第54話 三つの戦い
「キャアアーー!!」
耳をつんざく金属音が、また響いた。瞬間、コンテナが地鳴りのように揺れる。打ち寄せる衝撃が、床を伝って全身を揺さぶった。
少女たちの悲鳴が、震える壁に跳ね返る。息を潜めても、祈っても、戦場は容赦なく彼女たちのすぐ傍にあった。
ひときわ幼い少女は、横たわったまま身体を小さく丸めていた。硬い床に額を押しつけ、震える肩がわずかに上下する。壁際に座る別の少女は、目をつぶりながら両耳を塞ぎ、歯を食いしばっていた。音を遮断しようとしても、心の震えは止まらない。
ラエナの腕の中には、ラエラとラエルがしがみついている。目を見開いたまま、涙をこらえることもできず、嗚咽が時折こぼれていた。ラエナ自身も、平静を保っているように見えたが、顔は青ざめていた。かろうじて倒れないでいるのは、彼女が姉だからだ。ただ、それだけだった。
「大丈夫よみんな!!」
ミリアの声が、震える空気を裂いた。
叫ぶように、でも必死に優しく。
その声には、自分自身に向けた励ましが滲んでいた。
「ダン君は強いんだから! ヴァロッタさんも、メシュードラ様も、本当に本当に強いから……絶対負けないよ!」
唇がかすかに震えていた。
鼓動は早鐘のように胸を叩き、息もまともに吸えない。けれど、それでも言葉を絞り出す。誰かが言わなければならなかった。誰かが、この空間を「恐怖」から「希望」に変えなければならなかった。
ミリアの手は、ラエナの肩にそっと添えられていた。震える少女たちのそばで、彼女自身もまた震えていた。けれど、心は折れていなかった。
彼女の中にあったのは、信じる強さ。
弾九郎は必ず自分達を守ってくれるという確信。あの背中に、命を預けてもいいというほどの信頼。
それだけが、今の彼女を支えていた。
外では、また地響きと共に轟音が響く。
そして、コンテナの壁が小さく軋んだ──まるで、誰かの怒りと覚悟が、その向こうで燃えているかのように。
*
「久しぶりだな、メシュードラ! まさかこんな所で大陸十三剣に会えるとは思ってなかったぜ!」
声が響いた瞬間、空気が変わった。
獣じみた笑みと共に現れたのは、ライムグリーンの機体──ルキーチ。その両手には、両端に刃を持つ凶悪な双頭槍が握られていた。背後に吹き上がる火花を背景に、まるで修羅の化身のように立つその姿は、見る者すべてを圧倒した。
「貴様……デュバル・ボルグか!」
メシュードラが駆るザンジェラの前に立ちはだかったのは、乱剣のデュバル。大陸十三剣の名を冠し、かつて幾度となく鎬を削り合った男だ。
あるときは背中を預ける味方として。
そして、またあるときは命を賭して剣を交える宿敵として。
数え切れぬ戦場で交差したその因縁が、いま再びこの地で交錯する。
「ムースから聞いたぞ。貴様、クルーデの誘いを断ったそうだな」
「そうか。貴様が、あのクルーデの下に付いた十三剣の一人か……見下げ果てた奴だ」
「抜かせよ! 貴様も戦ってみりゃわかる。あの怪物には誰も勝てねぇ……だったらその波に乗るしかねぇだろうが!」
「誇りも信念も捨てたか……デュバル」
「誇り? そんなもんはなァ、最初から持ち合わせちゃいねぇよ!!」
怒声と共に、ルキーチが動いた。
双頭槍が唸りを上げ、あらゆる方向からザンジェラに襲いかかる。空気を切り裂く風圧と、火花を散らす金属音が交錯する。鋭く、重く、速い。まさに狂乱の刃。
「……その程度かデュバル!」
ザンジェラの剣が、炎を纏ったようにうなりを上げる。
受け、捌き、斬り返す。重厚な盾で致命打を防ぎ、隙間を縫って剣を叩き込む。斬撃のたびに大地が抉れ、爆発のような衝撃が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
双頭槍とロングソードが何度も激突し、まるで雷鳴のような音が空に響く。
「クッ……やりやがる……! 相変わらずクソ真面目で、クソ強ぇ!!」
「鍛錬を怠ったなデュバル! 一撃が軽いぞ!」
二機の巨体が衝突するたび、地面が砕け、コンテナの中にさえ振動が届いた。だがメシュードラは譲らない。あの男が、かつて共に戦った仲間だったからこそ──ここで止める。その信念が剣に宿る。
互いに一歩も引かない、まさに化け物同士の激突。
十三剣の名を背負う者たちの、運命を賭けた死闘が、いま夜の戦場に火花を散らしていた。
