第53話 激闘の咆哮
通常と違い、今回はコンテナを腰に連結せず、弾九郎の駆るダンクルスが巨大な掌で直接曳く。彼にとっては「運ぶ」ことそのものが、すでに戦いだった。
中には十九人の命が乗っている。少女たちの安堵の寝息、わずかな身じろぎ。それを背中で感じながら、弾九郎は一歩ずつ前へ進む。その視線は、夜の地平に据えられた燃えるような点々──ガントロードに繋がる街の出入り口へと向いていた。
篝火が風に揺れ、オウガの巨影がそれに照らされて不気味に踊る。まるで巨大な鬼神たちが、鉄の鎧をまとってそこに立ちはだかっているかのようだった。その足元では、いくつかの荷馬車が検問を受けている。怒号と、いら立ちと、緊迫。だが、弾九郎たちが近づいていくと、その場の空気が変わった。
一斉に向けられる注目。篝火の光が、三機の機体と曳かれるコンテナに鋭く反射する。
「おい! 貴様ら、止まれ!」
槍を構えたオウガが前方ににじり出てくる。その姿は、戦神のように冷たく、無機質な圧を発していた。
だが、弾九郎は微動だにせず、低く、しかし通る声で言った。
「一体何の騒ぎだ? 俺達は先を急ぐ。通してもらうぞ」
「待て! 昼間、魔賤窟から女たちが攫われた! お前たちのコンテナに隠れていないか、調べさせてもらうぞ!」
オウガの声は怒気を帯び、群れの後方にもどよめきが広がる。だが、その騒ぎとは裏腹に、弾九郎の声は静かだった。冷たい水を落とすような、沈着な音。
「その必要はない」
「なんだと?」
「女たちを攫ったのは俺で──彼女たちは、そこにいるからだ」
その言葉は、篝火の熱を一瞬冷ますような、鋭い冷気を帯びていた。弾九郎がためらいなくコンテナを指差した瞬間、周囲の空気が爆ぜる。
「な……なんだと!? オイ、こいつを──」
号令がかかる前に、ダンクルスが動いた。金属の咆哮と共に、その腕が唸り、オウガを一機、宙に弾き飛ばす。火花とともに地面を滑るように転がり、機体はうめきもせず沈黙した。
その衝撃音が、夜に響いた。鉄と土がこすれる音、どこかで少女が小さく息を呑む気配。弾九郎の顔は変わらない。だが、その掌には、確かな覚悟が刻まれていた。
「うーん……初っぱなから派手にカマすねぇ」
ヴァロッタがやや呆れたように口を歪めながらも、すでに機体を構えている。その横顔には、獣のような戦慄が宿っていた。
「コンテナは弾九郎殿が守る。俺たちは奴らを狩るぞ!」
「おうっ!!」
メシュードラの一喝とともに、ザンジェラとツイハークロフトが動く。静寂が破られた瞬間、戦いが始まった。巨影たちが篝火の向こうに踊り、地鳴りのような足音が、夜の帳に混ざっていく。
篝火の光が、戦の咆哮でかき消された。
ツイハークロフトの長槍がうねる。槍身は蛇のようにしなり、次の瞬間には雷のごとく鋭く突き出された。狙うはオウガの首元──! 刃が装甲を滑り、火花が夜空に弾ける。だが続く二撃目は関節部を正確に突き抜き、敵機は膝から崩れ落ちた。
その脇を駆け抜けるように、ザンジェラが飛び込む。ロングソードが唸り、横薙ぎ一閃。迎え撃つオウガが盾を構えるも、ザンジェラは構わず真正面から衝突した。ぶ厚い盾が激突の衝撃で軋む。そこへ──追撃。
「はあああッ!」
低くうなりを上げ、剣を盾ごと振り払う。
装甲を裂く金属音とともに火花が舞い、オウガの腕がねじ切れるように吹き飛んだ。
「一対一なら、こっちが上……だろ!」
ツイハークロフトが応じるように一体を蹴散らし、二機が背中合わせになる。まるで呼吸を合わせた舞のように、双機は敵を次々となぎ払っていった。
──だが。
「ぬっ……!」
メシュードラの剣が受け止められた。全身に衝撃が走る。目の前のオウガは、他の機体とは明らかに動きが違う。防いでから間髪入れず、鋭いカウンターが飛んできた。メシュードラが一瞬でも反応を遅らせていれば、胸部装甲を貫かれていたはずだ。
「……気をつけろ、ヴァロッタ! 手練れが混じってる!」
