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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
七将集結編

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第78話 虐剣の影

 城壁から駆け下り、息を切らしながらミリアが叫んだその瞬間──。


 地上で土煙の中にいた巨大な影が、ぴくりと反応した。上半身の装甲を外し、素体をむき出しにしたダンクルスが、その音に応えるように首をかしげる。そして、響き渡るような弾九郎の声が、オウガのスピーカーを通して空気を震わせた。


「どうした、ミリア?」


 その言葉に、ミリアは両手を口に当ててメガホンのようにして叫び返す。風に流されないよう、思い切り声を張る。


「森の向こうに煙が上がってるの! なんか、ただの火事じゃない気がするー!」


 ほんの数秒の間──。


 弾九郎の姿が、ぎこちないほど急に動いた。機体がガクンと揺れたかと思うと、太刀を手にし、言葉もなく地を蹴って駆け出す。目の前で繰り広げられるその光景に、ミリアの心は一瞬凍りついた。


 ──え? 今、走った? ……ひとりで!?


 彼女の脳裏に、すぐにマルフレアの厳しい顔が浮かんだ。


「将としての自覚が足りません!」


 きっと雷が落ちるに違いない。だが、その前に──。


「ヴァロッタさーん!!」


 ミリアは目を凝らす。ほどなくして視界に入ったのは、装甲を変えたばかりのオウガ、ツイハークロフト。その肩のプレートには鎖をあしらった十字の徽章。乗っているのは、弾九郎のイチの子分──ヴァロッタだ。


「どうした、嬢ちゃん?」


 スピーカー越しに、彼の落ち着いた声が返ってくる。だがミリアは焦りを隠せず、早口でまくしたてた。


「ダン君が一人で走っていっちゃったの! 煙を見たって言っただけなのに! 誰かに様子を見に行ってもらってって言うつもりだったのに!」


 ヴァロッタは思わず苦笑したように見えた。


「ああ、それで弾九郎が飛び出したのか……全く、あのヤロウは……」


 だが、すぐに彼の瞳が鋭さを増す。ツイハークロフトのセンサーが、弾九郎の走り去った方向をすでに捉えていた。


 ──相手が野良の盗賊なら心配はない。だが、今相手にしているのはクルーデ。もしあいつと遭遇すれば、さすがの弾九郎でも無事では済まない。


「わかった、弾九郎は俺が追う! 嬢ちゃんはマルフレアに伝えて、指示を仰いでくれ!」

「はいっ!」


 ミリアは精一杯の大声で返事すると、すぐに踵を返した。内心は、怒られる予感と、先に行ってしまった弾九郎への不安とでぐちゃぐちゃだ。それでも、今の自分にできることは一つ──。


 ──伝えなきゃ。あの煙が何か、ただの偶然じゃないって。誰かが、助けを必要としてるかもしれないって。


 ミリアは城内の作戦室へ、風のように駆け出す。背後で、ツイハークロフトが地を蹴り、重い足音を響かせて弾九郎の後を追っていった。


 その時、グリクトモアの空にわずかに漂う緊張の色が、確かに濃くなっていた。 

 *


 オウガの素体はおよそ八十トン。その上に装甲や各種装備が加われば、総重量は軽く百トンを超える。その巨体が高速で移動すれば、地面はひび割れ、土は跳ね上がり、大地そのものが悲鳴を上げる。たった一歩で森の斜面が崩れ、たった数秒の疾走で草原が轍となる。


 だからこそ、通常の運用ではオウガは決して無造作に動かさない。街道やガントロードといった整備された堅固な路を選び、地盤の不安な地には決して踏み込まない。軟弱な地盤では必要に応じて特殊な「移動用の靴」を履かせることもある。


 砂地や湿地のような柔らかい地形は、オウガにとっては致命的な罠になりかねない。あの巨体が足を取られでもすれば、自力での脱出は困難となり、最悪の場合、オウガ一機を丸ごと失うことすらある。


 オウガは確かに人智を超えた巨人兵器だ。だが、いかなる超技術も、重力や摩擦、風圧といった物理法則からは逃れられない──それは、この巨兵が地に立つ限り、絶対の真理だった。


 それでも、弾九郎は止まらなかった。


 ミリアの叫びを受けた瞬間、彼の中で何かが切り替わったのだろう。理性や計画ではない──それは直感だった。あの少女が「おかしい」と言った。その一言が、何よりの警鐘だった。


 重い足取りを、彼はあえて選ばなかった。最短距離を一直線に突き進む。土を踏み抜き、木々を砕き、軟らかい地面をものともせずに。ただ踏破していく。巨大な足裏が粘土質の土に沈み込みながらも、躊躇うことなく前へ。


 そして、数分遅れてヴァロッタのツイハークロフトが追いすがる。彼は細心の注意を払いながら、接地点を選び、木々の間をすり抜けていく。


「ったく、弾九郎の野郎……直線で突っ切るとか正気かよ……」


 唸るようにぼやきながらも、その背中を見失う気はなかった。あれほどまっすぐに走っていく男を、ほかに知らない。


 そして──。


 煙が近づくにつれ、空気が変わった。


 焦げ臭い匂いが機体のセンサーを通じて流れ込んできた。視界の端に、飛び交う黒い影。それは煤だ。焦げた木々、焼け落ちた家屋。視界の端にそれらが映り込むたび、弾九郎の手が無意識に太刀を強く握る。


