第13話 窮鳥の見立て
「弾九郎様。こちらへどうぞ」
ロレイナは艶やかな声で促し、二人を屋敷の奥へと導いた。重厚な鉄の門が軋みを立てながら閉ざされると、外の喧騒はまるで別世界のもののように遠のいていく。
だが、弾九郎の警戒心は一切緩まなかった。
ロレイナの微笑みは柔らかいが、その双眸は油断なくこちらを見定めている。背後では数人の男たちが無言で見張っているのがわかった。もし、ここで斬りかかられれば、更なる惨劇は避けられない。
──さて、どう転ぶか。
弾九郎は慎重に呼吸を整えながら、静かに言った。
「ロレイナ。早速だが親分に会わせてほしい」
ロレイナはゆるりと目を細めた。その表情は愉悦と興味が入り混じったもので、まるで目の前の獲物を品定めするかのようだった。
「結構ですよ。ただ──その前に、そちらのお嬢さんはどうしましょう?」
ロレイナの視線が弾九郎の腕に向けられる。
弾九郎がしっかりと抱えていたミリア──彼女はいつの間にか失神していた。
白い顔には涙の跡が残り、口元は小さく震えている。あまりに急激なショックとパニックが襲い、意識が保てなくなったのだろう。それも無理はない。
祖父を目の前で惨殺され、その亡骸をさらに陵辱される光景を見せつけられたのだ。耐えられる方がおかしい。
しかし、弾九郎はほんの一瞬、安堵する自分に気づき、わずかに眉をひそめた。
この状況で、そんな感情を抱くとは──いや、いまはそれでいい。
この修羅場で覚醒し続けていれば、彼女は錯乱し、余計な声を上げ、場合によっては更なる大過を招きかねなかった。今は眠らせておくのが最善だ。
弾九郎は無言でミリアの髪をそっと払い、ロレイナを見つめる。
「彼女のそばは離れない。毛布を一枚貸してくれ」
ロレイナは仮面の下でわずかに口元を緩めた。
「……心得ました。では、こちらへ」
*
燭台の炎が揺れる静寂の間
広々とした客間には、上質な絨毯が敷かれ、壁には精巧な刺繍が施されたタペストリーがかかっている。重厚な木製の机を挟み、弾九郎とロッソ・グラムが向かい合っていた。部屋の片隅には暖炉があり、薪が静かに燃えている。その柔らかな温もりが、冷えた身体をじんわりと温めてくれた。
「あらかたの事情は聞いた、ダンクロ」
ロッソは椅子にもたれながら、無造作に足を組む。火の光に照らされた彼の顔には、余裕と貫禄が滲んでいた。
「いきなり済まなかった、親分。急なことで、ここしか行き場が思い当たらなかった」
「いやいや、頼ってくれて俺は嬉しいぞ。それに、ウチに来たのは正解だ。ここなら王兵共も滅多なことでは入って来れん」
ロッソは手元のグラスを軽く揺らし、琥珀色の液体が波を打つ。
「それは頼もしいかぎりだ。俺達は一段落したらすぐにここを出るから、それまでは頼む」
「ここを出て、どこかあてはあるのか?」
グラムは何気なく問いかけるが、その眼差しは鋭かった。
「とりあえずこの街を出る。王の手が届かぬ別の土地へ行ってやり直すさ」
「……あのお嬢ちゃんを連れてか?」
弾九郎は視線を隅にやる。部屋の奥、豪奢なソファに身を沈め、毛布をかぶった小さな影。ミリアだ。彼女はまだ失神から目覚めていない。
「彼女は命の恩人だ。祖父のトルグラス殿が亡くなった以上、あの子を護るのが俺の使命だ」
炎の揺らめきが弾九郎の瞳に映り込む。その言葉に、グラムは小さく笑った。
「まあ、そんなに急いで考えなくても良いだろう。しばらくゆっくりしてな。いまロレイナに事情を探らせている。あのトルグラスが謀反に加担なんて話は、どう考えてもキナ臭いからな」
「親分はトルグラス殿を知っているのか?」
「直接の面識はないが、腕利きの鍛冶師だからな。街の噂や評判ってのはどうしたって耳に入ってくるのさ」
「そうか……事件の真相を調べてくれるのはありがたい。トルグラス殿の汚名も雪がねばならぬしな」
静寂が満ちる。薪の爆ぜる音がやけに大きく響いた。
「まあ、任しておけ。なんだったらあの娘と一緒に、ずっとウチにいていいんだぞ」
グラムは軽く言うが、その言葉の裏には何かを探るような意図が見え隠れしていた。
「それは昨日お断りしたはずだ。今回の件は貸しにしておいてくれ。借りは必ず返す」
「そうか……ダンクロに貸しが出来るのか……ならそうだな……借りを返すのは……たとえば、グンダ王の首ってのはどうだ?」
弾九郎の背筋がわずかに強張る。ロッソは笑っているが、その目は揺るぎなくこちらを見据えている。
「冗談だよ、ダンクロ。驚かせちまったか?」
豪快な笑い声が響く。しかし、笑いの奥には確かに何かが潜んでいた。
「あの王は最近調子に乗りすぎててな、俺達のシノギに手を突っ込もうとしてんだ。王様ってのは税金を取ってりゃいい。それがヤクザの飯のタネを奪おうなんざぁ考えちゃいけねえよ。そんな奴ァ王様でいる資格がねぇ」
ロッソ・グラムの言葉に、弾九郎はそっと胸をなで下ろす。少なくともこの男は、無法者ではあるが、筋は通す相手だ。そして王政府に反発している。
これならば、余程のことが無い限り、自分達を売り飛ばしはしないだろう。
お読みくださり、ありがとうございました。
今回登場したグンダ王は、決して民を思って「社会浄化」を目指しているわけではありません。
彼の狙いは、裏社会に巣食う利権の掌握。
すなわち、自ら王であると同時に、ヤクザの親分にもなろうとしているのです。
次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。




