第36話 旅の始まり
「ようし、そうとなったら乾杯だ! 親分、俺達にも酒を驕ってくれるか?」
「もちろんだヴァロッタ。ダンクロの身内は俺の身内だ。好きなだけ飲ませてやる!」
「さっすがグラムの大親分! 酒なんて当分飲めねぇからな、今日は飲み溜めだ!」
はしゃぐヴァロッタの隣で、メシュードラは苦々しい顔をしている。だが、弾九郎は冷静な表情のまま、ロッソへ向き直った。
「その前に親分、親分に話しておきたいことがある」
「なんだ、ダンクロ?」
「親分にはずいぶん世話になった。だが、俺達は数日以内にキルダホを出る」
「なっ、ずっとここにいればいいじゃないか」
「そうもいかん。俺はさっきグンダ王の首を刎ねたからな。その王都に長居はできんさ」
あまりにもあっさりとした告白に、ロッソとロレイナは息を呑んだ。
「ま、まて、ダンクロ……。今お前、グンダ王の首を刎ねたとか言ったな……」
「親分に頼まれたからな。これで借りは返したってことでいいか?」
「えっ……ええっ!?」
王の首を取ってくれなど、もちろん冗談だった。何度も、何度も念を押した。それなのに──弾九郎は本当にやってしまった。
グラム一家にとって、グンダ王は確かに厄介な為政者だった。自分達の息の根を止めようと圧力をかけ続ける、目障りな存在。その王が消えたとなれば、一家にとってはこの上ない話だ。
それでも──。
ロッソは目を見開き、呆然と弾九郎を見つめていた。冗談だと笑い飛ばしていた話が、現実になった。その事実を飲み込むのに、しばらく時間がかかった。
やがて、ロッソの口元がわずかに震えた。肩が揺れ、そして──。
「は、はは……ははははっ!」
腹の底から湧き上がるような笑い声が、屋敷の広間に響き渡った。
「お前ってヤツは……本当に、とんでもねぇ男だな……!」
「そういうワケで、俺はいつまでもこの屋敷の世話になっているわけにはいかん。せっかく借りを返したのに、新たに借りを重ねたら、また誰かの首を刎ねることになるからな」
弾九郎はカラッと笑う。
「そうか……ダンクロ……。街を出ていくって言うなら、俺は引き留めねぇよ。ただな、これだけは覚えておいてくれ。お前たちが何日ここにいようと、俺は決して貸しだとは思わねぇ。キルダホを出てどこに行くかは知らねぇが、ここにはいつ帰ってきたっていいんだ。ここはもう、お前の家なんだからよ」
さすがは荒くれ者を束ねる一家の親分だ。ロッソ・グラムの器量の大きさがにじみ出ていた。
その言葉に、弾九郎は深々と頭を下げる。
「ありがとう親分。何から何まで世話になった。この恩は決して忘れん。それと、ついでと言ってはなんだが、あと一つだけ頼みたいことがある」
「なんだ? 俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
ロッソの返事を聞くと、弾九郎はミリアへと顔を向けた。
「ミリアのことなんだが、この娘は唯一の肉親を失った。この先、一人で生きていかねばならん。その手助けをしてやってほしい」
ミリアがはっと顔を上げる。
「ミリアは掃除も洗濯も出来るし料理も得意だ。優しくて気立てもいい。あと何年かしたら嫁のもらい手は引く手あまただろう。それまでのつなぎでいいんだ。どうか親分、まっとうな仕事なら何でもいい、ミリアが一人で生きていけるよう、取り計らってはくれんか?」
ロッソは深く頷く。
「もちろんだ。お嬢ちゃんも俺の身内みたいなもんだ。まっとうな働き口なんていくらでも──」
そこまで言いかけたところで、ミリアは急に立ち上がった。
「ひどいよダン君! これからずっとそばにいてくれるんじゃないの?」
「ミリア……」
「もう私のこと嫌いになったの? そうなの?」
「い、いや、そういうワケでは……ただ、これからまっとうに……」
「私、お掃除もお洗濯も大好きだし、お料理だって大好き! 絶対に役に立つから、だから、ダン君が行くところに私も連れて行ってよ!」
涙を浮かべながら訴えるミリアに、弾九郎は頭を抱えた。
自分のような人間といても、この先ろくなことにはならない。
それよりも生まれ育ったこの街で、まっとうな人々に囲まれながら生きて行く方が、ミリアにとってどれほど幸せなことか。
だが、ミリアはそんな正論に耳を貸しそうにない。
「いいじゃねぇか弾九郎。一緒に連れてってもよ。男三人のむさ苦しい旅にならずに済むんだから」
「ヴァロッタさん……」
「私も賛成です。これほどまでに真摯な思いを無下にするのはよろしくないかと」
「メシュードラ様……」
強力な援軍を得たミリアは、弾九郎をじっと見つめる。
「……わかったよ。好きにしろ。ただし、危ない目に遭うかもしれないぞ」
「大丈夫。その時はダン君が守ってくれるから」
「……ったく」
弾九郎はこの手の押しに弱い。
今まで一人で生きてきただけに、頼られたり懐かれたりすることに慣れていないからだろう。
──こうして、弾九郎の新たな旅路が幕を開ける。
その道のりがいかなるものになるのか、まだ誰にもわからなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。
王の死はひとまず「自決」ということで落ち着いていますが、いつ容疑が自分に向けられるか分かりません。
だからこそ、弾九郎はミリアを遠ざけようとしていました。
彼女には、トルグラスのように穏やかでまっとうな人生を歩んでほしかったのです。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




