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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
弾九郎転生編

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第30話 天下無双

「さて……と」


 戦場の喧騒の中で、弾九郎は足を止めた。周囲には無数のオウガが(うごめ)いている。血と鉄の匂いが重く漂い、踏みしめる大地には砕けた武器と肉片が散乱していた。


 彼は一歩踏み出し、視線を巡らせる。中央には、少数のオウガが多数に包囲される形で防戦している。彼らの纏う鎧には見覚えがあった。アヴ・ドベッグ軍の紋章だ。


「邪魔をして悪いんだが、マーガ三兄弟というのに用があってね。どこにいるか教えてもらいたいんだが」


 気怠げに言い放つと、その場の空気が微かに揺らいだ。ざわめきが走る中、ひときわ甲高い声が響いた。


「弾九郎? おまえ弾九郎なのか?」


 声の主はヴァロッタだった。

 オウガは通常時、顔は無機質で平滑だが、人が乗り込むと搭乗者の顔を模した起伏が浮き上がる。その表情まで正確に表現され、搭乗者の感情が読み取れる。今のヴァロッタ──ツイハークラフトの顔は泥にまみれ、驚きに歪んでいた。


「おっ、その顔はヴァロッタ。こんな所で何してるんだ?」

「……し、仕事だよ!」

「そうか。ずいぶん苦戦しているみたいだな」


 弾九郎は苦笑混じりにヴァロッタの姿を見やる。鎧のあちこちが砕け、腕や脚には無数の傷跡が刻まれていた。


「ばっ、馬鹿野郎! これから、これからコイツらやっつけんだよ!」

「ふーん。そりゃ頑張るんだな」


 肩をすくめながら、弾九郎は視線を戦場へ戻した。


「ところでマーガ三兄弟ってのはどこにいる?」

「お前が奴らに何の用だよ?」

「たいしたことじゃない。ちょっと首をもらおうと思ってな」


 まるで果物狩りにでも来たような気楽な口調だった。ヴァロッタは思わず息を呑み、そして力なく笑った。


「マーガだったらそこにいる紫の三匹だ。俺の獲物だけどよ、まー知り合いのよしみってモンもあるし、惜しいけどお前に譲ってやるよ!」

「そうか? そりゃ悪いな」


 弾九郎は悠然と歩を進めた。目の前には、紫色の鎧を纏う三体のオウガ──マーガ三兄弟が立ちはだかっていた。敵意と殺意が絡み合う戦場の中で、弾九郎の目だけが冷静に細められていた。


 ダンクルスがゆっくりと構える。鎧の隙間から蒸気が噴き出し、滑らかな鋼鉄の筋肉がしなるように動く。その視線の先には、強者の風格を持つマーガ三兄弟のオウガたち──紫の装甲を纏い、巨大な刀を構える三機が立ちはだかっていた。


「お前たちには何の恨みもないが、その首に用があるんだ。ちょっともらっていくぞ」


 弾九郎の静かな言葉が響く。


「なに言いやがるこの野郎!」

「てめぇ! 俺達をマーガ三兄弟って知ってんのか?」

「知ってる知ってる。だから首を取りに来たんだ」


 重厚な駆動音とともに、マーガ三兄弟の一機が踏み込む。十八メートルの鋼鉄の巨体が一瞬で加速し、衝撃波を生み出す。


 ズガァンッ!!


 巨大な拳が地面を砕いた。しかし、そこに弾九郎の姿はない。


「──なっ!?」


 彼のオウガは既に背後にいた。


「三位一体の攻撃か。よく練られているな。並の武者では太刀打ちできんだろう」


 マーガの二機がダンクルスを挟み撃ちにするように跳躍。四肢の駆動部から噴射炎が吹き出し、巨大な刀が稲妻のように振り下ろされる。


 キィィンッ!!


