59.そして彼は、少女になりきった
「ほら、男の子なんだから泣かないの」
そんな何気ない近所のおばさんの言葉だって、僕には辛いものだった。
「誠、おみやげだぞ」
そう言って父が買ってくるものは、いつもプラモデル。
本当は自分が欲しいだけ。僕を理由に使ってるだけ。
それに気付くのに、さほど時間はかからなかった。
おもちゃ屋で父が眺めるプラモデルも、戦隊モノの変身グッズも、電車のおもちゃも……。
僕にとっては、ただの背景だった。
帰り際に、気づかれないよう横目で眺めた、ぬいぐるみが欲しかった。
けれどそれは、ずっと心に仕舞い込んで、口にすることはなかった。
「シャキッとしなさい! ホントウジウジして!
まったく、誰に似たのやら」
いつも友達に泣かされて帰れば、母はそう言って怒鳴りつけた。
だから、一人きりの部屋で泣いた。ずっと一人で泣いてたんだ。
「アンタが部屋で引きこもってるから、誠もあんな性格になったんでしょ!?」
「それとこれとは、関係ないんじゃないかなぁ?
別に相手に怪我させたとかでもないし、困ることはないでしょ?」
「逆に相手を殴って頭下げにいく方が、心配事が減ってマシってもんよ!」
「ははは、君はホント昔から変わらないなぁ」
「こっちはマジの話してんの!!」
そんな噛み合わぬ両親の喧嘩の声を聞くのが、泣き疲れ目を腫らした僕が聞く唯一の声だった。
だからせめて、相手に見下されないよう虚勢を張ったんだ。
会った相手全員を侮辱して、殴りかかってきたヤツには殴り返した。
いつしか僕は、僕であることをやめたんだ。
◆ ◇ ◆
「それで、口が悪なってしもたんか……」
「うん……」
まーちゃんの話を聞いて、なんとも居た堪れなくなった。
小さい頃から、ずっと悩んでたんだろう。
あんなにぬいぐるみに興味を示していたのも、その頃手に入らなかった反動なんだ。
「もしかして、まーちゃんってアレなん?
女の子やったらよかったのにって思て、キャラ作ったん?」
「あ、そうじゃないよ? 可愛いものが好きなだけ。
だからトンちゃんと初めて会った時、とってもかわいいなって」
「ちょっ!? ワイはゲームではかっこいいやろ!?」
「えっと……。昨日言いそびれてたんだけどね……。
僕、ゲームでもトンちゃんは、豚さんの姿しか見てないよ?」
「あっ……。せやったわ……」
そりゃ、リアルでの姿見てもガッカリしないわけだ。
人である姿を見たことがないんだから。
「女の子みたいな見た目にしたのはね、そうしておけば、あまり話さなくてもいいかもって思ったの」
「へ? なんでそうなるんや?」
「えっと……。トンちゃんも経験ない?
男の方がリードしないといけない雰囲気ってあるでしょ?
実際に、トンちゃんが大抵の話つけてくれてたし……」
「あー……。そういうの、あるかもなぁ……」
昔よりは減ったと上の世代はいうだろうが、それでもなんとなく「そういう」空気は感じる。
今でも男女でどこかに行けば、男がリードして、男が多めに払って……。
前時代的だと、笑い飛ばせればどんなに楽かと思いつつも、いつも結局空気に流されている。
「いままでずっと、ありがとね」
「いや、ええんよ。ワイもホンマは、喋んの苦手なんやけどな」
「嘘だぁー? 全然そんなことないじゃない」
「ホンマやって! この関西弁モドキかって、コミュ障誤魔化すためのモンやし……」
そこまで言ってふと思う。俺も、まーちゃんと同じだと。
相手に舐められないよう、自分を隠すよう……。
暴言のかわりに、口調と人格を入れ替えたんだ。
まーちゃんは、自分を隠しても、ずっと欲しかったものがある。
俺は、何が欲しかったんだろう。
本当は、どんな自分でいたかったんだろう……。
「今度はさ、俺の話聞いてもらえる?」
話せば、何か見つかる気がした。
まーちゃんとなら、何か見つけられる気がしたんだ。




