第20話 達人の錬磨
夜の帳が消え、朝霧がゆっくりと晴れていく。
草葉に宿る露が朝日を受け、宝石のように輝く。澄んだ空気が肺を満たし、遠くで鳥のさえずりが響く静寂の中、二つの影が対峙していた。
弾九郎とロレイナ。
両者の手には木刀。しかし、その刃は鋼よりも鋭く、互いの意志を帯びた気迫が殺気となってぶつかり合う。朝日に照らされた二人の影は長く地に伸び、風が止んだ瞬間──。
ロレイナが弾けた。
踏み込みと同時に、木刀が疾風となって弾九郎の喉元を穿つ。鋭い突き。狙いは寸分の狂いもない。
だが──。
弾九郎は微かな足運びで身を逸らし、紙一重で回避した。その動きはまるで流れる水のように滑らかで、一瞬の静寂を生む。
(見切ったつもりか……?)
ロレイナの目が鋭く光る。
彼女の剣はそこで終わらない。突きがかわされると同時に、軸足をひねり、木刀を旋風のごとく横へ薙ぐ。鋭い一撃が弾九郎の側頭部を狙う──!
カンッ!
乾いた音が響く。
弾九郎は寸前で木刀を振り上げ、弾く。しかしロレイナはすぐさま体を翻し、さらに次の一撃を放つ。
──連撃。
まるで舞うような足捌きで、繰り出される絶え間ない剣閃。その動きには迷いがなく、切れ味としなやかさが同居している。まるで猛禽が獲物を仕留めるかのような、鋭い攻め。
(なるほど……さすがに鍛えられているな)
弾九郎は舌打ちしつつ、後退を余儀なくされる。だが、ただ押されるだけではない。ロレイナの剣筋の流れの中に、わずかな綻びを探る。
だが──。
(……隙がない!)
まるで水の流れのような剣。ひとたび受ければ、次の波が押し寄せる。余計な力みがない分、彼女の剣は速く、重い。
「くっ……!」
鋭い踏み込みとともに、渾身の正眼の一撃が振り下ろされた。
弾九郎は咄嗟に木刀を交差させ、衝撃を受け止める。
バチィンッ!!
衝撃。
足元の砂利が弾け、かかとがわずかに沈む。腕が痺れ、肺の中の空気が押し出されそうになる。
(力もある……!)
しかし──。
弾九郎の目が鋭く光る。
「悪くない……だが」
次の瞬間、弾九郎の体が沈む。まるで影が消えるような動き。そして、そのまま──。
「もらった!」
ロレイナが追撃に移った瞬間、彼の木刀が閃く。
──バシィンッ!
鋭い音とともに、ロレイナの木刀が宙を舞う。
青空の下、それはくるくると回転しながら落下し、乾いた砂利の上に音を立てて転がった。
静寂が訪れる。
ロレイナは荒い息を吐きながら、空になった手を見つめる。
そして、弾九郎の木刀の切っ先が、喉元にぴたりと添えられていた。
「……ま、参りました」
仮面の下の唇が、わずかに悔しげに震える。しかし、その口元にはうっすらと微笑が浮かんでいた。
「いや、さすがロレイナ。見事な連撃だった。肝が冷えたぞ」
弾九郎の素直な称賛に、ロレイナは鼻を鳴らした。
「なにをおっしゃいますか弾九郎様。あなたはずっと目隠しだったじゃありませんか。なのに、私は一太刀も入れられなかった……ここまで技量の差を見せつけられると、もう笑うしかありませんよ」
「いやいや、それでも其方は強い。キルダホで会った者の中では三番目くらいにはな」
「三番目……となると、上の二人が気になりますね」
「一人はヴァロッタ・ボーグ。直接やり合ったことはないが、アレはなかなかやる」
「もう一人は?」
「昨夜少しやり合ったんだが……メシュードラとかいう名だったな」
その名を聞いた瞬間、ロレイナの目が大きく見開かれる。
仮面の奥で、その蒼い瞳が揺れる。
「メシュードラ……レーヴェン……我が国で一番の使い手ですよ……既に手合わせされていたとは……」
強者は、強者を惹きつけるものなのかもしれない。
来栖弾九郎という巨星が現れたことで、この街の強者たちは自然と吸い寄せられた。
──そして、ロレイナ自身もまた、その一人だった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ロッソ・グラムはキルダホで孤児院を運営しており、優秀そうな子供を見つけてはスカウトしています。
ロレイナもまた、そんな彼に見出された一人でした。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




