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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
弾九郎転生編

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第28話 鋼鉄の死地

 オウガの速力であれば、キルダホから北へ四時間も進めば、バラン高原の広大な地平が見えてくる。夜闇に紛れたヴァロッタ率いる奇襲部隊が静かに前進し、その数時間後、東の空を紅く染める曙光とともにメシュードラ率いる本隊が進軍を開始した。


 バラン高原は、朝霧の残る静寂に包まれていた。遠くでは小動物が草を踏む微かな音すら響くほど、辺りは張り詰めた空気に支配されている。だが、その静寂を切り裂くように、前方からの報告が届いた。


「団長。敵影を確認しました。数は……三百と言ったところですね」


 背後から副官ライヘルが低い声で伝える。彼の表情は普段と変わらぬ冷静さを保っているが、瞳の奥にはわずかな疑念が揺れていた。


 メシュードラは高原の向こうを睨むように見つめた。日の光がわずかに差し込み、敵軍の旗が霧の向こうで揺らめいている。その数、三百。


「聞いていたよりも少ないな。あと二百はどこに行った?」


 呟くように言いながら、メシュードラは思考を巡らせる。もしこの戦力が本物ならば、敵は誤情報を流していたことになる。だが、もし……。


「偵察から報告は上がっていないので、もしかしたらブラフかも知れませんね」


 ライヘルが言葉を継いだ。彼は戦況を読み解くことに長けているが、時折楽観的な観測を交えることがある。


「ブラフ?」


 メシュードラの声に、ライヘルは小さく頷いた。


「ナハーブンの騎士団も、我々と大して数は変わりません。動員できても百二十が精一杯でしょう。残りの兵を傭兵や浪人で埋めるとしても、資金的に厳しいはず。まして、高名なマーガ三兄弟を雇ったのです。報酬を値切るために、参戦数を削った可能性もありますよ」


 確かにあり得る話だった。ナハーブン王国の国力はアヴ・ドベッグと拮抗しているが、その土地は岩場と荒地が多く、豊かとは言い難い。さらに、ナハーブン王グーハ・リースは吝嗇で知られている。水源地確保のためとはいえ、大金を投じるような性格ではない。


 メシュードラは微かに目を細めた。


(やはり五百は虚勢か……)


 これまでの両国の駆け引きを考えれば、その結論は妥当に思えた。


「では、作戦通りに陣形を整えるぞ」


 メシュードラの号令に、アヴ・ドベッグ騎士団が即座に動いた。八十四機のオウガが一斉に配置につく。装甲が陽光を反射し、次第に鋼の波が高原を埋めていく。


 吹き抜ける風が、これから始まる激戦の予感を運んできた。


 *


 バラン高原のなだらかな丘陵が、灰色の波に覆われていく。三百機のオウガが進軍するたび、金属の軋む音が谷間にこだまし、黒鉄の巨躯が陽光を鈍く反射する。鎧の隙間から吐き出される蒸気が白い靄となって広がり、まるで戦場そのものが生き物のようにうねっているようだった。

 もしこの群れがキルダホに到達すれば──王都は蹂躙され、そこに住まう者たちはただの肉塊へと変わるだろう。その未来を思い浮かべるだけで、胃の奥が冷たくなるようだった。


「征くぞ!」


 メシュードラのオウガ、ザンジェラが巨大な剣を振り上げる。その瞬間、八十四機の機体がまるで一つの意思を持つかのように動き出した。鬨の声が空を裂き、鋼鉄の咆哮が轟く。彼らは一団となり、敵軍へと突撃した。


 激突の刹那、空気が弾けた。鉄が鉄を噛み砕き、刃が機体を抉る。巨躯がぶつかり合うたび、大地が悲鳴を上げるように震え、爆風が野を削る。戦場の音は、鼓膜を破らんばかりの金属音と怒号で満たされた。


 オウガの戦い、それも集団戦は、圧倒的なまでの破壊の舞踏だった。人間の兵士と違い、彼らに疲労はない。どれほどの時間が経とうとも、戦い続けることができる。血は流れず、痛みもない。ただ、敵を倒すまで、その機構が停止することはない。


 腕が千切れようと、脚がもがれようとも。


 オウガを止める方法は二つ。首や胴を切断し、身体に深刻な損傷を与える。もしくは、搭乗している人間を殺害すること。

 搭乗口は左肩甲骨。そして収納されるのは機体の胸部、心臓の位置。すなわち鉄壁の内に守られている。そこを貫かねば、オウガは死なない。しかしそれが叶えば機械の骸として、二度と立ち上がることはない。


 ──それが、戦場に生きる者たちの知る、唯一の死の概念だった。


 荒涼としたバラン高原に、怒号と金属の悲鳴が響き渡る。アヴ・ドベッグ軍は半円状の陣形を敷き、迫り来る敵勢に抗っていた。しかし、戦場を覆うのは圧倒的な重圧。空気は張り詰め、若い兵たちの呼吸は浅く速くなっている。多くが実戦経験に乏しく、震える指が槍を握る手に力を込める。


 士気は決して高くなかった。だが、それでも。


「押し返せ! 一歩も退くな!」


 メシュードラの檄が響く。低く、しかし力強く。鼓膜を震わせる声に、兵たちはわずかに顔を上げ、武器を振るう。金属と金属がぶつかり合い、地面が震え、剣閃が火花を散らす。


 しかし──数的不利は覆しようがなかった。


 敵の包囲が狭まる。半円陣形が完全に締め上げられようとした瞬間、メシュードラの瞳が鋭く光った。


「引け! 全機後退せよ!」


 撤退命令。その声に、戦場は一瞬の静寂を孕んだ後、崩れたように動き出す。


 撤退できたのは七十三機。


 十一機は取り残された。


「ああっ! 奴ら、なんてことを!!」


 悲痛な叫びが戦場に響く。


 ナハーブン軍の兵たちが、動かなくなったオウガを囲んでいた。彼らは搭乗者を引きずり出し、容赦なく殺していく。痛めつけ、嬲り、躊躇もなく命を絶つ。


 オウガに乗れる者、それはすなわち「選ばれし者」──ただの兵ではなく、国家の命運を担う貴重な人材。


 にもかかわらず、ナハーブン軍はそれを惜しみもせず、容赦なく殺している。


 メシュードラの脳裏に、ある考えが過った。


 ──オウガに乗れる人材を徹底的に減らし、アヴ・ドベッグという国家を根底から瓦解させる。


 もしそれが、ナハーブン王・グーハ・リースの狙いであるならば……。


「ライヘル! 五百はブラフじゃない!」


 メシュードラは怒鳴った。胸を焦がす悪寒が、確信に変わる。


「敵は別働隊を動かしている!」


 そして、それはすぐに現実となった。


 まるでその叫びに応えるように。


 バラン高原に、新たな影が生まれる。


 アヴ・ドベッグ軍の背後。


 二百機のオウガが、地平を裂いて現れた。


 ナハーブンの狙いは、撃破ではなく、殲滅。


 この戦場で、メシュードラ率いるアヴ・ドベッグ軍を──完全に粉砕することだった。

お読みくださり、ありがとうございました。

オウガの重量は、通常でおよそ70〜100トン。重武装型では150トンを超えることもあります。

そのため、湿地のような地面が柔らかい場所では活動できません。

必然的に、多数のオウガがぶつかり合う合戦は、戦場となる地形が限られるのです。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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