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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
グリシャーロット編

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第55話 暴力返済

「さて……と、それじゃ、借金を返しに行くか」


 弾九郎がぼそりと呟く。目の前の戦場は、既に静寂の一歩手前。だが、それは終焉の前の静けさ。まだ火は消えていない。


 彼の視線は、次の戦場をすでに捉えていた。コンテナの周囲──敵影なし。弾九郎は力強い声で叫んだ。


「ヴァロッタ! 俺と代われ! そいつらは俺が片付ける!」


 応答は即座に返ってきた。


「助かるぜ! そろそろ一息入れたかったんだよ!」


 疲労混じりの声には、それでもなお高揚感が残っている。ヴァロッタのツイハークロフトは、砂煙を巻き上げながら滑るように後退、弾九郎のダンクルスと正確無比な連携で瞬時に位置を交換した。


 これまでの戦闘で既に大半のオウガは倒れていた。残るは、ザンジェラとルキーチの死闘、そして五機の熟練兵に囲まれたヴァロッタの戦域。それも今、ダンクルスが割って入ったことで空気が変わる。


 敵の五機は、その場に固まり、慎重に距離を取った。

 クラット・ランティスのベルクォを正面から破ったあの黒いオウガが──今、こちらを睨んでいる。


「くそ……こいつが来ちまったか……!」


 一人が小さく呻く。

 ベルクォとの戦いを見ていた彼らには、もはや軽口を叩ける余裕などなかった。


 黒き鋼の巨体が、土の上を静かに進む。その一歩ごとに、地を叩く音が重く響く。

 まるで死神が歩むような静謐と威圧。


 ──こいつはヤバイ。


 全員がそう悟っていた。


 ダンクルスの両腕が、ゆっくりと構えを取る。肩の関節が低く唸りを上げ、黒い刃が鈍く光を反射する。

 その姿はまさしく鋼鉄の剣豪。静かなる怒涛。


 弾九郎はわずかに目を細める。五機の敵を見据えながら、心の内に燃えるものがあった。


 刃が、一歩踏み込むごとに深く構えられていく。


 砂埃が、敵の視界をかすめる。

 緊張の糸が、音もなく張り詰めた。


 五機の熟練兵たちは、わかっていた。──突撃したら、死ぬ。


 しかし、逃げれば──背を見せた瞬間に斬られる。


 全員が一瞬、意志を飲み込む。刹那の判断力と連携力、そこに命を預けるしかない。だが、それは、弾九郎という異質な存在の前では、果たしてどこまで通じるのか。


 黒いオウガ・ダンクルスは、ゆっくりと、だが確実に歩み寄る。


 無言のまま、戦場の主導権が──完全に移り変わっていた。


「おい! デュバルとか言ったな!」


 不意に、弾九郎の声が響く。

 その呼びかけは、まさに今メシュードラと激しく打ち合っているデュバルに向けられていた。


「テメエ何者だ!」


 苛立ち混じりに叫ぶデュバル。その瞬間、ザンジェラが一歩引く。メシュードラは、あえてその会話を邪魔しない選択を取った。

 砂塵の中で、巨大なオウガたちが一瞬だけ静止する──異様な空白の時間。


「俺は来栖弾九郎。クラットの借りた五百ギラは、俺が立て替えてやる」

「あ、なに言ってんだテメエ?」

「ちょうどいい。あそこにいるのが五機。一人百ギラってところだな」


 その言葉に、デュバルの眉がピクリと動く。

 意味が分からない。なぜ敵の機体を倒すことで借金が返済されるのか。


 だが、思考が結論に至る前に、ダンクルスが──動いた。


「っ! 来るぞ!!」


 熟練兵の一人が叫ぶや否や、ダンクルスが黒い残像を引いて跳躍した。

 轟音を伴い、鋼鉄の巨体が宙を裂き、まるで斬鉄の化身のごとく五機の中に突っ込む。


 瞬間、五機のオウガが一斉に反応。

 フォーメーションを乱さず、挟撃、突撃、防御──完璧な連携が展開される。

 彼らは伊達に歴戦を潜り抜けてきたわけではない。数ではなく、経験と技術で生き残ってきた猛者だ。


 だが、それでも──追いつけなかった。


 ダンクルスが右から振り下ろした一撃は、並のオウガなら上半身ごと裂かれていた。熟練兵の一機が間一髪でガードするが、その腕がへし折れる。

 即座に後方からの射撃支援が飛ぶが、ダンクルスは低く身を沈め、次の瞬間には左隣の機体に斬りつけていた。


「速い……! いや、これは──見えないッ!」


 錯覚のような踏み込みと、軸の読めない剣筋。

 まるで五機それぞれに同時攻撃を仕掛けているような幻影。

 一つの機体が、五つの殺意を同時に展開しているかのような……そんな「異様」が、確かにそこにあった。


 熟練兵の一人が斬られながらも、反撃に転じる。腹部へ膝蹴り。だが、それを読んでいたかのようにダンクルスは半回転、カウンターの踵で敵機の頭部をへし潰した。


「一機……ッ!」


 轟音と共に、一機が沈む。


 二機目は接近戦を避けようと距離を取り、後退しながら剣を繰り出す。

 だが、それを読んでいたかのように、ダンクルスはもう一機を盾にしてそのまま突っ込む。


「二機目……ッ! 早すぎるッ!」


 瓦礫と砂塵の中を進むダンクルスは、もはや鬼神。

