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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
弾九郎転生編

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第26話 運命の導き

 バーラエナの船長室──そこは、船体の中でも一際高い場所にあった。窓の外には広大な景色が広がり、地平線の向こうまで見渡せる。その威容は、まるで雲の上に築かれた城のようだった。


 室内に目を移すと、弾九郎の肌に馴染まぬ異質な空間が広がっていた。


 無機質で無駄のない家具や調度品。人の手によるものとは思えぬほど滑らかで、しかし冷たい。見たこともない装置が並び、それらが何のためにあるのか、どう動くのか、まるで想像もつかない。微かな振動が床から伝わり、この巨大な船がいまだ生き物のように鼓動していることを示していた。


 不安に駆られながらも、弾九郎は向かいに座るアウラダの顔を見据える。


「さて、何からお話ししましょうか?」


 穏やかな声だったが、その言葉の裏には、この場の支配者としての余裕が滲んでいた。


 弾九郎は拳を握り、深く息を吸う。


「ま、まずは……なぜ俺はここにいるのかという話だ」


 その言葉を聞き、アウラダは微笑を浮かべる。


「この世界になぜ来たのか……ということですね」

「そうだ。俺は確かに死んだはずだ。医者は疱瘡と言っていた。なのに、こうして生きている。これは道理に合わぬ話だ」


 この問いは、弾九郎がこの世界に目覚めた瞬間から抱えていたものだった。


 なぜ生きているのか?

 ここはどこなのか?

 そして、自分は何者なのか?


 その疑問に対し、アウラダはしばし黙考し、やがて静かに口を開く。


「人は一度死ねば、二度と生き返らない──その理は、この世界でも変わりません。しかし、これまでに異界から来られた方々の話によれば、皆が皆、一度は『死』を経験しています。その点において、あなたも例外ではありません」

「……では、ここはあの世なのか?」


 弾九郎は眉をひそめた。


 死者が行き着く世界、極楽浄土か、あるいは地獄か──そう考えるのは自然な流れだった。


 しかし、アウラダは首を横に振る。


「それも違うと思います。この世界には、数年に一度、異界人が現れます。記録によれば、これまでに我がコーラリウム家がお世話をした異界人は八十名ほど。単純に計算しても、ガントが関わった異界人の総数は千人にも満たないでしょう。もしここが『死後の世界』であるならば、もっと多くの魂が流れ着いているはず。しかし、そうはなっていません」


 弾九郎は唸る。


 確かに、もしここが死者の世界ならば、人の数が少なすぎる。そして──。


「この世界の営みは、俺のいた世界と何も変わらぬ。王や貴族が支配し、人々は争い、血を流す。これが死後の世界というには、あまりにも俗世に近すぎる……」


 もしここが極楽浄土なら、なぜ戦乱がある?

 もしここが地獄なら、なぜ人々は普通の生活を営んでいる?


 そう考えると、アウラダの言葉には理があった。


「異界人の方々は皆、『地球』という場所から来られるそうです。おそらく、あなたもそうでしょう。『地球』という名に覚えはありませんか?」


 ──地球。


 その言葉は、弾九郎の知るどの地名とも異なっていた。


「知らぬ。俺が生まれたのは常陸だ。大和、近江、摂津にも長く住んでいたが、それらをひっくるめて『日本』という国だと聞いている」


 その言葉を聞いた瞬間、アウラダの目が大きく見開かれた。


「──知っています、『日本』。我がコーラリウム家でも、四百年前に『日本』から来られた異界人様をお迎えしたことがあります」

「……何!?」


 弾九郎の心臓が跳ね上がる。


 日本を知っている者がいる?

 この異世界で、自分と同じ土地の名を口にする者がいる?


「では、その者は──!」


 弾九郎は身を乗り出した。しかし、次の瞬間、気づく。


 四百年前。


 そう、四百年も昔の話なのだ。


「……そうか。四百年も前なら、もう生きてはいないか……」


 胸の奥で、期待がすっと萎んでいく。


 この世界に来て以来、初めて「繋がり」を感じられるかと思った。誰か、自分と同じ故郷を持つ者が、この世界にいるかもしれない──そう思ったのに。


 四百年という歳月は、あまりにも長すぎた。


 ──ならば、俺はやはり、一人なのか?


