第35話 新たな絆
広間の灯火は揺らめき、温かな光が壁や天井を柔らかく照らしていた。豪華な料理が惜しげもなく並び、上等な酒が絶え間なく注がれている。芳醇な香りが満ち、笑い声と歓談が空気を震わせていた。
弾九郎は料理をつまみながら、その喧騒を楽しんでいた。何人もの美女が彼のもとへと寄り集まってくる。
「こちらが弾九郎様? まあ、なんていい男なの」
艶やかに紅を引いた唇が妖しくほころび、胸元が大胆に開いた着物が滑るように揺れる。彼女たちはしなだれかかるように弾九郎の隣へと座り、しっとりとした瞳を向けた。
しかし──。
「ダン君はまだ子供なんですからね!」
突然、力強い腕が弾九郎に絡みついた。ミリアだ。
華やかな女性たちの間に割り込み、その大きな瞳で睨みつける。
「そんなイヤらしい格好で近付かないで!」
彼女は必死だった。弾九郎を守ろうとするように、その小さな身体を精一杯張る。出された酒も取り上げた。
(中身は四十四歳なんだがな……)
弾九郎は心の中で苦笑した。だが、ミリアにとって彼は少年であり、庇護すべき存在なのだろう。
ロッソたちはそんな二人のやり取りを見て笑い声を上げた。
宴もたけなわの頃、ロレイナが静かに弾九郎のもとへ歩み寄る。
「弾九郎様、お客様がお見えです」
「俺に客? そんな知り合いなんていたかな……」
不思議に思いながらも、ロレイナに導かれ応接室へ向かう。
重厚な扉を開くと、そこにいたのは──。
「なんだ、お前らか」
メシュードラとヴァロッタだった。
ロッソ・グラムも同席している。
ヴァロッタが、ゆっくりと口を開いた。
「そんなつれないこと言うなよ、弾九郎。俺はさっき鉄鎖団を解散してきたんだ」
「……解散?」
「ああ。今回の戦で半分が死んじまったし、残った奴らも戦える状態じゃねぇからな。有り金全部分けてやったから当分食うには困らねぇ。お陰で俺は一文無しだけどよ」
そう言いながら、ヴァロッタはカラッと笑った。
「そうか。わざわざ知らせに来てくれたのか?」
「いやいや、本題は違う」
ヴァロッタはゆっくりと立ち上がる。そして、次の瞬間──。
「頼む、弾九郎! 俺をアンタの子分にしてくれ!」
深々と頭を下げた。
「はぁ?」
「なあ、頼むよ!」
顔を上げたヴァロッタの目は、いつになく真剣だった。
「仲間達と暴れ回って、好き勝手に生きるのも悪くねえんだけどさ、アンタとだったら、もっとおもしれぇ人生になるんじゃねぇかと思ったんだよ!」
弾九郎は大きくため息をつく。
しかし──。
「私はあまり賛成できませんね」
意外な人物が口を開いた。
メシュードラだった。
「弾九郎殿の配下にするには、少々品が足りないかと。我々の仲間として迎えるのは考え物です」
「やいメシュードラ! テメェ何様のつもりでいやがんだ!」
「私は弾九郎殿の第一の家臣、メシュードラ・レーヴェン。何か問題でも?」
「テメエは弾九郎に捨てられたろ! 家臣ヅラすんなよ!」
「私は自由に生きよと言われた」
メシュードラは静かに言う。
「私が自由に生きるとは、弾九郎殿の臣下として忠義を尽くすこと。それ以外の道はない」
その言葉に、ヴァロッタの顔が引きつる。
二人のやり取りを前に、弾九郎は開いた口がふさがらなかった。
(なんだ、コイツら……面倒くせぇ)
横で見ていたロッソとロレイナは、クスクスと笑っている。
この国最強の剣士と、大陸西方に名を轟かせた豪傑が、争って弾九郎の旗下に入ろうとしている。
その光景は、あまりにも滑稽で愉快だった。
弾九郎は肩をすくめ、苦笑しながら言った。
「わかったよ。わかった」
「しかし俺は無一文で、お前らを満足に食わせてやれんぞ?」
「大丈夫だ。テメェの食い扶持ぐらい、テメェで稼ぐさ」
「問題ありません。先程爵位と屋敷を弟に譲り、財産を全て清算しました。当分の入り用は賄えます」
「……しょうがねぇなぁ」
弾九郎はやれやれといった顔をしたが、内心ではこの二人を従えるのは悪くないと感じていた。
これから何をするにも、この二人がいれば頼りになる。
一人でいるよりも、仲間を作った方ができることは広がる。
──これは、今まで一人で生きてきた弾九郎にとって、新たな挑戦であり、希望でもあった。
お読みくださり、ありがとうございました。
鉄鎖団のオウガ乗りは、ヴァロッタを除く十二人のうち七人が、今回の戦いで命を落としました。
生き残った五人のオウガも大きな損傷を受けており、修復のためにはバーラエナでの整備が必要な状態です。
ヴァロッタは、前金も含めておよそ二千五百ギラを所持していましたが、生存者たちに五百ギラずつ渡し、自らは無一文となりました。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




