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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
七将集結編

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第76話 将の覚悟

 その日、昼下がりの陽光がグリクトモアの石畳を黄金色に染めていたころ、城門前に、三つの影が現れた。マルフレアのオウガ、フォーダン。メシュードラのオウガ、ザンジェラ。そして──グリシャーロットの象徴たるオウガ、ガオウ。巨体が地を踏みしめるたびに空気が震え、街の人々は歓声をあげて門へと駆け寄った。


 この地にその姿を見せるということは、すなわち──グリクトモアとグリシャーロットの同盟が正式に結ばれたという、揺るがぬ証である。人々の間に喜びと安堵が渦巻き、胸を撫で下ろす者もいれば、感極まり涙ぐむ者もいた。


「よくやってくれた。マリー、メシュードラ」


 弾九郎は二人にねぎらいの言葉をかけ、ゆっくりと顔をライガの方へ向けた。十九歳──若さを残した面差しの中に、鋼のような意志と、未熟さゆえの青さが入り混じる。燃えるような眼差しが、まっすぐに弾九郎を射抜いていた。


「其方が、ライガ・ライコネンか」

「はっ。このたびは、盟友の危機に馳せ参じるのが遅れ、まことに申し訳ございません」


 若者の声はよく通り、どこか痛々しいほど真っ直ぐだった。


「いや、それはもういいさ。こうして来てくれた、それだけで十分だ」


 弾九郎は笑った。快活で、空のように晴れやかな笑みだった。


「それにしても驚いたろう? 俺を見て」

「は……いえ、そんなことは……」

「いいんだ。俺だって朝、鏡を見て驚くんだからな。こんなガキみたいな面で戦だのなんだの言ってるんだから、可笑しい話さ」


 冗談めかしてはいたが、その裏にある自嘲と覚悟を、ライガは敏感に感じ取った。聞いていた通りの容姿。だが、姿かたちはどうあれ、弾九郎という男は、そこに立っているだけで周囲をまとめ、空気を支配する。ライガは、心の奥に押し込めていた想いを、どうしても黙っていられなかった。


「弾九郎様……突然のお願いで恐縮ですが……俺と……手合わせを願えませんか」


 思わず出たその言葉に、周囲が一瞬、息を呑んだ。


「ライガ殿、いきなり何を……!」


 メシュードラが慌てて声をかけたが、ライガはまるで空腹を耐える子犬のように、期待と飢えを宿した瞳で弾九郎を見上げていた。戦いの中にしか己の価値を見いだせない、若き獣の眼差しだった。


「いいぞ。命を預けて戦う以上、俺の力量を知りたいのだろう。ならば応えぬ訳には行かんな」


 弾九郎の口調は静かだったが、その声には確かな重みがあった。拒否の余地などないほど、すでに空気を掌握している。彼が一歩前に出ただけで、まるで大地が沈んだかのような錯覚すら覚える。


「しかし弾九郎殿、相手は……」


 メシュードラが危惧を口にするが、それに対する返答はあっけらかんとしたものだった。


「心配するな。怪我はさせんよ」


 まるで教師が生徒を諭すような口ぶりだった。しかしその優しさが、逆にライガの胸を締めつけた。自分ではなく、ライガの怪我を心配している──それは戦士としての誇りに微かな傷を残す。それでも、強者の余裕とはこういうものかと、彼は唇を噛みしめた。


「ツェット、そこの竹刀を三本投げてくれ」

「三本? 二本じゃないのか?」

「ライガは二刀流と聞いている」


 言葉を交わす間にも、場の緊張は高まっていく。ツェットが竹刀を手に取り、高々と放った。空を切る音を残し、三本の竹刀が弧を描いて弾九郎の元に舞い降りる。


 その竹刀は弾九郎の養父、上泉信綱が考案した蟇肌(ひきはだ)竹刀──竹を牛皮袋で包み込んだ安全かつ実戦的な逸品であった。弾九郎はかつての世界で何度もこの竹刀を手にし、今この地で自らの手で作り直していた。鍛錬と工夫の結晶を前に、彼は一本を手に取り、残る二本をライガに差し出す。


