聞いたとき、村長ステフはすべてを悟った。

 この場に横たわる者たちは、まだ生きている。いや──ただ「死んでいない」だけだ。

 彼らの命はもはや地上に繋ぎ止められていない。ただ絶望と痛みの底で、ただ引き延ばされた終わりを待つだけ。

 ステフの顔に、何かが崩れるような陰が差した。だが口を開くことなく、うなずいた。


 村人たちが重い沈黙の中、牛舎の外へ退いた。風の音だけが吹き抜ける。


「……皆、聞いてくれ」


 弾九郎の声が、静寂を切り裂いた。

 立ったまま、十人の人々に語りかける。誰一人として動けぬその姿は、それでも弾九郎の言葉にわずかに反応した。

 目が揺れ、耳が震える。まだ心は生きている。ならばこそ、彼は言葉を放つ。


「其方らをこんな目に遭わせたのは、テミゲン。そして、それを命じたのが、クルーデという悪逆無道の男だ」


 低く、力強く。悔しさを抑えた声が、牛舎の梁に染み込むように響く。


「だが、我らは黙ってはおらぬ。テミゲンは、このヴァロッタ・ボーグが! クルーデは──この来栖弾九郎忠景が、必ず討つ!」


 呻いていた誰かの目に、わずかな光が宿る。かすかに口元が動いた。

 その名を呼ぶのか、それとも感謝の言葉か……それは分からなかった。


「其方らの無念は我らが晴らす。だから……安心して、旅立ってくれ。行き先は、極楽黄土。きっと穏やかな土と天の下に、安らぎがあるだろう」


 そう言い終えると、弾九郎はそっと太刀を抜いた。

 その刀身には、今や火も映らず、ただ曇りなき決意だけが宿っていた。


 一人、また一人──。

 太刀が静かに、しかし正確に、頸動脈を断っていく。

 苦しみも叫びもない。弾九郎の手は優しかった。まるで眠る者の枕を整えるように。

 声が出せる者には名を尋ね、その名を胸に刻み、「必ず仇を取る」と、ひとりひとりに約束を交わしていった。


 やがて、十人目の魂が天に召された。そして弾九郎は外に出ると、血のついた太刀を天へと突き上げた。


「クルーデの首、この手で刎ねん! 我が誓い……諏訪八幡も御照覧あれ!」


 その場の空気が凍りつく。

 誰も言葉を発せず、ただ、祈るように彼の姿を見つめた。

 異世界の神への誓い。それは彼の中の「武士」としての魂が発する、命を懸けた誓願だった。


 村の空は、夕闇に染まりつつあった。

 だが、弾九郎の背に差す陽光だけは、まるで彼を讃えるかのように、赤金の光を放っていた。

お読みくださり、ありがとうございました。

諏訪八幡とは、武神として信仰される諏訪神社と八幡宮の祭神を指します。

戦国時代には、多くの武士たちが戦の勝利を願って諏訪八幡に祈りを捧げました。

弾九郎の養父である上泉信綱も、信濃国の諏訪大社で奉納演武を行うなど、諏訪八幡と深い関わりを持っていました。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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