表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
弾九郎転生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/180

第16話 月下の追跡

 メシュードラは、夜の街へと歩みを進めた。

 

 月は高く、雲間から光を投げかけている。微かに湿り気を帯びた風が、石畳を撫でるように吹き抜けた。喧騒は既に遠ざかり、路地には猫の鳴き声すらない。メシュードラの足音だけが、硬い地面に小さく響いていた。


 剣を腰に携えながらも、纏っているのは戦闘服ではない。平服の上から羽織った黒い外套は、夜の闇に溶け込むようだった。共を連れず、一人で向かう先は、鍛冶職人の家。過日、ミラード男爵が宝剣の手入れを依頼した場所。だが、その職人はすでにいない。謀反の共犯者として、その場で処断された。


 それだけなら、メシュードラの興味を引くことはなかった。ただ、職人の縁者と見られる者が、王兵と争いになったという。結果、一人の腕が切り落とされた。


 メシュードラは、城内で捜査状況を確認する中、その切断された腕を目の当たりにし、驚愕した。


 断面があまりにも整いすぎている。


 皮膚の切り口は滑らかで、筋肉の繊維は一本一本が途切れることなく揃っていた。腱も、血管も、骨すらも、まるで模型のように形を留めている。


「こんな斬り口、あり得るのか……?」


 彼の視線が、それを食い入るように見つめる。精密な彫刻のように整然と揃った切り口。まるで、熟練の料理人が研ぎ澄ました包丁で、柔らかな野菜を両断したかのように。


 異様な感覚が、背筋を這い上がる。


 これは、人の手によるものなのか?


 メシュードラは二十三歳という若さながら、十年の戦闘経験を持つ。オウガを駆り、多くの修羅場を潜り抜けてきた。それだけでなく、生身での戦闘も数え切れないほど経験している。それでも、これほど完璧な切断を目にしたことはない。どれだけ研ぎ澄まされた剣であろうと、どれほど技量の高い剣士であろうと、人間の体をここまで鮮やかに断つことなど、ほぼ不可能だ。


 戦士としての本能が、警鐘とともに歓喜を打ち鳴らす。


 誰が、何を用いて、これを成したのか。


 俄かには信じがたい。


 それほどの剣技を持つ者ならば、名が轟いていてもおかしくはない。だが、少年の姿で達人の技を持つ剣士の話など、聞いたことがない。


 ならば、現場へ行けば何か分かるかもしれない。


 剣士として、武人として──この技の正体を確かめたい。


 メシュードラは静かに、しかし確固たる意志を持って歩を進める。闇の中へと消える背中を、月だけが見送っていた。


 *


 ぼんやりと照らされたそこは、静寂の中にまだ血の臭いを漂わせていた。空を仰げば、夜風が雲を切り裂き、白銀の光が地上をなぞるように照らし出している。だが、その輝きは無機質なほど冷たい。


 周囲に人気はない。

 家の壁は煤け、扉は僅かに軋んで風に揺れていた。まるで主を失ったこの家そのものが、最後の嘆息を漏らしているようだった。


「やはり……なにもないか……」


 メシュードラは低く呟いた。期待していた自分が馬鹿らしい。

 あるはずがない。主を失った家に、残された希望など──。


 だが、そのとき。


 視界の隅で、窓の奥にかすかな灯が瞬いた。


 彼は即座に息を潜め、慎重に足を運ぶ。草を踏む音すら許されない。扉の隙間から吹き込む風に乗せて、小さな声が聞こえてきた。


「……あったよ、ダン君。お母さんからもらったペンダント」

「他に持っていきたい物はないか? 次、いつ戻れるか分からないからな」

「でも、長居したら見廻りが……」

「見廻りはさっき通り過ぎたから、もう一度来るにしてもまだ時間はあるさ」


 メシュードラの指先が剣の柄に触れる。


 闇の中での会話。見廻りを警戒している。

 彼らは何者なのか。


 一瞬の躊躇の後、メシュードラは思い切り扉を押し開けた。


「お前たち、ここで何をしている?」

「あ……あの……」


 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に、少女がビクリと肩を震わせた。

 少年──弾九郎は即座に彼女の前に立つ。


「アンタこそ何者だ? ここはこの子の家なんだ。ちょっと用事があって出かけなきゃならないんだが、忘れ物をしたって言うから取りに来ただけで、俺達は別に怪しい者じゃない」


 弾九郎の声は落ち着いていた。

 表情も動じていない。場慣れしているのか、それとも単なる度胸か。


 だが、メシュードラはすぐに違和感を覚えた。


「……ここは昨日処断された鍛冶師の家だ。そこにいるとなれば、貴様らは……謀反人の縁者か?」


 沈黙。


 わずかに、弾九郎の指が動いた。


 舌打ち。


 次の瞬間、毛布が弾けた。


「貴様!!」


 メシュードラが咄嗟に払いのけた刹那──。


「ミリア! 逃げるぞ!」


 弾九郎はミリアの手を掴み、勝手口から一気に駆け出す。

 夜風が頬を切る──だが。


 逃げた先には、無機質な鉄の扉。


 昼間は開いていたはずの裏門が、無情にも閉じられていた。


「くそっ……」


 冷たい汗が背筋を伝う。袋小路──。


「昨日、鍛冶師の家で王兵の腕を切った者がいる。貴様だな」


 メシュードラは剣を抜いた。


 夜の静寂が、たちまち殺気に満ちていく。


 逃げ道はない。

 ここはまさに虎口だった。

お読みくださり、ありがとうございました。

今回、弾九郎はグラム一家の協力を受けて、トルグラス家の見廻りルートを事前に調査し、ミリアを連れていきました。

慎重に準備を重ねた上での行動だったわけですが──さて、ここからどうなるか。

次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