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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリシャーロット編

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第56話 絶望のグリクトモア

 コンテナのドアが軋みを上げて開き、室内の光が弾九郎を照らす。次の瞬間──。


「ダン君!」


 声と共に、ミリアが勢いよく飛び出して、弾九郎に抱きつく。小さな体は震えていたが、その震えにはもはや恐怖ではなく、安堵が宿っていた。


「もう平気なの?」

「ああ、全部片付いた。これで皆、家に帰れるぞ」


 その言葉は、暗闇に差し込んだ一筋の光のように、少女たちの心に届いた。


 一瞬の静寂の後、コンテナの中から歓声が爆発するように沸き上がった。長い恐怖の時間が終わり、ようやく安堵の時が来たのだ。


「すごい! すごいよ! さすが弾九郎兄ちゃん!」


 ラエルが満面の笑みで飛び出し、弾九郎に抱きついた。涙と鼻水でグシャグシャになった頬にも、晴れやかな輝きが戻っている。


「ラエル、ラエラ。お前たちの勇気がみんなを救ったんだ。よく頑張ったな」


 弾九郎の大きな手が二人の頭を優しく撫でる。ラエルはくすぐったそうに笑い、ラエラは目を潤ませながらも、しっかりと頭を下げた。


「ありがとう弾九郎兄ちゃん!」

「ありがとうございます……!」


 口をきける少女たちは、次々に声を上げ、彼を取り囲んでいく。その輪の中には、まだ震えている娘もいたが、皆の笑顔に包まれ、うずくまったまま涙を流していた。その涙は、恐怖の果てに訪れた「救い」への感謝だった。


 外の空気が流れ込み、埃と汗の匂いの中に、どこか草の匂いが混ざっていた。どこまでも続く灰色の世界に、確かに今、色が戻ってきていた。


「……しかし、まだ終わってないぞ。これからすぐに発つ」


 弾九郎の声は静かだが、決意に満ちていた。少女たちも、その意味を理解してうなずく。恐怖を知った子供たちは、もうただの子供ではなかった。


 彼らは再びオウガに乗り込んだ。機体の足元に守るべき命を載せて、弾九郎はドアを閉じる。再び始まる道行きの中で、彼の背には小さな希望の光が灯っていた。


 *


 グリクトモア──それは少女たちの故郷であり、出発地グリシャーロットのすぐ隣に位置する国だった。二国間の首都の距離はわずか八十キロメートル。巨大なコンテナを曳いていたとしても、オウガの脚力であれば四時間足らずの道のりだ。


 そして、まさに四時間後のこと。弾九郎たちは、夜闇の中に佇むグリクトモアの城塞都市の前に到着した。


 夜空には星が無数に瞬き、冷えた空気が頬を刺す。時刻はすでに深夜十二時を回っていた。コンテナの中からは、安らかな寝息が聞こえる。少女たちは、疲労と安堵からか深く眠っている。


「起こすのは可哀想だな……」


 弾九郎がふと呟く。口調に滲むのは、安堵とほんの少しの哀しみだった。


「この時間では家族も迷惑でしょう。このまま朝を待つのが良いかと思います」


 メシュードラの冷静な声が、星空の下に静かに響いた。


「じゃ、俺たちは野宿だな」


 ヴァロッタが肩をすくめて笑った。どこか吹っ切れたような声だった。


 三人はコンテナのそばで焚き火を囲み、遅い夕食を取った。肉を焼く香ばしい匂いと、パチパチと薪が弾ける音が、静寂を柔らかく切り裂く。


「星明かりだけじゃよくわからんが……ずいぶん荒れた街のようだな」


 弾九郎が火に薪をくべながら、目の前に広がる城塞都市を見つめてつぶやいた。


 グリクトモア──かつて堅牢だったはずの壁は、あちこちで崩れ落ちている。もはや防衛機能など形ばかりで、オウガの出入りすら自由な無防備の状態だ。崩れた壁の隙間から覗く街並みは、廃墟ばかりが目に付く。灯りのついた家など、数えるほどしかない。そこにあるのは、かつての繁栄の名残だけ。まるで命を失いかけている老いた獣のようだった。


「グリクトモアとグリシャーロットは、ヤドックラディ王国から酷い迫害を受けているそうです。野盗も頻繁に襲ってくると聞きました」


 メシュードラの声に、ヴァロッタがすぐに応じた。


「魔賤窟に売られた娘たちを攫ったのも、そういう連中だろうな。……俺たちのしたことって、ひょっとすると意味なかったのかも……」


 ヴァロッタの目が、暗闇の奥を見つめている。少女たちの無事を喜びながらも、心の底ではどこか虚しさが消えなかった。


「いずれまた、あの娘たちも攫われるかもしれない……」

「なぜ……なぜそんなことになってしまったのだ……」


 弾九郎のつぶやきは、焚き火の炎に吸い込まれるように消えた。その表情は深刻だったが、どこか諦めにも似たものが滲んでいた。弱肉強食が支配するこの世界では、理不尽さもまた「当たり前」なのかもしれない。


「両国は……ヤドックラディ王国が生まれる前から、この地に根を張っていた古い国なのです」


 メシュードラが穏やかに、けれど確かな声音で語り出した。


 かつて、大陸随一の富を築いた豪商、オロロソ家がいた。彼らは富をもって土地を買い占め、やがてはグリクトモアという主権国家を築き上げた。王の座には就かず、当主が統治するという独自の形をとりながら、合議制によって市民の声を取り入れ、支え合いながら国家を維持してきた。