「こいつなら全力で打ち込んでも死ぬことはない。遠慮はいらんぞ」

「ははっ!」


 ライガの返事が終わらぬうちに、彼の足が地を蹴った。まるで檻を破った猛獣のように、鋭く、そしてまっすぐに弾九郎へと躍りかかる。両手に竹刀を構え、二刀の連撃が嵐のように襲いかかる。まさに、グリシャーロットの若き象徴──その矜持を示す一撃だった。


 だが。


 弾九郎は微動だにしなかった。右手に握った一本の竹刀。それだけで、全ての攻撃を正確無比に受け流す。しかも、左手は腰に添えたまま。一歩も退かず、目も逸らさず、その全てを右腕一本で捌ききる。


 竹刀が打ち合う軽快な音が響く中、ライガの額には、やがて玉のような汗が浮かび始めた。連撃は次第に粗くなり、息が乱れ始める。──その瞬間を、弾九郎は見逃さなかった。


 右から左へ、見事な軌道で放たれた二連撃が、ライガの両腕を撃ち抜く。衝撃が電流のように腕に走り、思わず指が竹刀を放しそうになる。その隙をつき、弾九郎の竹刀の切先が、静かに──まるで優しく触れるように、ライガの喉元に届いた。


「……ま、参りました」


 ライガは膝をついた。呼吸が乱れ、全身から汗が噴き出す。それでも胸の奥は、かつてないほど清々しい。


 全力の打ち込みを、片手で受けきられ、たった一撃で喉を奪われた。それは屈辱ではなく、感動だった。


(世の中には……これほどの剣が……)


 ここ数年、ライガはグリシャーロットで無敗を誇っていた。しかし、この短期間に二度も敗北を喫した。そしてその敗北は、確信に変わっていく──この道の先に、まだ自分が知らない高みがあるのだと。


「腕力だけで剣を振っている間は、まだまだ。だが──お前は強くなる」


 弾九郎の声が、すっと彼の心に染み入ってくる。


「その手……両利きだな?」

「え、は、はい……!」

「左右の剣にほとんど差がなかった。普通は利き手が優位になり、もう片方が補助になる。その時点で剣筋は読みやすい。だが──お前が両利きの二刀流を極めたなら、大陸十三剣に名を連ねる日も遠くはないだろう」


 その言葉は、ライガにとって何にも代えがたい報酬だった。これほどの男に、剣士としての未来を認められた。その瞬間、彼の目に映る世界が、ほんの少し広がった気がした。


 この男と共にクルーデを討ち、いつか大陸に名を轟かせる剣士になる。その決意が、心に深く、確かに刻まれた。


 *


 マルフレアのコンテナ。この一室が、今やグリクトモアの作戦指令本部である。壁には各地の地図が貼られ、床には戦力配置のコマが置かれた卓が据えられている。


 集まったのは六人の戦士──弾九郎、マルフレア、ヴァロッタ、メシュードラ、ツェット、そしてライガ。全員が椅子に腰掛け、あるいは立ったまま、マルフレアの言葉に耳を傾けていた。


「──以上が、現時点での作戦です」


 マルフレアは卓上の地図に手を伸ばし、小さなコマをいくつか配置し直す。指先が触れるたび、それぞれの駒が金属音を立て、作戦の重みを静かに伝えてきた。


「……それはわかった。しかし……ヴァロッタとツェットの負担がすこし重すぎないか?」


 弾九郎の声には微かな迷いが滲んでいた。彼の視線はヴァロッタとツェットの配置された地点に釘付けになっていた。


「お二方の実力を慎重に鑑みたうえでの配備です。それに、最も重い役目を負うのは、弾九郎様、あなたですよ。あのクルーデと直接、対決するのですから」


 マルフレアの言葉は静かだが、まるで刃のように鋭かった。


「そうだぜ、弾九郎。たまには俺たちのことを信じてくれてもいいんじゃねえか。なあ、ツェット?」

「そうだな。この作戦なら、少数でも十分に戦える」


 ツェットの落ち着いた口調に、部屋の空気が少し和らぐ。


 だが、弾九郎の胸には依然として重いものがのしかかっていた。彼はこれまで幾度も戦場を駆けてきたが、仲間の命を預かる「将」として立つのは、これが初めてだった。命令一つで仲間を死地に送り出す。そうと分かっていても、彼の心は未だその覚悟を手に入れきれていない。信じている。だが、それでも──万が一のことがあれば、自分は一生、その決断を悔やむだろう。