 ふと、静寂が降りる。


 窓の外を見やると、バーラエナの船体は、夕暮れに包まれていた。どこまでも広がる異世界の空。その下に佇む自分の姿は、あまりにも小さく、儚く思えた。 


 *


 その後も弾九郎はアウラダと幾度も言葉を交わし、少しずつではあるが、自らの立場を理解していった。


 己の肉体は、もはや元のものではない。コクーンと呼ばれる施設の中で新たに生み出されたものだった。ただし、遺伝子は元のものと同じため、見た目も感覚もかつての自分と変わらないという。弾九郎は遺伝子の概念を理解できなかったが、アウラダが「元の身体の新品」と表現すると、妙に納得してしまった。


 さらに、この世界の言語や基礎知識が肉体の生成過程で植え付けられたことも聞かされた。魂の存在は不確定だが、記憶と意思が刻まれた以上、少なくとも「自分」というものは確かにここにあるのだろう。


 このコクーンは世界各地に点在し、長い時間をかけて異界人を生み出しているという。そして、その予兆があれば決められたガントの一支族が異界人の世話をする。もっとも、ガントの役目はあくまで「案内」だけであり、その後の異界人の生き方には関与しない。


「これまでの異界人達はどんな生涯を送ってきたのだろうな……」


 弾九郎が呟くと、アウラダは静かに目を伏せた。


「ある者は土を耕し、ある者は何かを作り、ある者は知識を教え、ある者は神の存在を説いたと聞いています」


 その言葉を聞いて、弾九郎はふと腑に落ちた。この世界は確かに異質だが、どこか既視感がある──それは、代々の異界人たちが地球で培った技術や知識を持ち込み、この世界の文明の一端を担い続けてきたからに違いない。


「しかし……異界人様が最も多く選んだ道は……」


 アウラダが言葉を選ぶように口ごもったのを見て、弾九郎は悟った。


「戦った……違うか?」


 アウラダは静かに頷いた。


「いいえ。その通りです。大半の異界人様は戦士として戦いの場に自らを投じたのです」


 ──やはり、そうなるのか。


 弾九郎は苦い思いで天を仰いだ。前世でも戦いの日々を送った。そして、今また同じ道を歩むことになるのか。血の匂い、鋼の響き、仲間の断末魔……そうした記憶が蘇り、胸の奥に暗い影を落とした。


「それは貴方様次第だと思いますよ」


 アウラダの穏やかな声が、その思考に割り込んだ。


「俺次第?」

「たとえば戦いのない世界。それを作り上げるために力を尽くされるというのはどうでしょうか?」


 戦いのない世界──かつて日本でも、それを求めて戦った者たちがいた。そして、誰かが覇権を握ることで一時的な平和は訪れた。弾九郎は思い出す。豊臣秀吉、徳川家康……彼らが為した天下統一。確かにその時、戦は収まった。しかし、同時に彼自身の生きる場所も失われた。


「俺に天下統一をしろというのか? しかしそれでは、異界人の生き方に関与しないという掟に触れるのではないか?」

「私は只、夢物語をつぶやいただけです。そんな世が来ればいいなという……。どう生きられるかは、すべてあなた次第」


 アウラダの言葉は柔らかかったが、どこか含みがあった。


 弾九郎は拳を握りしめる。彼は今、何も持たぬ身だ。一振の刀しかない。ただ一人、この異界に放り込まれたに過ぎない。


「そうか……しかし、徒手空拳のこの身では如何ともしがたいな」

「貴方様の人生はまだ始まったばかりなのです。私どもはこれからこちらを発ちますが、最後に(はなむけ)をお送りしたいと思います」

「餞? そんな気を遣わなくても……」

「そうおっしゃらずに。そうだ、あと一つ、貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」

「俺か? 俺の名は弾九郎。来栖──弾九郎忠景だ」


 その名を告げた瞬間、アウラダの表情が変わった。驚き、そして確信を帯びた目で弾九郎を見つめる。


「やはり…………貴方様こそが、我がコーラリウム家が長年待ち望んだお方……。だからこそだったのですね……」

「はて? 一体何の話だ?」


 アウラダは微笑を浮かべ、すっと身を翻した。


「ともかく、こちらへどうぞ。私どもからの餞をお渡しいたします」


 弾九郎は、ゆっくりとその背中を追った。


 ──俺を待ち望んでいた?


 この異界での運命が、また一つ大きく動き出そうとしていた。

お読みくださり、ありがとうございました。

今回の話で登場した「徒手空拳」という熟語は、本来、弾九郎の生きた時代には存在しない言葉です。

しかし、彼の肉体は生成時に「言語アップデート」が施されており、その過程で現代的な単語もある程度は使用可能となっています。

とはいえ、たとえば「遺伝子」や「地球」など、理化学の基礎知識が必要となる概念については、完全には理解していません。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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「代々の異界人たちが地球で培った技術や知識を持ち込み、この世界の文明の一端を担い続けてきたからに違いない」 ここすごく好きです。 この世界が息づいている感じがします。これまで転生してきたひとたちが確…
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