*
クラットの駆るネイビーブルーのオウガ──ベルクォが、刃を真っ直ぐ天へ突き上げる。八相の構え。
それは、渾身の力を一点に集め、敵を一刀両断するための一撃必殺の型だった。
機体はすでに深手を負っている。右太腿と胴部に刻まれた傷は、まともな交戦を続けられる状態ではない。それでも、引くことも伏すことも選ばず、クラットは構えた。これが最後の一撃──外せば、命はない。
「……命まで賭ける気はなかったんだけどなぁ……」
苦笑いと共に、ベルクォが地を蹴る。
ダンクルスの守る円の中へ──死線へと飛び込む。
だが、その踏み込みは、あえて浅かった。剣先は届かない……しかし、次の瞬間、クラットの手の中で柄が滑る。まるで手品のように、剣が延びる。柄の末端を掴み直し、一瞬で刀身を長く見せるトリック。
目測を狂わせ、一撃で決める。今までこれを破った者はいない。それが彼の切り札であり、生き延びるための知恵だった。
「──もらった!」
勝利を確信した刹那、
「なにぃ!?」
ダンクルスが飛び込んできた。受けるでも避けるでもなく、逆に懐へと踏み込んでくる。視界に映ったのは、巨大な腕が下から迫ってくる一閃。
クラットの剣の長柄を、下から正確に叩き飛ばす。
衝撃が機体を揺らす。クラットは咄嗟にバランスを取り、片脚で地を蹴ると同時に、後方へ宙を舞うように脱出。土煙の中、辛うじてダンクルスの円の外へと転がり出た。
「……っぶねぇ……! なんてマネするんだ……」
地面に突き刺さった愛刀を引き抜き、再び構え直す。けれど、もはや彼の中に勝利の青写真はなかった。
冷や汗が機体の内側を伝い、鼓動が早鐘のように鳴っていた。
「貴様、なかなかいい腕だ」
ダンクルス──弾九郎の声が重く響く。
「何故こんなことをしている?」
クラットは、しばらく無言だった。が、唇を噛み、やがて苦く笑った。
「……あそこの大将に、借金を肩代わりしてもらったのさ。五百ギラ。背に腹は代えられなくてね。でもよ、アンタみたいな化け物相手じゃ、割に合わなさすぎるぜ……」
彼は戦場の向こう、ザンジェラとルキーチの激闘を見やり、肩をすくめた。
「そうか」
弾九郎の声は変わらぬまま、しかしその奥に何かを決意する響きがあった。
「なら、その借金──俺が肩代わりしてやろう。だからもう手を引け」
「……ホントかい?」
驚きと共に、クラットは目を細めた。状況の裏を読む。冗談でも騙しでもない。これは「本物」だ。直感が告げていた。
「だったら助かるなぁ……」
ため息のように言って、クラットは愛刀を静かに鞘へ収めた。
「その話、乗ったよ。で、アンタ、名前は?」
「来栖弾九郎だ」
「クルス……ダンクロウ、ねぇ。珍しい名前だな。ま、いいさ」
機体をくるりと反転させ、彼は歩き出す。その背は先程まで死闘を演じていた男のものとは思えないほど、どこか軽やかだった。
「俺はクラット。クラット・ランティス。じゃあな、弾九郎のダンナ。あとはあそこのデュバルと話してくれ」
その足取りは、まるでこの戦場が自分にとって最初から「仕事の現場」に過ぎなかったかのようだった。彼の器用さと生存本能がにじみ出る、戦士ではなく、流れ者の背中。
やがて彼は戦場の熱気をすり抜け、メシュードラとデュバルの激突を傍目に見ながら、ルキーチに近付く。
「デュバルのダンナ、悪いけど俺はここで抜けさせてもらうぜ」
「……なんだとクラット! テメェ裏切る気かッ!」
「クルーデの下につくってのもナシで。借金はあそこにいる来栖のダンナが肩代わりしてくれたからよ。取り立てはそっちにしてくれ」
「クラットォォォーーーッ!!」
デュバルの叫びが、戦場に響き渡る。怒気と殺意が渦巻くその声に、クラットは一瞥すらくれず、背を向けたまま手を振った。
そのまま、彼は闇へと消えた。
生き延びることにかけては、誰よりも確かな「勝者」の背中で。
お読みくださり、ありがとうございました。
メシュードラは十三歳の頃、オウガを携えて大陸各地の戦場を巡る武者修行に身を投じ、その腕を研ぎ澄ませました。
デュバルとは長年にわたり切磋琢磨してきましたが、彼の冷酷さに耐えかねたメシュードラは、次第に距離を置くようになりました。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