 二機が煙の元──シエリス村にたどり着いたのは、駆け出してから二十分後のこと。


 そこには、地獄が広がっていた。


 *


 村の入り口にあったはずの門は、今は燃え残りの黒い骨だけが無惨に立っている。小屋は瓦礫と化し、民家は屋根が崩れ落ちていた。家々の間を這うように黒煙が流れ、まだ燻っている木材の隙間から、ときおり赤い火の粉が吹き出す。焼け焦げた家畜の骸、倒れ伏した人々の影──生きている者は、どこにも見えなかった。


「……これは」


 オウガの目を通しても、弾九郎の息が詰まる。


 ただの火事ではない。破壊の痕跡が示しているのは、意図的な襲撃。人の手による組織的な暴力。


 二機の巨人が、瓦礫の村の中に立ち尽くす。沈黙のなかで、燃え尽きた村の嘆きが風に乗って鳴いていた。


「……ひでぇ……」


 ヴァロッタが吐き捨てるように呟いたその声は、風に消えるほど小さかったが、炎の中で絶望を叫ぶ人々の声と重なり、耳に焼きついた。


 家々は赤々と燃え盛り、骨組みだけとなった屋根が崩れ落ちるたびに火の粉が舞い上がる。その向こうでは、一機のオウガが腰を屈め、逃げ惑う小さな影──村人たちを執拗に追い回していた。


「貴様らァッ!!」


 怒声と共に、黒鋼の巨人──ダンクルスが猛然と駆け出す。その足取りは地をえぐり、振るわれた太刀は一直線に敵機を襲った。だが、鋼鉄の盾がその一撃をがっちりと受け止め、火花が空に咲いた。


「おやおや、もう来てしまいましたか」


 揺れる陽炎の奥から、赤い装甲のオウガが悠然と現れる。長槍を肩に乗せ、その動きには一分の隙もない。トトイカ──虐剣のテミゲンが操る凶機。


 弾九郎には、その名も顔もまだ知れぬが、ヴァロッタは即座に理解した。──こいつが原因だ。この村の地獄絵図を作り出したのは、テミゲンだと。


「貴様らの仕業かッ!!」


 怒りに燃える声が再び響き、弾九郎は容赦なく剣を振るう。しかし、テミゲンは弾九郎の間合いには決して踏み込ませない。すれ違うたび、槍が鋭く突き出され、黒の巨人にひび割れるような衝撃を刻みつけた。


 剣道三倍段──槍と剣では、技量が三倍違わねば太刀打ちできぬとされる。その格言が今、まさに体現されていた。


 ダンクルスが踏み込むたび、トトイカはひらりと舞い下がり、逆に隙を突く。これが相手のペース。力任せでは崩せない間合いの壁。


 だが、戦場の風向きが変わる。


 その時、宙を裂く音と共に、錆色の鋼が戦線に割って入った。


「弾九郎! こいつの相手は俺に任せろ!」


 ヴァロッタのツイハークロフト。その手に握るのは、鋭く研ぎ澄まされた長槍。槍対槍──これでようやく条件は五分だ。あとは、技量と胆力が勝敗を決する。


「……もう少し楽しみたかったのですがねぇ」


 トトイカのスピーカーから流れる声は、どこか飄々としていながらも、背後に嗜虐の色を滲ませていた。


「残念だったな。お前の相手は、俺がしてやるよ」

「しかし、よろしいのですか? あの黒いオウガ……あれはダンクルスですよね? しかも武装していない。その状態で十機のオウガを相手にするおつもりで?」


 炎の向こうに、ダンクルスを包囲する影が現れる。十機の敵影。どれも雑兵ではない精鋭の動きだ。


「問題ねぇな──」


 刹那、地を揺るがす音と共に、ヴァロッタの槍が雷鳴のように走った。


 ツイハークロフトの槍が大気を裂き、鋭い風切り音を残してトトイカへと襲いかかった。穂先が閃光のように走る。通常、槍対槍の戦いでは、互いに距離を測り合い、慎重に突きを繰り返すものだ。しかし、ヴァロッタは違った。


 初撃からいきなり横薙ぎ──大胆不敵な一撃。普通なら隙が大きすぎて反撃を許すところだが、ヴァロッタは両脚を深く開き、まるで鋼の鞭のようにしなった上半身を逆方向へと返し、連撃を繰り出す。その動きにはまったく淀みがなかった。重量級のオウガが、まるで熟練の舞踏家のようにしなやかに、そして獰猛に槍を振るう。受ける側にとっては、反撃の隙すら見つけられない連撃だった。


 だが、相手はテミゲン──大陸十三剣。その名に恥じぬ男。


「ほぉ……」


 トトイカは鋭い切っ先をかいくぐりながらも、間髪入れず槍を繰り出す。動きは洗練され、無駄がない。一歩間違えれば致命傷となる突きを、躱し、捌き、撃ち返す。まるで一つの舞台を見るような、研ぎ澄まされた攻防が炎の中で展開された。


 だが、ヴァロッタもまた容易には崩れない。テミゲンの突きを紙一重で躱し、機体をわずかに傾けながら反撃の構えを崩さない。その動きは鋼の中にしなやかな獣を宿すかのようで、見る者の目を奪った。

お読みくださり、ありがとうございました。

オウガの所有権はガントに属しています。適性検査に合格した者には、オウガが生涯にわたって無償で貸与され、後継者がいる場合にはその貸与権を相続することも可能です。

すべてのオウガには位置情報発信機能が搭載されており、その所在は常にガントによって把握されています。

乗り手を失ったオウガは原則として現地に放置されますが、おおよそ一年以内に、ガントのバーラエナによって回収されます。

たとえオウガが沼や海中に沈んだ場合でも、例外なくサルベージの対象となります。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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