第4話 怒りの大槌
トルグラスは筋骨隆々で強面な風貌をしているが、その温厚で気さくな人柄は町中の誰もが知るところだった。
「トルグラスさんが怒ったところなんて見たことがない」
人々は口々にそう言う。しかし、孫娘のこととなると話は別だ。ミリアに何かあれば真っ先に駆けつけ、もし誰かが彼女を虐めようものなら、どんな報いを受けるかわかったものではない。
今もまさにその瞬間だった。通報に駆けつけた婦人から「ミリアが露店街にいる」と聞くや否や、大槌を担いで駆け出したのだ。
「ミリア~~!!」
轟く怒声に、路上の人々は何事かと道を開ける。弾九郎もその後を追った。
「やめてください! 返してください! それは大切な預かり物なんです!」
露店街の一角で、ひとりの少女がガラの悪い男たちに必死に訴えていた。なかでもひときわ体格の良い男の脚にしがみつき、懇願するように叫んでいる。
「悪いな、お嬢ちゃん。こいつは俺様が気に入った。今日から俺が使ってやるから、持ち主にはそう伝えな」
「ダメです! その剣はミラード男爵家に代々伝わる宝剣なんです! 奪ったとなれば、ただでは済みませんよ!」
「男爵? 知るかよ。俺たちは最強無敵の鉄鎖団だぜ! グンダ王の助っ人に来てやったんだ。文句があるなら、団長のヴァロッタ様に言いな!」
男の手には、美しい宝石で装飾された見事な剣が握られている。血と泥にまみれた男たちには到底ふさわしくない代物だが、ミリアがこれ以上抵抗すれば、力ずくで黙らされるのは明白だった。
「ミリア!! 無事か!」
トルグラスが怒気を放ちながら駆け寄る。
「お爺ちゃん! この人たちがミラード男爵様の剣を……!」
男たちはトルグラスを睨みつける。
「なんだ、ジジイ! このしつけえガキはお前の孫か? さっさと連れて消え失せろ!」
トルグラスは男を静かに見据え、低く言った。
「その剣は儀典用で実戦には向かん。もし本当に使える剣が欲しいなら、儂がいくらでも打ってやる。だから、その子と剣を放せ」
「ああ? 放さなかったらどうする? まさかジジイ、俺たちとやり合うつもりか?」
男が言うと、仲間達が一斉に笑った。しかし、トルグラスは無言のまま大槌を握りしめる。その手が僅かに震えた。怒りを抑えている証拠だった。
「ぐあっ!!」
緊迫した空気が頂点に達した瞬間、宝剣を握っていた大男が突如、盛大に転倒し、地面に叩きつけられた。
「な、何しやがる!」
うつ伏せになった男。その右手首を掴んでいたのは、弾九郎だった。男を後ろ手に押さえつけ、無理やり土を舐めさせている。
「どこにでもいるな、貴様のような輩は……。──トルグラス殿、剣をお返ししよう」
弾九郎は男から奪い取った剣をトルグラスに渡し、それからミリアに目を向けた。
「あなたがミリア殿か。俺の命を救ってくれたと聞いた。その恩返しというわけではないが、こいつらの始末は俺がつける。あなたはトルグラス殿と帰りなさい」
「えっ、えっ、キミ、大丈夫なの?」
「心配御無用。この手のならず者の相手は慣れている」
そう言いながら、弾九郎は男の腋を踏むように蹴り上げた。
鈍い音とともに、男が転げ回る。
「いでええええ!! てめえ、なにしやがる!!」
「肩が外れたぐらいで騒ぐな」
弾九郎が男たちを睨みつける。当然ながら彼は丸腰で、武器の類は一切持っていない。しかし、戦場を渡り歩いた者たちにはわかるのだ──目の前にいる男が、絶対に敵に回してはいけない存在だと。
「お、覚えていやがれ!」
男たちは、チンピラの手本のような捨て台詞を吐き、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「見捨てられたな。薄情な連中だ」
弾九郎はのたうつ男の上に跨ると、外れた腕を取り、手早く付け根を押し込んだ。
「あ……れ?」
「これで元通りだ。しばらく腫れるかもしれんが、十日もあれば治る」
「う……うぅ……」
男は肩を押さえたまま立てずにいた。弾九郎の鮮やかな手並みを見ていた町の人々は、惜しみない拍手と称賛の声を上げる。
「ダンクロー……お前さんは一体何者だ?」
「何者でもない。コイツらと大して変わらん、つまらん男だよ。あなたのように己の腕と技で物を作る人に比べたら、塵のような存在さ」
「ダンクロー……」
言葉を失うトルグラス。隣でミリアが口を開く。
「あっ、あのっ! 助かりました! 本当にありがとうございます!」
「たいしたことではない。それより怪我はないか?」
「はいっ! 大丈夫です!」
「そうか。それは何よりだ。もっと礼を言いたいところだが、先に済ませねばならない用事ができた。それが片付けばトルグラス殿の家に行く。それまで待っていてくれるか?」
「は……はいっ!」
緊張と興奮で頬を紅潮させながら返事をするミリアを見届けると、弾九郎は座り込んだままの男に声をかけた。
「おい。もう立てるだろう。立て」
「う、くくっ……」
「俺は来栖弾九郎。お前にケンカを売ったのはこの俺で、あそこにいる爺さんと娘は関係ない。わかったか?」
「う……うう……」
「返事をしろ! 馬鹿者!」
弾九郎が男の頭を軽く殴ると、ようやく返事が返ってきた。
「わ……わかった……」
「よし。それで、お前の名は?」
「ボ、ボラー……」
「そうか。ではボラー、案内しろ」
「案内? どこへ?」
「お前たちの親分のところだ」
長年の経験から知っている。この手のチンピラと揉めたときは、責任者のもとへ行って落とし前をつけなければ事態は収まらない。トルグラスとミリアのためにも、弾九郎は今日中に決着をつけるつもりだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
今回の舞台・キルダホの街は、木と石とレンガで築かれた中近世ヨーロッパ風の町並みをイメージしています。
とはいえ、物語には文明レベルにそぐわない機器や技術も登場しています。
そのあたりの背景については、物語の中で少しずつ明かしていけたらと思っています。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