その警告が届くより早く、ヴァロッタの周囲に三機が回り込んでいた。火花が散り、鋼が交錯する。俊敏なツイハークロフトは紙一重で斬撃をかわすが、相手の見切りも速い。長剣の刃が肩装甲を掠め、細い傷を刻んだ。
「やるじゃねぇか……!」
ヴァロッタが笑う。だがその声には、昂ぶりと焦燥が交じっていた。数で押され、技量で拮抗する相手──目の前の傭兵は、恐らく百戦錬磨。長期戦になればなるほど分が悪い。
「時間がかかれば……コンテナが危ない」
メシュードラが舌打ちする。戦況は拮抗──いや、微かに押されつつあった。
そのとき、背後で轟音が響く。
弾九郎のダンクルスが、静かにコンテナの前に立ちはだかる。依然として一歩も動かない。だが、その周囲だけ、まるで空気が異質だった。
弾九郎の視線が、群れの中の猛者たちを冷静に見据えている。機体越しでも伝わる、獣を狩る者の眼差し。
「……腕利きが四、いや五か。だが奥の二機……厄介なのは、あっちのようだな」
低く呟くと、ダンクルスの腰から巨大な剣が引き抜かれた。
戦場の喧騒の中、ただ静かに佇む二機がいた。
一機は鮮やかなライムグリーンの機体。その両手には、両端に刃を備えた異形の双頭槍。曲線的なフォルムに似つかわしくない、獰猛な気配を漂わせている。
もう一機、ネイビーブルーの機体は、細身ながら異様に長い柄の長剣を腰に携えていた。抑えられた色彩とは裏腹に、ただ立っているだけでじわじわと圧を放つ。
二機は周囲の戦況を見渡していた。観察している。探っている。──狩りの間合いを計る捕食者の目だ。
「……おい、クラット。貴様は、あの黒いヤツをやれ」
低く、重く、短く。
その声が響いた瞬間、戦場の温度が数度下がったような錯覚すら走る。
「へいへい。で、デュバルのダンナはどうしますんで?」
「俺は、あの白いのをやる」
隊長格と思しきライムグリーンのオウガが、双頭槍を手に静かに前進を始める。
続いて、ネイビーブルーのオウガが肩をすくめるように一歩を踏み出す。その動きに呼応するように、周囲の戦火がざわめいた。
「悪いんだけど、これも仕事でね。女たちをさっさと渡してくれたらありがたいんだけど……」
間延びした調子で、クラットが語りかけた。その軽薄な口調の裏に、凄絶な技量と場数が見え隠れする。
「そうはいかん。彼女たちが欲しければ……腕尽くで来い!」
弾九郎が応じた。
刹那、ダンクルスの巨躯が吠えるように動いた。斬撃一閃、闇を裂くような横薙ぎが走る。凄まじい速さ。だがクラットのオウガはその剣を飛翔で躱す。息をつく間もなく、一撃、二撃、三撃。と、三連撃が襲いかかる。
金属がぶつかり、火花が弾けた。
「うおっ……あっぶねぇー……! 俺のベルクォがボロボロだぜ……」
クラットが思わず呟く。
クラットのオウガ──ベルクォは三連撃をどうにか受け切った。だが、無傷では済まなかった。右の太腿と腹部に深々と抉れた痕跡。油と火花が滲む。
人間の感覚なら、即座に機能を失う致命傷だ。
「今日は二人もバケモノを見たし、もう打ち止めかと思ってたんだけどなぁ……」
クラットは軽く笑う。だが、その笑いに混じるのは、確かな戦慄。
目の前にいるのは、「今日イチ」どころか、「人生イチ」のバケモノかもしれない。
「イチバン、ヤバいのが出てきちまった……」
ネイビーブルーの機体がじりじりと後退する。
コンテナを中心に弾九郎が描く不可侵の「円」──クラットはその境界の外に抜け出し、距離を取った。
一定範囲の外へ出れば、ダンクルスは追ってこない。少なくとも、彼はそう読んでいた。
ベルクォが剣を構え直す。
空気が張り詰める。次の瞬間、死を賭した「間合い」の攻防が始まるのだ。
お読みくださり、ありがとうございました。
グリシャーロットからガントロードへ通じる街道は一本しかなく、オウガで移動する場合は必ずその道を通ることになります。
そのため、用心棒たちは街道の入口で待ち構えていました。
また、裏道や馬車専用の道路では、別の用心棒たちが各所で検問を行っていました。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