 弾九郎は刹那の判断で自機の刀を横薙ぎに振り、二刀を弾き返す。火花が宙を舞い、超合金の刃が互いに軋む。


「今さら気付いてもおせぇよ! 今からテメェをバラバラにしてやる!」


 三機が一斉に襲いかかる。斬撃、拳撃、膝蹴り──まるで息の合った三人の剣豪が戦っているかのような、完璧な連携。しかし──。


「威勢はいいが、三対一など、所詮弱者の兵法さ」


 弾九郎の機体が、重力を無視するかのように滑らかに動く。刀を回転させながら受け流し、一機の攻撃を躱した瞬間──。


 一閃。


 最も前にいたオウガの装甲が裂けた。銀色の筋肉の束が断ち切られ、内部の駆動機構が露出する。そのまま一機が膝をつき、地響きを立てて崩れ落ちた。


「くそっ、貴様ァ!!」


 残る二機が連携を瞬時に修正し、間合いを取る。しかし、ダンクルスは既に次の動きに入っていた。


「遅い」


 ダンクルスが踏み込み、右腕を閃かせる。刀の切っ先が一瞬でズブリと突き刺さった。


「ぐっ……あ……」


 二機目のオウガが左脇から心臓部へ貫通されたまま硬直する。搭乗者は即死。次の瞬間、制御を失って倒れ込んだ。


「残るはお前だけだな」


 最後の一機が、覚悟を決めたように身構える。全駆動系を解放し、最大出力で飛び出す。そして、一か八かの突撃──。


 ──その瞬間、世界が止まった。


 ダンクルスが居合いで脇差を抜き、静かに振り下ろす。


 シュッ……。


 一拍遅れて、鋼鉄の肉体が裂ける音が響いた。


「っ──!!」


 最後のマーガ機が、袈裟懸けで滑らかに切断された。関節部の油が血のように噴き出し、巨体がゆっくりと膝を折る。


 沈黙。


 風が吹き抜け、戦場の血の匂いを攫っていく。大陸最大の傭兵団を率いたマーガ三兄弟は、一瞬の剣戟で全員落命した。


 *


 柳生宗矩(やぎゅうむねのり)の「窪陰草(くぼかげそう)」にはこのような記述がある。


 石舟齋沒前一年之夜戲而問之曩所交剣客中最強者誰乎

 上泉武藏守丸目藏人伊東一刀齋佐々木巌流宮本二天石舟齋所交剣客若星辰煌然

 吾意石舟齋必迷於此待其答焉

 不圖石舟齋即答曰來栖彈九郎也

 吾大驚以彈九郎世未聞而竟舉其名遂重問之

 石舟齋曰世之剣客莫能及彈九郎足下其剣技絶類離倫天下無双也


 我が父、柳生石舟斎やぎゅうせきしゅうさいが亡くなる一年前のある夜、私は戯れに「かつて交流のあった剣客の中で、最も強かったのは誰ですか?」と尋ねたことがある。

 父は上泉武蔵守かみいずみむさしのかみ丸目蔵人(まるめくらんど)伊東一刀斎(いとういっとうさい)佐々木巌流(ささきがんりゅう)宮本二天(みやもとにてん)といったきら星のごとき剣客と交わってきた。

 私は、父がこの問いに迷うだろうと思い、期待しながら答えを待った。

 ところが、父は即座に「来栖弾九郎(くるすだんくろう)だ」と答えた。

 私は大いに驚いた。なぜなら、弾九郎の名は世に知られていなかったからだ。それでも彼の名を挙げた父に改めて尋ねた。

 すると父は「世の剣客は、誰も弾九郎には及ばぬ。彼の剣技は、絶類離倫(ぜつるいりりん)にして天下無双(てんかむそう)なり」と言った。

お読みくださり、ありがとうございました。

かつて柳生石舟斎は、弾九郎と一度だけ真剣勝負を交えたことがありました。

両者とも命に別状はなかったものの、その一件がきっかけとなり、弾九郎は石舟斎の元を離れることになります。

この出来事の詳細については、今後物語の中で振れていく予定です。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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