第34話 自由の誓い
城内は熱気に包まれていた。
戦勝を祝う式典の準備に追われ、兵士や侍従たちが忙しなく行き交う。大広間には華やかな装飾が施され、食堂では振る舞われる料理の甘い香りが漂っていた。
笑い声、命令の声、武具の鳴る音──それらが渦巻き、城全体が生の喜びに満ちている。
だが、誰も知らない。
つい先ほど、この城の主が無惨にも斃れたことを。
弾九郎は、その喧騒の中を悠然と歩いていた。何事も無かったかのように、一点の曇りもない顔で通路を進む。ヴァロッタとメシュードラも、その背を追っていた。
あまりにも自然だった。
人々は目の前の男が王を殺したとは夢にも思わず、ただ自分の仕事に追われる。
城門をくぐると、ようやく喧騒が遠のいた。そして沈黙に耐えていたヴァロッタが肩の力を抜き、半笑いを浮かべながら口を開いた。
「いやー、久しぶりに面白ぇモン見れたぜ、弾九郎」
弾九郎は足を止めず、少し申し訳なさそうに答えた。
「お前は褒美をもらい損ねたんじゃないか? だったら済まないことをしたな」
「いや、いいんだ。俺は前金分で十分さ。それに、何より……」
ヴァロッタはちらりとメシュードラに視線を送る。
「お前さんが何を仕出かすか、興味があったからな」
「そうか」
弾九郎は表情を変えずに歩き続けた。背後では、メシュードラが静かに付き従っている。
沈黙が流れる。
「メシュードラ、お前はいつまでついてくるんだ? もう用はないぞ」
「ああ……私は、弾九郎殿の所有物となりましたから」
淡々とした声。だが、その瞳の奥に渦巻く感情は、誰にも分からない。
「なに言ってんだ。あんなのはただの方便だろ。お堅い男だねぇ」
ヴァロッタが肩をすくめる。
メシュードラは口を開きかけ、そして閉じた。
──王に捨てられた。
忠誠を誓った主は、あっさりと自分を譲り渡した。
戦場では、幾度も死を覚悟した。
だが、あの時ほど、己が空っぽになった瞬間はなかった。
「……」
どうすればいいのか。何を信じればいいのか。
だが──。
「わかったよ」
弾九郎が立ち止まり、振り返る。
太陽の下だと、メシュードラの蒼白な顔がはっきりとわかる。
「じゃあ、俺はお前の所有権を放棄する」
「……!」
「この国のために働くもよし、剣の道を究めるもよし。今日から、お前の持ち主はお前自身だ」
静かな声。だが、その言葉は確かにメシュードラの胸を打った。
「自由に、好きなように生きろ」
風が吹いた。
メシュードラの目が、かすかに揺れる。
次の瞬間。
彼は背筋を伸ばし、拳を胸に当て、力強く頷いた。
「はい!」
その笑みは、かつての忠誠の証ではなく、これからの自由の誓いとして刻まれたものだった。
*
弾九郎は、街を見上げて息を吐いた。
長かった。
バーラエナ、ダンクルス、戦争、王の首。
剣の道を歩む者として幾度も死地を越えてきたが、これほど濃密な数日間はなかった。
そして……。
「ただいま」
彼は、グラム屋敷の門を叩いた。
次の瞬間、温かなものが彼に飛びつく。
「お帰りなさい、ダン君!」
ミリアだ。
少女は弾九郎にしがみつき、顔を埋める。
細い肩が、小刻みに震えていた。
「ずっと心配してたんだよ!」
当然だろう。
三日前にアウラダに連れ去られ、何の連絡もなく戦争へ行き、勝って帰ってきたのだから。
弾九郎は、そっとミリアの頭を撫でた。
「悪かったな、心配かけた」
「本当にもう……!」
ミリアは涙を拭い、頬をぷくっと膨らませる。だが、その表情はどこか安堵していた。
「まさかガントからオウガをもらって、そのまま戦争に行って勝っちまうなんて、おまえはなんて男だ! ダンクロ!」
目を潤ませながら、ロッソ・グラムが駆け寄ってくる。
「お帰りなさいませ、弾九郎様!」
「ご無事で何よりです、先生!」
「すごいよ、弾九郎! 街中の人が、弾九郎の噂で持ちきりだよ!」
ロレイナ、そしてルッソとルッカの兄弟まで集まり、弾九郎の帰還を祝う。
いつの間にか、屋敷の人々が集まり始めていた。
祝杯が掲げられ、酒が注がれ、笑いが響く。
そして、自然と宴が始まった。
お読みくださり、ありがとうございました。
アウラダのバーラエナが去った後、残された従者の口から、ミリアたちは弾九郎がダンクルスを授かったことを知らされました。
ガントの者たちは全員、携帯型の無線装置を所持しており、アウラダの話はそれによって従者へと伝えられました。
この無線装置は、ガントのみが持つ門外不出の技術です。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