 初代当主、トモア・オロロソは平民の出身だった。そのため、世間の声に対して耳を傾ける姿勢を貫く。権限は議会に委ねられ、グリクトモアは立憲君主制に近い体制を保った。


 隣国グリシャーロットもまた似た道を歩んだ。漁業組合の連携によって生まれた国家であり、組合を束ねるライコネン家が市場を守るために興した国だった。


 この二国は、ハマル・リス大陸の辺境、アイハルツ地方に位置し、中央からの干渉を受けにくい地勢に助けられながら、数百年にわたり独立と繁栄を保ってきた。


 しかし三百年前、軍人出身のグルト・ゴーレイがヤドックラディ王国を建国すると、状況は変わる。両国は対立よりも協力を選び、ヤドックラディ王国から特別待遇として自治国の地位を与えられた。


 だが──その歴史に暗雲が垂れ込めたのは、たった八年前のこと。バート・ゴーレイが王位に就いたときだった。


 新たな王は、過去の恩義も特例もすべて否定し、二国に併合を迫った。だが、両国は拒絶した。武力による侵略は民意を失うと見たバート王は、あくまで合法的に、陰湿に、二国を締め上げた。重税、通行の遮断、取引の制限。じわじわと国の首を絞めるような策略だった。


 グリシャーロットは漁業という基盤のおかげで辛うじて耐えているが、組合員たちの不満は日に日に増している。一方、グリクトモアは金融以外の産業がほぼ皆無。王によって取引を封じられ、今やオロロソ家の私財だけで国家の体面を保っている有様だった。


 焚き火の灯りに照らされた三人の顔には、言葉にできない思いが宿っていた。


「さっき戦った連中──アイツらは何者だ。魔賤窟の用心棒にしては……腕が立ちすぎる」


 弾九郎にはそれが不思議だった。焚き火の炎が揺らぎ、その表情を不規則に照らす。焦げた木の匂いが夜気に混ざり、どこか物悲しい空気が流れる。


 あの戦いを振り返れば、彼らが相手にしたオウガは三十機──そのうち二十三機は、ほとんど反応する間もなく沈んだ。剣を構えることすらできずに沈黙した彼らは、恐らく雇われの用心棒。腕も、実戦経験も、たかが知れている。


 だが──残った七機は違った。

 あの一戦の中でも、明らかに異彩を放っていた。


 クラット・ランティス。デュバル・ボルグ。そして、名も知らぬ五人の戦士たち。

 一目見てわかる。彼らは戦場の修羅だった。剣筋に迷いがなく、動きには殺気と冷徹さが宿っていた。魔賤窟の用心棒にしては強すぎる。彼らの戦いぶりには「金で雇われた程度の戦士」にはない、覚悟と練度、そしてどこか背後に潜む「大義」の匂いすらあった。


「クルーデという傭兵がいまして──」


 メシュードラがゆっくりと語り出す。火を見つめたままの横顔は、静かだが緊張に満ちていた。彼の中では、断片だった情報が一つの像を結びつつあった。


 ──午前中、ムースから聞いたあの話。

 ──デュバル・ボルグの口ぶり。

 それらを頭の中でつなぎ合わせていくと、ある恐ろしい構図が浮かび上がってきた。


 クルーデ──伝説の傭兵。その実力は、大陸十三剣すら凌駕すると噂される。

 そんな男が、今、自ら軍を組織しているという。そしてその軍勢を率い、ある城を落とす任を帯びて動いているらしい。


「……その標的が、グリクトモアではないかと思われます」


 メシュードラは低く、噛みしめるように続けた。

 クルーデの軍には、デュバルの他にもう一人、十三剣が加わっている。残る五人も、おそらくは百戦錬磨の猛者たち。彼らが集まったのは偶然ではない。明確な意図がある。


 そして、その意図を与えた者──その黒幕こそが、バート・ゴーレイ王。


 バート王はクルーデに依頼してグリクトモアを壊滅させ、その余波でグリシャーロットまでも屈服させようとしている。だが、グリシャーロットの漁業や市場は、王にとっても貴重な施設。破壊するわけにはいかない。だからこそ、まずはグリクトモアを、徹底的に、無慈悲に潰す必要があった。


「──ですから、奴らはグリクトモアを……徹底的に破壊し尽くすつもりでしょう……見せしめとして……」


 メシュードラの声は、どこか震えていた。言葉の重みに、自らの鼓動が押し潰されそうになっていた。


 焚き火の炎が、静かに弾ける。その音だけが、答えを失った沈黙をかき消していた。


 弾九郎は手にしていた小枝を無意識に握り締め、パキリと音を立てて折る。その破片を火に投げ入れると、火花が一瞬だけ空へ跳ねた。


「…………そうか」


 それだけ言って、弾九郎は口を閉ざした。言葉よりも深い怒りと憂いが、眉間の皺に宿っていた。


 夜は、静かだった。

 ただ静かで、広く、冷たい。


 少女たちはまだ眠っている。安堵に満ちた寝息が、かすかにコンテナの中から漏れてくる。

 その無垢な息遣いが、今にも崩れそうな現実を、かろうじて支えているかのようだった。


 空に散る星々は、何も知らず、ただ彼らの物語を見下ろしていた。

お読みくださり、ありがとうございました。

バート王の構想では、まずクルーデにグリクトモアを壊滅させ、その後グリシャーロットを攻撃させる計画です。

そして、彼らの臣従を条件に、ヤドックラディ王国の正規軍が介入するというシナリオになっています。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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