「しっかりなさい、弾九郎様」


 マルフレアの冷静な声が、彼の迷いを見透かしたように響く。


「軍を率いるとは、部下を死地に送り出すということ。死の可能性を最小限に抑えるのは私の役割。そして、部下を信じるのがあなたの役割です」


 彼女の瞳には揺るぎない確信があった。マルフレアはただの軍師ではない。弾九郎の成長を導く者でもあるのだ。弾九郎はそのまっすぐな視線を受け止め、深く息を吐いた。


「……わかった。俺は、皆を信じる」


 部屋の空気が、確かに変わった。無言の熱がその場を包み、互いの決意が火花のように交差する。ここにいる者たちは、戦うために集まった仲間だ。信じ合わねば、勝利など掴めるはずもない。


 現在の戦力は、グリクトモア正規兵が二十八機、グリシャーロットが五十二機、傭兵三十六機。指揮官機が七機で合計百二十三機。さらに補助的な役割を果たす土木用オウガが十八機。だが、それらは直接の戦闘には使えない。


 そこへ、鉄扉が軋んだ音を立てて開いた。


「おっ、皆さんお揃いで」


 現れたのはクラット。いつもの飄々とした笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には確かな達成感が宿っていた。


「戻ってきたか。首尾はどうだった?」


 弾九郎が立ち上がり、クラットに声をかける。


 クラットは長らく魔賤窟で用心棒を務めてきた。荒くれ者たちが跳梁するその地で、彼は幾度となく刃を交わし、信頼と畏怖を勝ち取ってきた。そうして築いた人脈を頼りに、今回は魔賤窟が保有する戦力の借り受けという難題に挑んだのである。彼にしかできない、極めて危険で繊細な交渉だった。


「二十五機。これだけ、貸してもらうことで話がまとまった」

「そうか。よくやってくれた」


 マルフレアが短く頷く。クラットは肩を竦めながら、軽い調子で続けた。


「いやあ、軍師さんがばら撒いた噂が効いたみたいでさ。魔賤窟も全面協力するってさ。交渉もすんなりだったよ」

「それにしては、二十五機って少なくねえか?」


 と、ヴァロッタが眉をひそめる。


「あそこには五十機以上、オウガがいるって話じゃないか」


 クラットはにやりと笑った。


「選んだからさ。グリシャーロットであんたらに瞬殺されたような奴を連れてきてもしょうがないだろ? だから、少なくとも『使える』奴だけにしたのさ」


 その言葉に、場の空気がほんの少しだけ、安堵と共に緩んだ。


 クラットの判断は妥当だったし、それはマルフレアの事前の指示でもあった。これで総戦力は百四十八機に達する。まだクルーデの軍団とは百機以上の差があり質も数段劣る。だが、それを覆すのがマルフレアの戦術であり、弾九郎たちの覚悟。


 つい先日まで、重苦しい絶望の霧が街を覆っていた。しかし今、この部屋には違う空気がある。希望と覚悟が、静かに立ち上がりつつあった。

お読みくださり、ありがとうございました。

グリクトモアからグリシャーロットへと続く森の一角には、ひっそりと竹林が広がっています。

この竹林は、かつてグリシャーロットの職人たちが筍を採るために植えたのが始まりとされています。

今では竹は建材としても重宝されており、弾九郎もその中から質の良いものを選び出し、自らの手で竹刀を作り上げました。

幼い頃に上泉信綱から手ほどきを受けていたため、竹刀づくりも彼にとっては朝飯前の仕事です。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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