 第三の機体は反射的に回避に出るが、その動きこそが死を呼び込む。

 逆に斬撃の軌道に「滑り込む」形となり、胴体が斜めに裂けた。


「──ッくそおおおお!!」


 残る二機は、生き残った本能で弾九郎の側面を狙う。しかし、それこそが最もしてはならない行動だった。

 ダンクルスは全身を捻りながら脇差しを抜き、腰を回して両腕を広げるように、双刀を同時に振るう。


 旋風の双斬。

 黒き刃が二機を一閃し、瞬間、地面に二本の煙柱が立った。


 音が、消えた。


 五機が、すべて──沈黙した。


 煙の中から姿を現したのは、わずかな火花を纏った黒きダンクルスのみ。

 まるで刃を浴びた瞬間に、時さえも切断されたかのような決着だった。


 ヴァロッタがぽつりと呟く。


「……なんつー動きだ。アイツ、マジでデタラメに強えぇ……」


 メシュードラは目を細め、静かに一言。


「弾九郎殿は……すでに一人で軍隊だ」


 そして、呆然とその光景を見つめていたデュバルに弾九郎は再び声をかけた。


「どうだデュバル? まだ足りないなら利子を付けてやってもいいぞ。そうだな、貴様は二百ギラというところか」


 狂っている──そう思った。


 常識も、戦術も、金の価値も、この男には通じない。

 ただ、「借り」を「斬る」という理屈で戦う、バケモノ。


 気づけば、三十機いた味方は──自分を除き、全滅。

 ザンジェラ一機すら手こずるのに、こんな状況、もはや勝負にすらならない。


「……メシュードラ! テメエとのケリはいずれ付けてやる!」


 そしてダンクルスの方を睨む。


「弾九郎とか言ったな! テメエも確かにバケモノだ。……だが、それでも──クルーデには勝てねえ……」


 そう捨て台詞を残し、ルキーチは跳躍──。

 そのまま影のように夜の彼方へと姿を消した。


 *


「ようやく片付いたな」


 静かに風が吹く。焦げた鉄の匂いと、機体の残骸から立ち昇る煙の中、ダンクルスが刀をゆっくりと鞘に収める。その動きは、戦いを終えた獣が牙を引っ込めるように、無駄なく、自然だった。


 瓦礫の向こうから、ツイハークロフトの巨影が現れる。


「相変わらずすげぇなぁ、お前は……」


 しみじみと、呆れ混じりの賞賛が漏れる。


「でさ、借金の話はなんだよ? どうして敵を倒したら借金返済になるんだ?」


 ヴァロッタの問いに、弾九郎は少しだけ間を置き、淡々と答えた。


「ああ。昔、あこぎな借金取りがいてな。村まで乗り込んできて、子分を連れて取り立てに来た。……だから、片っ端から殺してった」

「……それで?」

「気が付いたら借金、帳消しになってた」


 風が、重い空気を切るように通り過ぎた。


 ヴァロッタはぽかんとした顔のまま数秒沈黙し、肩を竦めた。


「……マジかよ……いや、なんでそうなんだよ?」


 呆れたというよりは、心の底から理解を放棄したような声音だった。

 だが、弾九郎はその反応にも特に関心を示さない。ただ、空を見上げ、どこか遠い記憶に目を細めていた。


 それは──前世の記憶。


 焼けた畑。泣き叫ぶ村人たち。

 法外な利息を盾に、善良な暮らしを奪おうとする連中の顔。

 自分の力でねじ伏せ、黙らせたあの日のことが、まだ脳裏に焼き付いている。


 ──正義も理屈もない。ただ「奪おうとする者」を斃す。それだけで十分だった。


「……お前、前世はどんな人生だったんだよ……」


 そう呟くヴァロッタの声は、まるで化け物を前にした人間のそれだった。


 そのとき。


「弾九郎殿」


 澄んだ声が背後から届く。

 メシュードラが静かに歩み寄ってきていた。戦場に似合わぬ、気品ある声音。


「お見事な腕前でした」


 その言葉には一切の皮肉も冗談もない、まっすぐな尊敬の念が込められていた。


「おう。お前もよくやってくれた」


 弾九郎は軽く頷き、続ける。


「……あのデュバルってヤツとは知り合いなのか?」


 メシュードラはわずかに目を伏せ、答えた。


「はい。昔少々……因縁がありまして」

「そうか」


 弾九郎は短く返す。その表情は読み取れない。だが、彼の声には、妙な温度があった。

 不干渉でも、同情でもない。あくまで、仲間の過去を尊重するような──そんな声。


「じゃあ、次会ったときにケリをつけりゃいい。……今度は邪魔しねえから」


 静かに、確かに言ったその言葉に、メシュードラの目が揺れる。

 少しだけ微笑み、彼は深く頭を下げた。


「……はっ!」


 夜の風が吹く。火薬の匂いは徐々に薄れ、かわりに戦場に静けさが戻ってくる。


 焼けたコンテナのそばで、三人の影が並んだ。


 そして、その中心にいる男は──。

 自分の中でだけ確かな「常識」を抱えたまま、ただ静かに、空を見上げていた。

お読みくださり、ありがとうございました。

弾九郎の主張は、「オウガを倒すから賞金を支払ってほしい。その賞金で借金を相殺したい」というものでした。

しかし、その理屈はデュバルはもちろん、誰にも理解してもらえませんでした。

借金は現金で返済しましょう。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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